牽牛子【中篇】 | 2015 summer request・朝顔

 

 

火傷を治療した水刺房のオンニは、食材をもらいがてら一緒に水刺房まで戻る途中、何度も私にお礼を言った。
「医仙さま、私の不手際で本当にご面倒をおかけしました」
回廊を並んで歩くオンニに首を振りながら
「何言ってるんですか!プロの料理人だって切り傷や火傷からは逃げられないんだから。
媽媽の御膳が滞ったり、オンニがお料理できなくなって、今までの薬膳の薬効が無駄になる方がよっぽど困りますよ。ね?」
力を込めてそう言った。何しろ予防接種すらないもの。
傷は簡単に化膿するし、思わぬ合併症を引き起こす可能性もある。

「そう言って頂けると安心します」
「よく民間療法で、火傷にお味噌やアロ・・・んー、蘆薈とかを塗る人もいますけど、絶対ダメですからね?
どんな雑菌がくっついてるか分からないし。まず冷やすんです。
お水で十分冷やしてまだ赤かったり、今日みたいに水ぶくれが出来てたら、すぐに典医寺に来てもらうのが正解です。
火傷だから大丈夫なんて、絶対思わないでね」

むきになって言い募る私に嬉しそうににっこり頷いたオンニは
「医仙様がいて下さると、典医寺に行くのも気楽で。
御医様はお忙しいでしょうし、医官様にこんな簡単な火傷を診て頂くのも・・・それに、男性ですし」
躊躇うみたいにそう言った。

なるほど、そこなのよね。
女性が医者に体を見せる事、知らない男性に触れられる事に、まだまだ抵抗がありすぎる。
戦みたいな状態じゃない限り、そして私みたいに曰く付きの天界の医者じゃない限り、本当なら男性患者だって女医が診るものじゃないのかもしれない。
女医かあ・・・教授職なら私より、チャン先生が絶対向いてたわ。
キム先生も知識はあるけど・・・あの人は独立独歩というか、去る者追わずというか、研究者肌というか。
人に教えるようなタイプとはまた違う気がするし。

「女医だったら、やっぱり安心しますか?」
「それは勿論」
こういう患者からの声が本音よね。
オンニの声に頷きながら二人で水刺房まで戻ると、尚宮オンニは
「医仙さま。お待ち下さいね、すぐにお持ち頂けるものをご用意いたします。今からお作りになるのも大変でしょう」

張り切ったようにそう言って、房の奥を覗き込んだ。
「いいんですほんとに、食材の余ったもので!媽媽と王様のお食事を作るところで、もらうわけには」
「いえ、王妃媽媽からもチェ尚宮様からも、医仙さまには何でもお渡しするよう、命を頂いております」
そこでなぜかくすくす笑いながら、尚宮オンニは言った。
「大護軍様からも、御声があったようです」
「え?」
「医仙さまはお腹がすくと、ご機嫌が悪くなるからと」

何言ってるのよ!思わずそう叫びそうな声をぐっとこらえる。
「それは、それはね」
「畏れ多くも王様の内官様からは、医仙さまのお食事は味付けを確りするようにとの御言葉も」
「あ、あのそれは」

確かに言ったわ。高麗に来てすぐの頃。
王様に何か足りないものはないかって訊かれた時。
ご飯の味付けが薄い、私は南部出身だから辛い物が食べたいって言った。言ったけど、だからって!

何だかみんなして、私がすっごく食べる人みたいな扱いじゃない。
私はそりゃ・・・そりゃ、食べるのは好きだけど、だけど食は命に直結してるんだから!食欲は健康のバロメーターよ。

「そう言い遣っておりますので、医仙さまや皆様に召し上がって頂ければ、嬉しいばかりです。
これ、誰か居らぬか」
尚宮オンニが声を掛けると、房の奥の扉から、刺房の尚宮服の若そうなお姉さんが3人飛び込んできた。
「ミン尚宮さま、お怪我の具合は」

1人目の尚宮さんが、心配そうにオンニの手を覗き込む。
「大したことではない。医仙様がすぐに治療して下さった。
今用意できる飯饌を準備しなさい。私のせいで典医寺の皆さまが昼餉に間に合わなかった」
「畏まりました」

尚宮オンニがチマの裾さばきも鮮やかに奥へ進みながら言うと、2人目の尚宮さんがオンニに頭を下げて
「医仙さま、お腹がお空きでしょう。すぐご用意致します」
そう頷いて調理台の方へと駆けて行く。
3人目の尚宮さんは、火傷した尚宮オンニを心配そうに見て
「ミン尚宮様。今日の王様と王妃媽媽の飯饌の拵えをして参りますから、ゆっくりお休みを」

その声を尚宮オンニが遮る。
「いや、王様と王妃媽媽の水刺膳は私が作る」
そして私の方を振り返り
「ところで医仙さま。媽媽のご体調は如何でしょうか。
御教え頂いた通り御膳には生姜や大蒜、梅焼きや葱、大豆や緑豆などを多めに出しておりますが」
「うん、とってもいいですよ。体温を上げるのと、血をたくさん作る事。今はこの2つに集中したいんです」
私は尚宮オンニに頷いた。

「他に何か、私どもに出来る事は」
尚宮オンニがそこまで言った時。
「ミン尚宮様、お止めください」
今日の拵えをすると言った3人目の尚宮さんが小さく叫ぶように、尚宮オンニに駆け寄った。
「お前は黙っておれ」
「水刺房の事は、ミン尚宮様が誰よりお分かりです。
王様や王妃媽媽への御膳も、五年以上お作りになっていらっしゃいます」
「控えよ、エスク」
「いくら典医寺のご意見とはいえ」
「黙らぬか!」

一喝で尚宮さんを黙らせたオンニは、困った顔で頭を下げた。
「医仙さま、失礼致しました。私の監督が行き届かず。お許し下さい」
「いえ、そんな事・・・」

尚宮オンニの一喝で黙ったままのさっきの尚宮さんを見て、私は首を振った。
よかれと思ってしてたけど、余計な事だったのかも。
目の前で頭を下げる尚宮オンニも、その向こうで怒った顔の若い尚宮さんも、どっちのメンツも潰しちゃってるのかも。

確かにこの時代、まして王様の食事を受け持つ水刺房の尚宮のトップだったら。
私なんかより食べ物の事はずっと詳しいはずよね。私は薬膳も薬草も学び始めたばっかりだけど。
「医仙さま、尚宮さま、飯饌が出来ました」
奥から掛かった声に、尚宮オンニが頷く。
「判った。エスク」
「はい、尚宮様」
「医仙さまにお詫びがてら、典医寺まで共に飯饌を運びなさい」
「・・・畏まりました」

尚宮オンニに頭を下げてから、その若い尚宮さんは好意的とはお世辞にもいえない目で、じっと私を見た。

 

 

 

 

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