2014-15 リクエスト | 曠日・2

 

 

「どうする」

杉木立の中、俺達の声は、秋の虫より密やかだ。
この声を聞き取れるのは内功を開いた千里耳くらいのものだろう。

「俺は出る。ヨンアの負担にはなりたくない」
「俺はしばらく残る。奴の憔悴ぶりが心配だ」
「・・・・・・どちらにしても、皆あ奴の事しか考えんというわけだ」
俺がそう言って笑むと、周囲にも密やかな笑いが、木立を揺らす風よりも静かに広がった。

「それはそうだ、何しろ手のかかる弟だからな」
「あいつが抱えきれるかどうか」
「ああ」
「何をしてやりたくとも、隊長の遺言ではどうしようもない」
「真直ぐすぎるんだ、正面から受け止めやがって」
「そうだな」
そこで広がる溜息では、足元の草一本揺れはせぬ。

俺たちは気配を消すことに余りにも熟れていた。
気配を殺し息を殺し、内気を開き敵の後ろへ寄り、寄ってその首を掻き、血飛沫の音に紛れて次へと移る。
そんな生き方をしてきた俺達が、日の当たる場所で剣の代わりに鍬を持ち、作物の出来に一喜一憂するなど。
愛しい伴侶をいずれ見つけ細やかな祝言を上げるなど。笑いながらいつの日か吾子をその手に抱き上げるなど。

あまりに眩しく、あまりに温かいその光景は、夢よりも月よりも、遙かに遠い。
そんな詰まらぬことを俺たちに望みましたか、貴方は。

胸糞悪い。

 

******

 

「ヒド、行くのか」

屋敷の中、小さな荷を纏めていた俺に声がかかる。
振り向くと部屋の扉からあの背ばかり大きくなった懐かしい影が、首を傾げるように此方を覗いていた。
相変わらず、気配の消し方も抜群にうまい。

「・・・ああ」
俺は頷くと荷を縛りあげた。隊長を送った。もうする事はない。
「これからどうする」
静かに問うたあの若い虎の眸は、光の差さぬ淀みを湛えていた。
「さあな」
「そうか」
「ヨンア」
「何だ」
俺は首を振り、息を吐いた。
「もう会えぬ」
「・・・そうか」
「判ろう、俺たちは牢抜けの罪人だ」
「お前もか、ヒド」

お前も、俺を置いていくのか。その眸が言葉より強く訴えかける。
置いていくのではない、ヨンア。そうではない。
その言葉を呑み込み、荷を肩に立ち上がる。
「ではな」
そう言ってヨンアの横を過ぎざまに、肩へと手を置く。
手甲を嵌めたこの手の指先に、僅かに力を込める。

十六で赤月隊に来たお主を、皆がどれほど可愛がったか。
隊長直々に伝授された雷功を得意げに披露して見せる姿に俺達がどれほど癒され、笑い転げたか。
新しい内功を習得するたび、どれ程お主が誇らしかったか。
戦場の中、電光石火の勢いで敵を薙ぎ倒すお主に俺達がどれほど鼓舞され、幾度劣勢を巻き返したか。

お主は知らぬ。そして知らぬままで良い。
今となればその思い出は全てお主の重荷にしかならぬ。
俺は真直ぐ前を向き屋敷の庭へと降りた。
暗い部屋の中、こちらに背を向けたままのお主を残したまま。

振り返りは、しなかった。

 

******

 

僅かに息を詰める。丹田の気を回す。
手甲を嵌めた指先が、微かに熱を帯びる。

指先が暖かくなる、この瞬間が気に入っている。

腕を上げ、その指先を軽く振る。
目の前の男の頬が、すぱりと切れた。
男は自分の視界に赤い飛沫が飛んで初めて、飛沫の源へと指をやった。
その指先が赤黒く濡れているのを見て、その場へと尻をついた。

