2014-15 リクエスト | 邂逅・16

 

 

「傷はどうだ」
二人きりになった病室で、驚かせぬようそっと問いかけ、横たわる寝台横、置かれた椅子に腰掛ける。
「うーん、ちょっと痛い、かな?」
いつもより掠れた少し弱い声で、それでも答が返る。
「そうか」
横たわるお前の腹の傷辺りに、そっと手を置く。
伝われと願い、当てた掌に静かに気を込める。
早く、良くなれ。

「あったかい」
嬉しげにふふと笑ったお前は、置いた手の指に自分の細い指を絡める。
「ただいま、ヨンア」
静かに頷くと、もう片方の掌が頬に当たる。
「待たせてごめんね」
「詫びるのは俺だ」

正直に告げると、お前が不安げに眉を顰める。この話は禁忌か。
不安や恐怖を取り除けとの、侍医の言葉を思い出す。
判じられぬ以上、続けられん。

「あのね、すごく嬉しかった」
偽りない瞳が、この眸を覗き込む。
「あなたじゃなくて、本当に良かった。今回の我儘は、その為だったんだなあって本当に嬉しかった。劉先生・・・」

そこで言葉を切り、お前は自分の言葉に驚いたようにぴたりと口を閉じる。そして開いて
「劉先生だ、そうでしょう?」
嬉しそうに俺に問う。華侘の事を思い出したらしい。
その声に頷くと、部屋へ差し込む白い月明かりの下、その顔がぱ、と明るくなる。
「劉先生にも再会できたし、全部あなたのおかげ」
「そうか」
その髪を撫でながら、意識して目許を緩ませる。

そうでなければ詫びてしまう。黒く重い涯ない後悔の中で。
腹を開くような怪我を負わせた。全て俺の所為だと、詫びて許しを乞うてしまう。

それがお前にとり辛いなら、詫びる事すらできない。
いつもそうだ。お前は俺に、明るい道しか示さない。
悔いるな、笑え、先へ進めと、そして俺に学ばせる。
二度とこうした事を起こさぬ、強くなるその道筋を。

何故俺はこの方をあたわったのだろう。
何故この方が傍にいてくれるのだろう。
これ程愛おしく、目が離せず、追い掛け、護るためなら何でもすると誓う方を。

先には逝かぬ、しかし逝かせられぬ。
これ程の想いはこれから先、何処まで続くのだろう。
見つめ続けるこの眸の中、お前は静かに瞳を閉じる。
「少し、眠るか」
瞳を閉じたまま頷いたお前は甘えるように
「腕枕、して」
そう言って握った指を静かに揺らす。

俺は頷き、椅子を立った。

 

******

 

お前の顔を、いつも見ていたかった。
門をくぐる前から、そしてくぐってからは尚更に。

しかし病室の扉前、俺の足は縫い止められ、扉を押すべき手は体の脇から上がらない。
先生が、そんな俺の肩に手を置く。
「ソンジン」
俺は無言で頷き、一息の後、扉を開ける。
病室の窓から見える、朝の陽が目に痛い。
「おはようございます、劉先生」

寝台に横たわったままとはいえ、昨日よりもずっと明るい声で、ウンスが呼ぶ。
あの男は寝台横で腰掛けていた椅子から静かに立ちあがり、目礼をした。
「・・・おはよう、ウンス。体調はどうだい」
呼ばれた先生が息を飲んだ後、普段通りの声音で訊きながら、ウンスの枕許へ進む。

俺が思わずチェ・ヨンを見ると、奴は頷き
「昨夜、華侘を、劉先生と思い出した」
そう言って、横たわるウンスに目を落とす。
先生に脈を取られ、四診を受けるウンスの一挙手一投足。
愛おしくて堪らぬかのように、その眸がじっと見つめる。

その時部屋の扉より、あの朋輩の医者が入って来る。
「医仙、お目覚めですか。華侘の診察が終われば薬湯の処方が出るまで、しばしお待ち下さい」
ウンスはその声に顔を顰めると、チェ・ヨンを見上げ
「飲まなきゃ駄目?」
と拗ねたように問いかける。
「当然です」
チェ・ヨンが目許を綻ばせる。
「じゃあヨンアが飲ませて。チャン先生の薬は・・・」

