肝だめし【中篇】 | 2015 summer request・肝だめし

 

 

「ロウソクを灯して、兵舎を2人一組で出て。
東屋を通って、典医寺の裏の水場に置いてある、紙を結んだ枝を取って来て。
代わりにロウソクを置いてくるの。枝をちゃんと持って帰って来て」

得意げなウンスの説明に、迂達赤たちは続く言葉を待つ。
ウンスはそれ以上言葉を続けることはなく、皆を見返した。
「はい」
「それで」
「その後は何をしますか」

兵たちの声にウンスは驚いたように言った。
「それでおしまいよ?」
「え」
「それで」
「それだけですか」

不満げな兵たちの声に、ウンスは頷きながら笑う。
「そう。みんながするのは、ロウソクを灯して、2人一組で兵舎を出て、東屋を通って。
典医寺の裏の水場でロウソクと紙を結んだ枝を交換して兵舎まで戻って来る。それだけ」

堪え切れずに楽しそうに笑いながら言うウンスを、兵たちは不思議そうに眺めていた。
「そうね、あと3日後。楽しみにしてて。でも隊長には私から言うから、内緒にしておいてね?」

蝋燭を灯し、ただ歩き、枝を取って来る。
それの何処に肝の太さを試されるのだと、その場に集う迂達赤は黙って首を捻った。
何も言う気になれない。隊長の大切な方の言う事だ。黙って聞くしかないのだろう。
そして隊長には内密に。諦めたように、兵たちは肩を落とした。

 

「隊長」
兵舎の鍛錬場。
早朝の鍛錬が終わり、トルベに呼び止められたヨンは肩越しに眸で問いかける。
「あ、あの・・・」
いつまでも口を開こうとはせず意味のない声を上げるトルベに痺れを切らし、ヨンは体ごと向き合った。
「何だよ」
「い、いえ、何でも」

慌てて頭を下げその場を走り去るトルベの背を、首を傾げたヨンはただ見送った。

おかしな奴だ。

 

「隊長」
昼の迂達赤の吹抜。
ヨンが踏み入ると、その場に居合わせた迂達赤が全員一斉に頭を下げる。
その中から進み出て来たトクマンが、聞き辛そうに口籠る。
「あ、あの、今回の・・・」
「今回の」
「い、いえ、何でも」

頭を下げ一斉に吹抜を駆け出て行く兵に息を吐き、ヨンは黙って私室への階を上る。

何を考えてる。

 

「て、隊長」
康安殿での夕の歩哨の確認が終わり、兵舎へ戻る道すがら。
回廊で斜め左後ろについたテマンの声に、ヨンは肩越しに眸を投げる。
「あ、あの隊長、医仙の・・・」
「どうした」
「う、医仙の」
「テマナ」
掛かった声に、テマンはぴたりと口を閉じる。

「何だ、言え」
「う、医仙の話は」
「何の話だ」
「隊長に直接、言うって・・・」

そんな事を何故こいつが知っている。
「あの方が、そう言ったのか」
「はい」
頷くテマンに、ヨンは首を傾げる。

「聞いてみる」
「はい!」
安堵したよう笑ったテマンを眺め、ヨンは肩越しの眸を前へ戻す。

何なんだ、どいつもこいつも。

 

*****

 

「ねえ、隊長?」
「・・・はい」

窓から月の差し込む、夜の迂達赤の私室。
二人きりこうして向き合ったこの方が何を考えているか読めぬ。
それは読めぬがと、チェ・ヨンは愉し気な声の主を凝と見つめた。

隊長と呼んでくれるのは良い。
しかしそう呼びながらこの方には、己の想いは全く通じてはおらぬようだ。
どれ程心を傾けても、少ない言葉で語り掛けても、気づけばこの腕から擦り抜けているような気がする。

泣きながら俺の手を温めた事など知らないように。
この肩に凭れ静かに息をした事など忘れたように。
押し黙り二人月を見上げた事などなかったように。
その全てを己がどれ程大切にしているかなど知らぬのだろう。

そうでなくば兵舎の中で周りを男に囲まれて、大きく笑いながらあれ程楽しそうに話をするだろうか。
この想いが通じていれば兵舎の中をあちこち駆けまわり、これ程己に心配を掛けるものなのだろうか。
そして己が知らぬ話をどうやら他の奴らは皆知っているらしい。
心を預け信じる相手に、そんな真似をするだろうか。

