金剛鈴【前篇】 | 2015 summer request・風鈴

 

 

【 金剛鈴 】

 

 

風が吹く。
風が揺らす紐の先、涼しげな音が鳴る。
音を聞きながら、目を閉じる。
殺風景な兵舎にはそぐわぬ、夏の音だ。
「チュンソク」
声と共に突然、兵舎の扉が開く。
「は」

金剛鈴に茫と耳を傾けていた俺は、その声に慌てて扉へ振り向く。
大護軍が部屋へ踏み込みながら窓際に下げた金剛鈴へ眸を向けた。
「・・・風流だな」
「ああ、いえ。先日の里帰りで持たされました」
「そうか」

そこで腕を組み眉を寄せ、渋い顔になった大護軍を見詰め
「まずいですか」
そう問うてみる。この表情は何かを憂いているのは分かる。

大護軍は組んでいた腕を解くと窓際の鋳物の金剛鈴を眺め、言い辛そうにぼそりと呟く。
「無粋は言いたくないが、音で他の気配に気付くのが遅くなる」

確かにそうだ。今までの経緯を考えない俺が浅薄だった。
キ・ウォンによる迂達赤閉鎖も、医仙の解毒薬を狙っての刺客や火女の襲撃も、過去には起きた。
この後も何が起きないとも限らん。大護軍の言うとおりだ。兵舎の中だから安全だとは断言できない。
「おっしゃる通りです。外します」
俺の声に大護軍は逡巡するように
「しかし折角の金剛鈴だ」

そう言って僅かに考え込むよう眸を泳がせた後、その喉奥で低く愉快気に声を立てた。
何だろうと目で問い返す俺に、
「最適な場所がある」
可笑し気に上がった声に暫く考える。
最適な場所。 今のところ俺の居所は兵舎の私室だ。不得要領なこの顔に向け大護軍はいよいよ笑みを深めた。
「敬姫様のお邸は如何だ」
そう言って大きな拳で口許を押さえた。

まさか大護軍にからかわれる日が来るなど夢にも思わなかった。
俺は唖然として、大護軍の揺れる鎧の肩を眺めた。

 

*****

 

「チュンソク、おかえり!」
儀賓大監殿のご自宅の庭。
キョンヒ様が玉砂利を踏みながら此方へ向かって叫び、勢い良く駆けて来る。
こうしてお帰りと迎えられる度に、不思議な気分になる。共に住まっている訳ではないのにと。
しかしそう言ってこの腕の中に飛び込まれると、腕の中から丸い目にじっと見上げられると、何故かいつでも微笑んで言ってしまう。
「只今戻りました」

その笑みに満足そうに頷くと、キョンヒ様は俺の胴にぐるりと柔らかな腕を回し
「今日は何をした。どんなことがあった」
そんな風に興味深げに問うてくる。
「お嬢様」

傍に従うハナ殿が、キョンヒ様に向かって遠慮がちに
「隊長さまもお疲れです。まずはお手水をお使い頂いて下さい」
そんな風に諭し、続いて俺に頭を下げる。
「隊長さま、どうぞこちらに。お手水の間に支度を整えます」
そのハナ殿の声に、キョンヒ様が声を上げる。
「ハナ、私がするから良いのだ!」
「では、キョンヒ様は隊長さまにお茶を」
「茶も手水も私がするから!だからハナは下がって良いから!」

ああ、まるで幼子が駄々を捏ねるようだ。
そんな風に俺を抱き締めたままハナ殿に向けて言い募る声に、俺はどうして良いか判らずに首を振る。
「キョンヒ様」
「うん」

呼ばれるだけでそれ程嬉しいのだろうか。
ハナ殿に向いていたキョンヒ様の顔が、すぐにこちらへ振り返る。
「まずはこの腕を解かんと、何も出来ません」
俺がその腕を両手で解くと、キョンヒ様は不満げに顔を顰める。
「だって、淋しい」
「ではお嬢様、ハナが用意を」
ハナ殿が笑いをこらえて、まじめな顔を作る。
「それは駄目!」

首を振ると心底困ったように
「体がひとつでは足りないな」
呟いたキョンヒ様の声に、俺とハナ殿は思わず顔を見合わせた。

 