そこまで言って寝台の上、チェ・ヨンを見上げた後にあの医者へと目を投げる。
「チャン先生」
その声に、呼ばれたチャンと言う医者が静かに頷く。チェ・ヨンの顔が一気に晴れる。
「ええ。おはようございます、医仙」
「チャン先生!」

その声は朝の陽の差し込む部屋の中、何より明るく響く。

 

「車椅子が欲しいなぁ」

お前の声に顔を見る。
「車椅子があれば、すぐ外に行けるのに」
「くるまいす」
うん、と頷き、お前は笑う。
「今の時代なら、もうあったと思うんだけどな。病人用じゃなかったのかもしれない・・・
うーんとね、椅子の4本足の代わりに、大きな車輪がついてるの。その車輪で移動できるのよ。
今度頼んでみようかな。あれば絶対便利だしね」
確かに便利そうだが、今此処には無い。
「暫し」

立ち上がり、奥の間との仕切扉に向かい進んで
「侍医」
声を掛けると、扉がすぐに開く。
「はい」
顔を覗かせた侍医に
「少しだけ外に出しても良いか。出たがっている」

その声に侍医は扉から滑り出で、寝台に向かう。
そして寝台脇の椅子へ腰掛け、腕を取ると脈診をしながらその顔色を見、少し笑って問う。
「早速外出ですね、傷は如何ですか」
この方は侍医の声に笑いながら頷く。
「痛いは痛いけど、でも我慢できる、全然。発熱もないし、全部チャン先生と劉先生のおかげね」
あなたの声に頷くと、侍医は細い腕の袖を下ろした。
「大護軍、外に出るなら抱いて差し上げて下さい」

侍医の声に、白い頬が朱に染まる。
「さすがに術後三日目で歩くのは、少々不安です。外の空気に当たるのは良いことですので」
侍医の指図に慌てたように
「む、無理しなくていいのよ、ヨンア、今日は窓の外が見られれば、部屋の中で」
珍しく殊勝に言いながら首を振る。出たいと言っていたろうに。

 

さて、と告げ、毛布で包んだ小さな体を横抱きにし、そのまま病室の扉を抜ける。
抜け出た部屋に詰める守りの兵たちが、この方を抱く俺に驚いたように息を呑む。
「出る」

一言残し扉へ向かうと、扉脇の兵が慌てて其処を押し開く。
庭へ出ると腕の中で大きく息をし、お前はこの眸を見つめ嬉しげに笑う。
「どうです」
「すっごく気持ちいい」
「くるまいす代わりになれたか」
「うん」
笑って問うた声に頷き、瞳を閉じて心地良さげに静かな呼吸を繰り返す。

「何より」
「あなたがいてくれるから。ほんとにありがとう。でも重いでしょ、無理しないで」
「重いわけなど」
「じゃあ、もうちょっとだけ歩いて」
ねだる声に笑み、静かに歩きだす。面目を潰しても、抱いて出た甲斐があった。

 

窓の外、明るい庭にチェ・ヨンが出てくる。
お前を腕に抱き、僅かに俯いて、その口許が動く。
首に手を回した腕の中、抱かれたお前が何かを伝えている。

その目は真直ぐ奴だけを見ている。奴のことしか目に入らない。

先生を思い出し、あのチャンと言う医者を思い出し。
それでも俺の名は未だ、その唇から洩れる事はない。

何故なんだろうな、ウンス。
お前でなければ駄目なのは、何故なんだろう。
これ程辛いと思わなかった。戦場でどんな傷を負ってもこれ程ではない。
半死半生で味方の兵に捨てられようと、ここまで心も体も痛まなかった。

何故なんだろうな。

外の光景に背を向け、窓から離れながら問う。
胸内で、答えてくれそうもないお前に向けて。

部屋の扉を抜け踏み出した兵舎の廊下。
陽が射しこむことはなく、昏く冷たい。
俺は行く当てもなく歩き始めた。
ただひたすら、庭から離れる為に。

 

 

 

 

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