2014-15 リクエスト | 輪廻・10

 

 

「ウンスヤ、もういい加減にしたら?」
2人で飲むバーで女友達は横のスツールを立ち、したたか酔っ払った私の肩に手を掛けた。
暗い店内、静かに流れる音楽。
ところどころに灯ったキャンドルの揺れる影は、あの頃の高麗の夜を思い出させる。

夜になると部屋の蝋燭を灯して、あなたの帰りを待っていた。
今日は遅いかな、それとも早いかな。 何が食べたいかな、そんな風に思いながら。

泣いても泣いても、泣いても。
叫んでも逢えない。呼んでも声は返らない。
「いい加減にって、何を」
私は酔っぱらっている、と、脳のどこかが冷静に考える。
「あんた、ずっと変じゃない。ほら、いつだっけ?
1週間くらい行方不明になって、部分性健忘症で戻って来たの」
「4年前」

女友達は、大袈裟な顔で、私の顔を覗き込んだ。
「もうそんな前だっけ?」
私はその声に頷いた。
「そうよ、そんな前よー。驚いちゃうわよね」
あははは、と笑い始めたら、笑いが止まらなくなった。

「テウさんとはどうなのよ。もう知り合って4年でしょ」
「仲いいわよ」
「じゃあなんで、飲むと毎回そんなに荒れるのよ」
「酒に呑まれてるんだわ、きっと。ああやだなあ。こうやってどんどん酒に弱くなってくんだわ。
そしていずれ飲めなくなってくんだわ、爆弾酒も」

女友達はその声を遮るように、少しきつい声で呼んだ。
「ユ・ウンス」
「なーによぉ」
「何で誤魔化すの。どれだけの付き合いだと思ってるの」
その問い掛けに、ふらふらと指を折る。
「えーと、医大時代からでしょ?19から・・・・・・え、やだ!じゃあもうすぐ18年じゃない?
ああ、数えるんじゃなかった!楽しいお酒が台無しだわ」
「あたしたちの年齢なんて、この際どうでもいいのよ」
彼女はぴしゃりと言い放つ。

言わせてもらうわ、あんた変よ。帰って来てからずっと変。
テウさんと仲良くなって、ようやく安心したのに。
テウさんの事、好きなのは見てて分かるわ。そしてテウさんが、あんたの事好きなのも。

悪いけど、正直あんたの過去の男遍歴から言って、あんなに良い男を捕まえて腹立つくらい羨ましいわ。
でもね、あんたは最後の最後でいつも、心ここにあらずって顔するのよ。それに気付いてる?
電話の時もそう。会ってる時もそう。
来てくれた時は、電話が掛かって来た時は、最初は心から安心した顔で笑うのに。
最後に帰る時、電話を切る時、一瞬酷い顔をするわ。

何故?って顔。誰?って顔。この人じゃないって顔。

分かってるなら、駆け引き上手だわ。
だけどね、分かってないなら最悪よ。
そして悪いけどあんたが駆け引きなんて器用な真似ができる程恋愛経験がない事、あたしはよーく知ってるの。

「やめて」
私はそう言って首を振った。
「私はテウの事、大好きよ」
「そうね、大好きでしょう。それは分かるわ、でも」
彼女の言葉に、カウンターの上で握る指が震えだす。
その掌を、スツールに腰掛けた腿の下に挟み込む。
「本当に大切よ、嘘じゃない。誤魔化してもない」

・・・・・・泣かないでよ、あたしが苛めてるみたいじゃない。
あんたがテウさんを大切に思ってることは、よく判ってる。
ねえ、ウンスヤ。じゃあ何がそんなに苦しいの?
あんた、記憶が戻ってるの?それで苦しいの?

専門医ならいくらでも紹介するわよ。うちの病院が嫌なら、腕の良い他のとこを紹介する。
今は臨床やってないんだから、少しのんびり時間取りなよ。
テウさんなら分かってくれるわ。あんたの入院中から何度かあの病院でもすれ違ったけど。
あんな良い男、滅多にいないわよ、ほんと。

あんたの事、心から心配してた、最初から。
最初は勿論、あの事件の証人としてでしょう。
だけど、それなら退院してからも会い続ける訳ないわ。
退院した日に会いに行ったって聞いて、ああ、と思った。
その後も来てるって聞いて、確信したわ。

退院後に連絡が来て、あんたのこといくつか聞かれたけど。
言われたことがあるのよ、支えてあげてくださいって。
但し支えてる、心配してるって言わないでくださいって。
それを面倒だと思うならしなくていいです、その分も自分がそうしますって。

