西氷庫【肆】 | 2015 summer request・かき氷

 

 

「どういうつもりだ」
水刺房を出て回廊を曲がり周囲の目が無くなると同時に、ヨンは前を行くチェ尚宮の背へ語気鋭く問うた。
「何故あの方を止めなかった。叔母上らしくもない」
「ああ、止めようと思った。最初はな」
ヨンの語調を軽く往なすと、チェ尚宮は涼しい顔で言った。
「ならば」
「ヨンア」
「好き勝手をさせないでくれ。只でさえまだ此処のやり方に慣れたとは言い難い方だ」
「さて、どうかな」
「叔母上!」
「お主も見ておったろう」

回廊の端まで進むと、チェ尚宮は愉し気に背後のヨンへと振り返り歩を止めた。

「何を」
「ウンスが作っていたものを」
「氷と果実か」
「いや、其方ではない」
「駝駱と卵の方か」
「ああ」
チェ尚宮は頷きながら、嬉し気に低く笑った。
「実は媽媽が最近、この暑さでお食事が進まずにな」
「・・・そうか」

知らなかったと、ヨンは小さく頷いた。
「粥をお出ししたとしても召し上がるには暑すぎる。かといっていつまでも麺や汁だけではお食事も偏る。
あの氷菓ならば、駝駱も卵も入って滋養もある。果実も取れる。
暑い中でも召し上がれる。だから出して差し上げたいと、ウンスが言うので許した」
「それなら先に言ってくれ」
「暇などなかろう。此方もつい先刻、ウンスに突然言われたのだ」

チェ尚宮はそう言うと、ヨンへと目を投げた。
「ウンスの読みは当たった。先程王様と王妃媽媽へお持ちしたら御二人とも大層気に入られてな。
すっかりお召し上がり頂けた」
「・・・ならば良い」
チェ尚宮の声に安堵の胸を撫で下ろし、ヨンが肩の力を抜く。
「ヨンア」

その様子を眺めつつ、チェ尚宮が声を重ねる。
「ああ」
「確かに私もウンスの様子が目に余ることはある。ただな」

そのまま言葉を切り考え込むチェ尚宮に、ヨンは次の声を待つ。
「ウンスは私が考えたよりも、ずっと賢い」
「・・・・・・」
「気を配っているとは言わぬ。言えば簡単でもな。
誰かの為にやっているとも言わぬ。言えば伝わってもな。
ただあの後生楽な様子で、やっておる事は的を射ておる」
「・・・・・・」
「お主の為に残るとは言わなかった。それでも残り毒を飲んだ。
一旦は帰った天の世界からこうしてまた戻って来た。
見てみろ、お主に一度でも恩を売ったか。お主の為に戻って来たと言ったことがあるか」

回廊のこんな端まで、蝉声は響き渡る。
夏の陽は余すところなく、皇宮の隅々まで射し込む。
ヨンは木々の合間に覗く坤成殿の瓦屋根を見詰める。

ウンスは今頃愉し気な声で、王と王妃に氷水について得意げに話している事だろう。
いつでもそうだ。
あなたの為にしているなどと、口が裂けても言いはしない。
そういう女人なのだ、ユ・ウンスという人は。
「・・・分かった」

ヨンは呟くとその場で踵を返す。
走り出した甥の背を追い、チェ尚宮の目許が僅かに緩んだ。

 

*****

 

坤成殿までを止まらずに回廊を駆け戻り、扉前の武閣氏に
「医仙は居るか」
問うたヨンの声に、武閣氏は首を振る。
「媽媽のご診察を終え、先程退出されました」
その声にヨンは再び走り出す。

髪を乱し、駈け込んで来たヨンの姿にキム侍医が目を瞠る。
「チェ・ヨン殿」
「あの方は奥か」
そう言ったチェ・ヨンに、キム侍医は声もなく頷く。
脇目も振らずに部屋の奥へと進むヨンを、診察部屋の侍医も薬員も笑顔のまま見送る。

 