「な、何でも聞く。何だ、金か?それとも」
「命だ」

微笑んで、目の前の男にそう告げる。
簡単には殺さぬ。鼠は甚振るからこそ愉しいではないか。
猫を噛もうとしたならば、それくらいは覚悟すべきだ。
俺は静かに手甲を外す。
「だ、誰の差し金だ」
「死ぬ人間が聞いてどうとする」
その問いに首を傾げると、男は蒼白な顔を引き攣らせる。

「ではな」

口端で笑んで、手甲を外した手を鞭のよう払う。
男の首から噴きあがった赤い飛沫は、一瞬の通り雨のような派手な音を立て、地面へ飛び散った。

「ご苦労でした」
この掌の中に重い音を立て、金塊が入った絹の袋が落とされる。
俺はそのまま、袋をどさりと懐へ投げ入れる。
「ぜひまた」
その声には答えず、振り向かず、俺はその場を歩き去った。

 

目の前の男は、剣を構えて無言で斬りかかってきた。
何と甘い太刀筋だ。
半歩引き、鼻先を通り過ぎる鈍刀の切先を、手甲を嵌めたままの指で挟む。
男はその切先と、俺の顔とを見比べて目を剥きだす。
遅いのだ、気付くのが。

溜息をつき、指先を振る。
その勢いで突き放された刀の重さに、男がよろける。

切先を離した流れで手甲を外し、腕を縦から振り下ろす。
男の頭は西瓜に庖丁を入れたよう、額から左右にぱかりと割れた。

これは好きではない。気に入らん。眉を顰めて息を吐く。
割れた傷から覗く灰色のものが、赤い飛沫と相まって気味が悪い。

俺は溜息をつき踵を返す。
その手にじゃらりと音を立て、銭が握らされる。
確かめず懐へ落とす。

振り向かず、そのまま歩き続ける。

 

木陰から突然飛び出した白刃を、軽く歩を引いて避けた。
その勢いで、色鮮やかな枯葉の積もった地を転がる。
黄色い赤いそして茶色い葉が、躯の下で軽い音を立てる。

なかなか出来るな、これは良い。

そう考えて身を起こす。起こしながら手甲を脱ぐ。
頭の数は、幾つある。気を開き周囲の気配を読む。
足音、息遣い、刃の振れる音。四つ、いや三つ。

奴らの一番の失態は、この季節の木立の中を選んだことだ。
音がするのだ、馬鹿め。
どれ程の内功遣いでも、全く音を立てぬことは不可能だ。
柳の下の幽霊でもあるまいに。

「・・・シッ」
ああ、甘いのだ、斬り掛かる前に息を吐くなど。

背後から来た気配を半身で受け流し、そのまま腕を払う。
男の剣腕は、剣を握ったまま体から離れて落ちる。
積もった落葉が乾いた音で、落ちたそれを受け止める。

横から飛び出た長刀をぎりぎりで躱すと、そのまま躰と一緒に腕を回す。
長刀を構えた男の鎧の銅が、すぱりと二つに割れる。
鎧のおかげで飛び散る臓物を目にせず済むのが幸いだ。

三つ目の気配が、じわりと近寄る。
嬉しさの余り、指先が燃えるように熱くなる。
出来る、こいつは出来る。 ただ俺は、少しばかり腹が減っている。
今日はまだ昼餉を取っていない。もうすぐ申の刻だというのに。

早めに片を付けるか。
そう思い両の指を組んで、そのまま掌を軽く反らせる。
首を左右に振り、間合いを測る。
肩を回したその瞬間に、相手の刀が懐へ素早く鋭く入って来る。

俺はそのまま沈み込み、その低いところで両腕を左右に振る。
腰から下の二本の足の支えを失った体は、そのまま後ろ向きに落ち葉の中へどさりと倒れた。

落ち葉の積もる地に屈んでいた俺は、息をついて立ち上がった。

腹が減った。さあ、酒だ。

 

 

 

 

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