「・・・ごめん、今日は帰る」

私はスツールからどうにか立ち上がった。
立ち上がった途端、足元がふらついた。
彼女が慌てて支えてくれたけど、勢いのついた私の体はそのままカウンターにぶつかった。
カウンターの上のグラスが倒れて割れる。

バーテンダーが慌ててカウンターから出て来て、友達と2人私の体をテーブル席に運んでくれる。
そのテーブル席に腰掛けた途端、体が前のめりになる。

テーブルへつっ伏して、目を閉じる。
「逢いたい」

私が呟くと、横に座る彼女がミネラルウォーターのボトルの蓋を開け、私に握らせながらこっちを見る。

「迎えに、来て欲しい」
彼女は頷いた。
「呼んでくる、電話貸して」
「・・・ありがと」

でも本当に本当に逢いたい人には、 電話はつながらないの。
来てほしい人は、もうここには来られないの。

 

夜中の電話、掛けて来る相手は分かっている。
オフィスのデスクに放り投げていたスマホを取り、着信画面を確かめる。案の定だ。
「はい」
そう言いながら立ち上がり、車のキーを握りオフィスを出る。
「テウさん、ウンスが」
廊下を駆け出しながらその声を聞く。
「どこですか」
廊下を突っ切り、駐車場の出入り口から飛び出す。
「えーっとね、梨泰院のピア8、分かるでしょ」
駐車場を走りながら車のドアのロックを解除する。
「動かずに。15分で」
離れた車から電子音がして、ウインカーが点滅する。
「いつも迷惑ばっかりかけてごめんね」
飛び乗ってエンジンをかける。
「いえ」

次の瞬間、タイヤを軋ませながら車を発進させる。

 

今日は目立つ場所で飲んでいてくれて助かった。
俺が車をつけると店の外には既に足元の危ういウンスと、彼女を支える女友達が立っていた。
「テウさん」
車の中の俺を見つけ、友達が声を上げた。
「仕事中だった?」
「終わってました」
そう言いながら車から降り、ウンスを抱き留めた。
酔いで揺れる体は、重心を失ってぐにゃりと腕の中に落ちてくる。
その体を支え直して抱き上げる。
その細い手が、俺のスーツの胸元をきゅっと強く握りしめる。
「送ります、車に」
いいのいいのと、友達が笑う。
「この酔っぱらいの面倒見てもらうだけで大助かり。私はタクシー捕まえるから、早く連れて帰って」
そう言って、しっしっと手を振られる。
「分かりました」
じゃあね、という彼女とそこで別れる。
抱きかかえた小さい体を助手席に寝かせ、リクライニングしてシートベルトをかけ、固定する。
運転席に回り、ドアを閉め、車を発進させれば
「・・・連れてって」
助手席の酔っ払いが言う。
小さな掌で目許を塞いで。見るなというように顔を背けて。

何処にだ。言ってくれなければ分からない。

ひとまずは分かる場所、俺の自宅へ連れ帰る。
抱きかかえたまま玄関まで歩く。
指先でドアのロックを解除し、ノブを回して作った隙間に爪先でねじ入れてドアを開く。
玄関で靴を蹴り脱いで廊下を歩き。暗いリビングを突っ切ってベッドルームまで辿り着く。

そしてその体を静かにベッドへ置いて。
ようやく自由になった手でベッドサイドのライトを灯せば、淡い光の中、浮かんだ頬には涙の跡しか見えない。
楽しんで飲んで、女友達と遊んだ後には全く見えない。
そして泥酔しているはずの目は静かに開いたまま、ライトの輪の外に広がる暗い闇を見つめている。
「そこに、いる?」
「・・・いる」
「そこに、いるよね?」
もう一度確かめるように、小さな声が追ってくる。
「ああ、いる」

この声は、本当に届いているだろうか。

ベッドから伸ばされる指先を掴めば、指の間に細い指を絡ませて。
そしてそのまま自分の方へと、力任せに引き寄せて。
その体の上に倒れ込んだ俺の顔に、そっと触れていく。
髪、生え際、額。頬、目の下、鼻筋、瞼。そして必ず最後に眉。
何度も何度も、確かめるように。

何を確認したいというのだろう。

俺の首を抱き締め直し、静かに彼女は目を閉じる。
しばらくそのまま抱かれ、寝息が静かになった頃、首に回した腕が解けないように移動し、隣に横たわる。
白いシーツ、黒い夜、小さく灯るライト。
そのスイッチを、腕を伸ばしてオフにする。

彼女の唇が、かすかに何か言いた気に動く。
囁いたのは本当に、俺の名前だろうか。

 

 

 

 

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