*****

 

結局ハナ殿が用意して下さった手水を使って手を清めた後。
キョンヒ様が点てて下さった茶を受けながらお部屋の中、二人きりで向かい合う。
「今日は、どうした」

あの頃からほんの僅かの時間で、この方は驚くほど大人びた。
最初に樹上から落ちてきた、あの幼い姫と同じ方とは思えん。
俺の為に心労が重なったのなら、申し訳ないと思う。
寝も食べもせず倒れた時から。翁主の姫としての皇位を喪われてから。
それでも俺の訪問を受けて下さる時、その顔いっぱいに浮かぶ天真爛漫な笑顔だけが変わらない。

そんな年頃なのかもしれない。
出陣する時以外はさほど間をあけず お逢いしているのに、逢うたびに違う表情を見つける。
こうして真直ぐに俺を見つめる丸い目は以前のままなのに、すっきりした頬や小さく尖った顎は幼子のものではない。

俺は慌てて、此方を見るキョンヒ様から目を逸らす。
そんな俺に、キョンヒ様が不思議そうに首を傾げる。
「実は、これを」
目を伏せたまま、紙に包んだ鋳物の金剛鈴を、袖から取り出しお渡しする。

その包みを受ける白い手も、既に若い女人の手だ。
以前のように靨が浮かぶふくふくしたものではない。
手に受けた紙の包みを、キョンヒ様が静かに解く。そして出て来た金剛鈴に、嬉し気に目を丸くする。
「金剛鈴だ!」
俺は頷き、
「ええ。実家で貰い受けましたが、兵舎には飾れず。もし宜しければ此方の軒先にでも」
「頂いてもいいのだろうか」
「勿論です」
「チュンソクのお部屋に、飾っていたのでしょ」
「ええ。お古のようで申し訳ないのですが」
「そんな事ない!!」

何故か気分を害されたように、キョンヒ様は首を振った。
「チュンソクからなら何でも嬉しい。ましてご実家からなんて」
そんな事をおっしゃられたら困ってしまう。最初からこの方の為に選んだものでないのが心苦しい。
「次は、キョンヒ様の為に何か」
「そんな事、気にしないで良いのだ」
「いえ、そういうわけには」
「チュンソク」

諌めるような穏やかな声にようやくキョンヒ様に目を合わせると、キョンヒ様はにこりと笑んだ。
「それならいつか、一緒に連れて行って」
「は」
「チュンソクの御里帰りに、一緒に連れて行って」
そ、れは。それは、つまり。

「・・・キョンヒ様」
「なんだ」
「普通の男女は、共に里帰りはしません」
「うん、そうだな」
「つまり、それは、そういう事なのですよ」
「何を言いたいか判らないぞ、チュンソク」
「ですから共に里を訪れるとは、将来を誓うような」
「勿論だ!」

きっぱりと断言するキョンヒ様を見詰め、俺の目が丸くなる番だ。
「ずうっと言っているでしょう。頑張るって」
「いや、キョンヒ様」
「だってチュンソクも、こうして家を訪れてくれるでしょう」
「いや、それとこれとは」

しかし確かに、言われればその通りだ。
贋金探しの目晦ましのため、嘘から始まった銀主翁主と儀賓大監の姫、キョンヒ様への婿入り騒動。
しかし考えてみれば身分の違いで、儀賓大監や翁主様からお叱りを受けたとしても不思議ではない。
貴族の出と言っても、我が家のような弱小貴族と、王様の御姉上の翁主様では全く立場が違うのだ。

それでも今まで御自宅へ出入りして、そういった事は一度もない。
そうだ、考えても見なかった。余りに問題なく事が運ぶがゆえに。
嘘がこうしてほのかに真実味を帯びて来て、儀賓大監や翁主様は一体どう思っておいでなのだろう。
芽生えた疑問に、俺は首を傾げた。

「ハナ、手伝って!」
考え込む俺を尻目に、キョンヒ様が嬉し気に扉外へ声を掛ける。
その声に部屋の扉を開け中へ進んできたハナ殿が、座ったまま物思いに耽る俺に、心配そうな目を向けた。

 

 

 

 

 

 

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