2014-15 リクエスト | 邂逅・2

 

 

「開くとは。先日開いたばかりではないですか。何故また開くと分かるのですか」

薬房の中、手早く纏めた先生の治療道具を担ぐため布に包みながら、矢継ぎ早に問いかける。
そうだ、モンケの手下に追われ、あの丘でウンスと離れてから。
そしてウンスを失ってあの姿を追い求める日々が始まってから、まだ然程時は経っていない。

あの丘でモンケの追手を振り切り、這うように薬房へ戻った。
先生が大都から戻って来た時には口も聞けない程弱り切って、俺は薬房の隅に半ば死んだように横たわっていた。

過ぎる日を数える事すらうんざりした。次に逢えると保証もない。
ただ逢いたいとだけ願い門をくぐる。ウンスとの約束だけが俺を生かしていた。

絶対に死なん。 生きて、もう一度お前に逢う。
扉の向こうで俺を思い出せ。俺は此処にいる。何度心で唱えたか。

「あの扉を超えられるのが真に神医のみなら、その医術を必要とされるから開くのだ。
必要とされる場所へ必ず導かれる。何故分かると問われれば、言い伝えの寄せ集めだ。
門が開く前は風が強く吹く、としか言いようがない。そんな不確実な事に付き合えとも言えない」

先生は言いながら纏めた荷を抱え上げた。
俺は抱え上げた荷を、その手から受け取った。
「ソンジン」
「俺も行きます」
「・・・悔いはないかい」
「ない」

短くはっきりと告げ、俺は先生を見た。先生は穏やかな目で頷く。

その瞬間、薬房が揺れた。

突き上げるような衝撃に先生を床へと庇い、上から己の身で覆い、薬房の入口を鋭く振り返る。

扉外を、真赤な竜巻が通る。
血のように赤い竜巻が周囲を全て巻き上げ、街道を壊しながら激しく渡っていく。
地獄のような光景を見ながら何かに呼ばれるよう、ようやく揺れの収まった薬房で俺は立ち上がる。
「行きましょう」

時が迫っているはずだ。だからこれ程呼んでいるのだ。

─── 私の事だけ思って、門をくぐって。

待っていろウンス、俺は必ず逢いに行く。

 

******

 

北への出立理由は、国境隊との打ち合わせだった。
隊員の入替と視察、それさえ終わればすぐに帰る。
大きな戦ではない、そこに緩みが生じた。
まさかあんな刺客が潜むと思いもせずに。

「ウンスヤ」
帰宅し、出迎えたお前に呼びかけたな。
「北への出立が決まった」
暫しの別れに己を奮い立てようと一息に告げたな。

お前は俺の様子を診、俺の手首に当てた指を止めた。
細い指先を握り、俺はそっと頬に触れた。
お前のあの、小さな白い、温かい頬に。

お前の指先には、誰よりも俺の心の揺れが伝わっていたはずだ。
だからお前は、あんなに優しい目をして言ってくれたのだろう。
「離れない。連れてって」
穏やかにそれだけを。

チャン侍医の同行は既に決まっていた。
お前まで連れ出すわけには行かぬと、俺は首を振ったはずだ。
お前はあの瞳で俺を見、それでも行きたい、あなたから離れたくないとはっきり言った。

だが許すべきではなかった。慾に負け頷くべきではなかった。
戦ではない短い滞在だからと、安易に判ずべきではなかった。
王様への拝謁など、お願いすべきではなかった。
お許しを得ても考えるべきだった。

俺を敵視する人間がどれだけ多いかを。
俺を獲れば国境が、皇宮が、高麗が乱れると期待する奴らがいる事を。

出立から三日目。 北の陣営は目と鼻の先だった。
道中は呆気ない程何もなく、お前は笑って馬を駆った。
周囲を兵に守られながら、好きにさせてと駄々を捏ねた。
それを見ながら、また始まったかと窘めた。

夜になれば星空の下に野営を張り、お前の横を護った。
傍の樹にはテマンが上り、潺の音と時折聞こえる夜鷹の声が闇を縫い、静かな時が流れた。

その後に、こんな地獄を見るなど思いもせずに。

「もうすぐじゃない?」
俺の護る馬の横、逆側をテマンに護られ、お前は笑って振り向いた。
俺がその瞳を確かめ頷くと、楽しそうに笑いながら
「嬉しい、あのへんは見たことない薬草が多いし。
チャン先生も一緒だから、今回は収穫が多いかも。
あなたに役に立ちそうな薬草が見つかるといいな」

そう言って鞍の上から周囲を見渡した。
お前の馬が、俺の馬から半馬下がった。

気配に気付き、俺とテマンが同時にお前に馬を寄せた刹那。
俺の鎧の背を掠めた矢は半馬下がった騎乗のお前の脇腹へ、そのまま刺さった。

先刻まで俺がいた、今そこにいるお前の脇腹に。

周囲は一気に動いた。
チャン侍医の馬が駆け寄り、馬上からずり落ちそうなお前を鞍上から抱き下ろす。
地面に敷いた毛布の上に横たえ、そこへ薬員が駆け寄った。
弓兵が敵へと矢を放ち、逃げた残党をトクマンたちが追い。