「イムジャ」
診察部屋の奥。
私室の扉を開けると、突然のヨンの来訪に驚いたようにウンスが席を立ちあがる。
「どうしたの?」
「・・・いえ」

駆け寄るウンスに。その頬に当たる手に、頸へ、手首へと伸ばされる細い指に。
それ以上の言葉が接げないヨンは黙り込む。

そうだ、こうしながら自分はいつでも想われている。
だからこの方は駆けて来る。そして触れて確かめる。
「召し上がりましたか」
己の脈を取る指を感じながら、ヨンはウンスに問うてみる。
「え?」
脈を読んでいたウンスの目が、ヨンの声にその眸を見上げる。

「拵えるばかりだったでしょう」
「ああ、アイスクリーム?」
「召し上がりましたか」
「食べる前に溶けちゃうから。みんなは食べた?」
「ええ、大騒ぎで」
「あなたは?」
「俺は・・・」

言い淀むヨンに、ウンスが微笑んだ。
「やっぱり食べなかったんだ」
「・・・共に、喰いたかったので」
「そうなの?」

初めてのものなら、共に喰いたい。
そう思う気持ちは可笑しいのだろうか。
初めての事ばかりだから、ウンスと共に分け合いたい。
遠廻りしてきた分まで、これからは全て分け合いたい。

「・・・西氷庫に、行きましょう」

ヨンは小さな声で、ウンスに告げた。
一人で無理ばかりする方には、甘やかす者が必要だ。
ましてや無理をしていない振りをするこの方には。
「え?」

そんな風に、無理しているすらと気付かないこの方には。
その為に己のやり方を曲げるのも、時には仕方ない。
「俺が削りますから」
「ヨンア?」
「桃や杏なら、宅の庭にあるでしょう」

駝駱は近隣の牛飼いに頭を下げて貰い受けよう。
卵なら、裏の放し飼いの鶏の巣から取って来る。
砂糖は厨の砂糖壺にあるだろう。
無ければ山に登って蜂の巣を取って来てやろう。碧瀾渡で手に入れて来ても良い。
「ですから」

そこまで言ってヨンは口を噤む。
口にせずとも、分かってほしい。
「ですから」
「うん、ですから?」
「・・・結構です」

俺も時には己の途を曲げよう。口にせぬままあなたの為に道を曲げよう。
だから其方も時には道を曲げ、俺の事だけ考えてくれても良いでしょう。
俺にも黙って勝手に突走り、周囲の事ばかり考えるのではなく。

口にせずとも、分かってほしい。
無理な相談だと知ってはいても。
自分の心もなかなか口にせぬ代わりに、此方の心にも疎いのだ。
それでも仕方ない。惚れた弱みというやつだ。

「豆氷水を拵えましょう」
「いいの?」
「次の夏には、鉄原です」
「うん、分かった」
「・・・虎にも熊にも遭わずに、氷を手に入れましょう。此度だけ」

あなたが自分では召し上がらずに、人の為にだけ拵えるなら。
あなたの為にだけ、俺が拵えてやる。どれだけ道を曲げても。
好きなだけ召し上がれば良い。氷ならいくらでも搔いてやる。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    涙しております。そんなに涙を誘う特別な表記はなかったと思いますが…
    おば様がヨンさんが、ウンスさんの、目には見えないところもわかって理解してくださっている。とても素敵な事のように思えて。とても幸せな事のように思えて。
    自分もそういう人でありたい。そういう人になりたいと思ってしまいました。きれい事なのかも知れない。でも、お話しを読ませていただいてそう思えた自分が少し好きです。

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    このお話のヨンに惚れ直しました
    心が暖かく、幸せな気持ちです
    さらん様、素敵なお話ありがとうございました♪

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    ウンスのような、人知れず気遣いのできる人になりたいと思っておりますが・・・まだまだ修業がたりません(´□`。)
    ヨンのウンスへ深い思いを感じ、涙ぐみました。

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    ウンス、、、は 凄い人ですね、、、改めて気づかされました、、、だから ヨンがここまで惚れられる女性なんです だから 周りみんなが 暖かい目でみてくれるんですね、チェ尚宮さんも やっぱり さすがですよね、、、そこを見逃さないってゆー …はぁ♡♡やっぱり みんな 大好きです(*꒦ິㅂ꒦ີ)♡

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