あなたがいるから此処に来た。逃げないで。
そう言って下さった。それすら白昼夢だったように思えてくる。
隊長、隊長と呼びかけるその声すらも空耳のように思えてくる。
抱き締めようと手を伸ばせば、必ず誰かしら邪魔が入る。
唇を盗もうとすれば、間の悪い愚か者が部屋に踏み入る。

一体俺はどうすれば良い。心から想うこの方を目の前に。
己の心など全く素知らぬ様子で、明るく響いたその声に。

「あのね、明日の夜、肝だめしをするから」

満月の夜だ。何時まで共に居られるかも知れぬ。
そんな時に、何故そんな下らぬ話を聞かされる。
もっと他に、話すべき事が在るのではないのか。

「・・・は」
「肝だめしよ?分かる?」
「・・・はい」

これか。ここの処トルベもトクマンもテマンですらも、しきりに何か言いたげに口籠っていたのは。
ようやく合点がいったと、思わず上がりそうな声を圧し留める。
己と静かに過ごすでもなく、身を隠し息を潜める素振りもなく、挙句の果てに迂達赤に根回しをして肝だめしとは。

何処まで暢気だ。何処まで此方の想いを無碍にする。
こんな困った方に惚れた己は、一体何処まで愚かしい。

「肝だめし」
「うん、そう。蝋燭持って、2人一組で。
兵舎から出発して、東屋を通って、典医寺の裏の水場でロウソクを置いて、紙を結んだ木の枝を持って帰って来るの」
「それだけですか」
「う~ん、コースはね」

こーすとやらが何かは知らんが、愉しそうに笑うこの方の様子を見ればそれで終いではないと判る。
成程。其方がそれ程趣向を凝らすなら、此方にも考えがある。
「・・・判りました」
「ん?」
「判りました。二人一組なら、俺と」
「うん、いいわよ?」
ヨンはそのウンスの声に、ゆっくりと頷いた。

此方にも、考えがある。

 

「組分けできた?」
餓鬼の集まりか、将又この方に強いられて出て来たか。
兵舎の表門横、大きな篝火の中の迂達赤の影が揺れる。
手に手に蝋燭を持ち俺の顔色を伺いつつも、その様子は怖さ半分、楽しさ半分と言ったところか。

お前ら兵だろう。まさかとは思うがこれしきで騒いだりすまいな。
俺が死なぬ程度に鍛えたのは武芸だけだと思うなよ。

「・・・隊長」
遠慮がちに掛かる声に眸を向けると、困り果てた顔のチュンソクが此方をじっと見ている。
「何だ」
「良いのですか」
「何が」
「肝だめしなど、浮かれたことを」
「構わん」
俺は集った迂達赤に向かい声を張る。
「武器は持つな」

その場の兵達の動きが止まる。
「万一振り回せば、騒ぎになる」
その声に奴らが顔を見合わせる。
「拳で行け、良いな」
「・・・は?」
チュンソクが驚いたように、大きな声を上げた。

「当然だろう。夜の皇宮、何が出るか判らん」
俺の声にこの方の笑顔が引き攣った。
「何が出ても拳で行け。ぶちのめして来い」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ううん、待って下さい隊長!!」
「・・・何ですか」

平然とした俺の顔に、篝火に照らされ血相を変えたこの方の目が当たる。
「ぶちのめすって!!」
「夜道に兵を歩かせて肝を試す。当然でしょう」
「だって、遊びでしょう?なんでそうなるの?」
「蝋燭と枝を交換してくるだけとおっしゃった。何も出て来ぬのならそれで良い」
「だって、それは!」
「何か仕掛けましたか」
「それは・・・」

言い淀むこの方をそのままに、俺は言葉を続ける。
「蝋燭を持って枝と代えて来い。何かが出たらぶちのめせ、良いな」
「は、はい」
「良いな」
「は!」
「行け」

それを合図に先発隊が出て行く。おろおろと心配げなこの方を其処へ置いたまま。
少しは懲りられた方が良い。此処に居る限りは俺に従って頂く。
そうでなければ此方の顔も立たぬ事を覚えて頂かねば。

腕を組み、順に出て行く奴らを眺める俺を恨めしそうに見上げ
「やっぱりすっごく怒ってるじゃない、隊長」
横に立つこの方の声が、小さく聞こえた。

当然だ。

 

 

 

 

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