俺は叫んだはずだ、一人も逃すなと。

射られた敵の刺客は四名、そして残りの三名を生きて捕え轡を噛ませ縛り上げトクマンらが戻るまで。

戻るまで、俺は何をしていた。
全く覚えていない。

鞍から滑り降り、地面の毛布に横たわるお前の体。
血だらけの体。そして血の気の引いた真白い顔。
閉じたまま動かない睫毛。揺れない柔らかい髪。

そこに息の欠片でも感じよう、温かさの欠片でも確かめようと、手を伸ばし、触れようとしていたはずだ。

「大護軍」
あの方の脇、侍医が呼ぶ。
「大護軍!」
返答しない俺に、痺れを切らし一歩寄る。
「大護軍、聞こえますか!」
奴の手で軽く頬を張られ、我に返る。
戻った目をぐっと見つめ、奴は言う。

「鍼を打ちます。雷功を」

震える掌を目の高さに上げ、浮かぶ汗ごと固く握り。
次にゆっくり開くと、俺は奴に向かい頷いた。

 

 

 

 

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16 件のコメント

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    ヨンの事を思ったら涙が出て来て、すっごくドキドキしてます。私まで動揺してしまった(/ _ ; )
    そしてソンジンも、それほどウンスの事を想っていたなんて…
    三人が出会ったらどうなるのでしょう?
    楽しみでしょうがないです

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    私の事だけ思って、門をくぐって。この言葉を支えにしてきたソンジン。
    んーグッと来ちゃう。
    ヨンの半狂乱振りが目に浮かぶ~。ヨン!確りするのよ!
    手に汗握る思いでヨンでます!

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    さらんさん、こんばんわ。
    ウンスの身に何が起こったのか??
    すごく気になっていました。
    でも、これは・・・ヨンの心の悲鳴が聞こえるようで、めちゃくちゃ切ないです。(T_T)
    ホント・・・切ない。

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    ソンジン出ました‼(先生ついでですみません)
    しかし:いきなり緊急事態です!
    リクエスト通りに先生が来てくれてウンスを助けてくれるのだから大丈夫なのですが、
    大丈夫ではないのがヨンとソンジンの対決ですね。
    ヨンジンが「ウンス」と呼ぶだけでヨンの中で怒りモクモクでしょう。
    ソンジンも絶対に譲らないですよね。だってヨンの前世です。
    この対決が楽しみで仕方ありません!しかもラストをどのように纏められるのか楽しみです。
    次回を楽しみにしております!

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    うぁ~、続きが気になって気になって、眠れません!!臨場感があって、その場で見ている感じが容易に伝わってきます!さらんさん、相変わらずスゴイです!!Up楽しみにしています

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    ヨンの深い後悔、痛いほどですね。
    さらんさんの、おはなしはヨンでいて情景が目の前に浮かぶのでヨンの表情が苦しくて切なくなります。
    続き、いよいよご対面なのかな?!
    あー、もう、ドゥグンドゥグンです^_^;

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    涙が止まりません。
    ヨンの横にいたのに、瀕死の重傷を負ってしまうなんて、これほどヨンにとって辛いことはないでしょう。
    「私の事だけを思って天門を潜って」という言葉と、もう一度ウンスに逢うという思いだけが今のヨンを生かしているのですね。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨン、とにかく此度はいろいろと。
    頑張らないと、なりません・・・(^_^;)
    正気を失わぬよう、願うばかりです。

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    >ユッチさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ソンジンは、何しろ本気なのです@さらん設定
    此度はその本気さが、また結構な事に・・・はい。大騒ぎにならぬことを祈りつつ(゚ー゚;

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    >kacotanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    私の事だけ思って、門をくぐって
    これを【吾亦紅】で書いた時、ここまでの話になると思わず
    さらりと書きましたが・・・
    結構なキーワードだったのだな、と。
    この時はその後に(あなたの運命の人と巡りあって)
    があったのですが、ソンジンにして見ると。
    ウーン、です(・_・;)

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    >ruchirunyaさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンにしてみれば、自分が怪我を負った方が
    どれほど楽だったか、という事になるかと。
    もう、起きたことは仕方ないですが・・・
    この後もいろいろありそうです(゚ー゚;

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    私もヨン、悋気に燃えるかと思っていたのですが・・・
    此度は何しろウンスの衝撃が大きすぎ、ヨンが
    思ったほど動いてくれません。
    うーむ、で御座いますヽ(;´Д`)ノ

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    >せーらさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    わわわ、きちんとお休みくださいせーらさま、
    毎日07:45と21:45頃を目安に覗いて下されば
    更新している(予定な)ので・・・
    睡眠不足は美貌の大敵です!(´Д`;)

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    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ううむ、表情を浮かべて頂けるのはとても嬉しく光栄なのですが、
    今回はそうとう辛い顔をしていると思います・・・( p_q)
    そして、ご対面です。1st impactや、如何に?

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、ヨンは現在最悪の精神状態かと・・・
    そしてソンジンもまた。
    ここからしばらく、いろいろ大変そうです(;´Д`)ノ

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