2014-15 リクエスト | 雨雫・2

 

 

「どうした、ヨンア」

回廊の階。
手摺の壁に凭れかかり呆と朝の空を見る俺に叔母上が振り向いて声を掛ける。

「・・・何がだ」
「呆けたように、空を見おって」
「ああ」
「・・・」
心此処に在らずの返答に振りあげられた、叔母上の手を一瞬先に躱す。
たびたび頭を張られては堪ったものではない。
皇宮にチェ尚宮ありと謳われたその名は伊達ではない。
叔母上は俺を見ると鼻で笑い、その後少し頬を引き締めて
「医仙も、ご様子がおかしいそうだ」
それだけ短く言った。
「どういうことだ」

俺は回廊の階の上、姿勢を正し背を伸ばす。
「典医寺で、呆けている事が多いとな」
「何故」
「そんな事を私が知るか。気掛かりならば己で聞け」
「聞けるなら」
訊けるものなら疾うに訊いている。
毎暁この腕の中で頬を濡らすのを知ったその時に。
聴いて慰め抱き締めて、策を講じておる頃だろう。
あの方が必死で隠しているのが判るから。
それが出来ぬからこそ恥を忍び、こうして尋ねているものを。

「怖いか」
「・・・ああ」
「素直な事だがな、全て知ってこそ路が開ける」
「・・・・・・」

全て知ってこそ、路が開ける。
叔母上があの方がおかしいと知り、そしてこう告げるなら
それは訊け、知れ、そういう事だ。口は悪いが間違えたことは言わぬ。
俺は階から腰を上げた。

 

血相を変え回廊から飛び出した甥っ子の背を目で追って息を吐くと、坤成殿へ戻るために回廊を歩きだす。
あの二人の事だ、心配などない。互いを己より大切に思っている。それは間違いない。
ただ一つ気掛かりなのは 医仙が天界の方々へ残して来た思いのみ。

共に居れば至福であっても、その思いが簡単に割り切れるものか。
特に家族への情、それが気掛かりだ。
あの気丈な、そしてヨンの事しか考えぬ医仙が泣かれるとすれば。
私にはもう今の処、それしか思い当たることはない。

ヨンア、お前どうやって受け止める。お前がなってやるしかないぞ。
父よりも守り、母よりも愛し、兄弟よりも話に耳を傾け。
しかし、今とそうは変わらぬか。そう思いつき苦く笑む。
医仙から直接聞くが良い。誰が言うよりお前の耳に届く。
そして二人で乗り越え、路を探していけ。
お前たちの道が平坦の訳がないのだから。

 

また泣いている、そう手話で告げるトギに頷く。
典医寺の薬園、小脇に抱えていた薬草籠を地に置いて、トギは懸命に私に向かいその手で訴えかける。
「ウンス殿にも、思いがおありなのでしょう。我らにどうして差し上げることも出来ない」

だからって、このままか。放っておくのか。
今にも怒鳴り声が聞こえてきそうな手振りでトギが詰め寄る。
私は詰め寄るトギに向かい、降参の証に肘を曲げた両手を胸まで上げてみせ、首を振る。
「ではどうします。理由を問い詰め、何ができる。話したければお話になる。それまで待ちましょう」

キム先生は何故それ程冷たいんだ。
チャン御医ならこんな時はすぐにあの女に寄って行って、話を聞いていた。

そのトギの呟きにただ頷く。
トギ、それは恋だったのかもしれない。もしくはそこまで深まっておらずとも、それに近いお気持ちか。
私にとっては、そんな風に思うお相手ではない。
同僚としてお話を伺う。悩みがあればいつでも付き合う。それを冷たいと一刀両断されると困った事だ。
何しろウンス殿ご自身が、私を必要としておらぬのに。
必要ない時には放っておく、それも一つの治療だと思う。必要ない人間につつかれる辛さが分かるが故に。

その時、視界の隅を横切った影を見つけて
「何故ならば、ほら御覧なさい」
私は苦く笑って人差し指で差した。
典医寺の庭へ駆け込んでくる、鎧姿の丈高い人影を。
「あの方がいらっしゃれば、ウンス殿は安心だ」
私のその声にようやくトギは頷いた。

駆け込んできた人影は迷いなく此方へ向かって進み、私の少し手前でひたと足を止めた。
「キム侍医」
「チェ・ヨン殿」
「あの方は」
「お部屋にいらっしゃいます」
そこまで聞いて、チェ・ヨン殿は息を吐かれる。
「様子がおかしいと」
「ああ、お耳が早い」
「では真か」
「ええ、このところしばらく」
「具合は」
「・・・時折、泣いていらっしゃいます」

チェ・ヨン殿の眉間の皺が深くなる。
目を眇め心が揺れた様子で、ウンス殿のお部屋のある診療棟を眺める考え込んだ目に、次は私の眉根が寄る。
「何がありました」
「堂々と泣いているか」
「・・・おっしゃる意味が」
「皆の前で、堂々と泣いているのか」
「とんでもない。ウンス殿の事は誰よりお分かりでしょう。あの方が見せるのは堂々とした笑い顔のみ。
泣き顔など誰にも見られたくない方です」

 

キム侍医の言葉に俺は頷く。
考えれば言う通りだ、そんな事をするわけがない。
では泣いている事も、ばれていないと思っているか。
それならば問い詰めるだけ苦しいか。

こうして隠れてひっそり泣く、その理由は何だ。
支えてやることすら出来んのか。
此処にあなたを抱き締める腕があり、受け止める胸があっても頼れぬか。
俺には言えぬか。凭れようとは思えぬか。
今俺には、あなたに何が出来るのか。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    叔母様よくおわかりなのですね。さすが亀の甲より何とか…。
    ヨンは負い目があるから知ればもっと苦しくなるだけ。ウンスももっと辛くなる。
    解決できない悩みだけにどうすればいいのでしょうねぇ。

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    さらんさん、今朝も心臓ドキドキのお話をありがとうございます!
    美容院の椅子の上で珈琲を頂きながら、てるてる坊主状態で拝読しています❤︎
    さらんさん~、何があったのですか⁈
    気になって気になって、ハラハラしています。
    それでも、眉間に皺を寄せて一人悩む美丈夫な武士の姿には、うっとりしちゃいますが(≧∇≦)
    ああああ…気になる!
    気になるよお~!
    とはいえ、さらんさん、楽しい週末をお過ごしくださいね❤︎

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    とても難しい部分のお話ですね。
    お互いとても思い合っているが為の口に出せない気持ち。
    片方だけでなく、お互いが相手に捨てさせてしまった物への心痛を抱えていますよね。
    それも、自分が抱えているだけでなく相手の痛みを感じてしまってる。
    これを乗り越えてこその深まる絆があるのでしょう。
    どうやって、そこに踏み込んでいくのかがとても気になります。

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    さらん様、リクエスト100話超、見事ですね!\(^.^)/
    そして、今回はお話描いて頂きありがとうございます(*´∀`)♪
    温泉旅行で夫婦愛も更に深まり、幸せな未来までも感じさせる素敵なお話の後に、ヨンの涙… 正直自分でもなんてタイミングの悪い…ミアネヨ~(T_T)です。が、今回はせっかくの機会なので、かわいそうではありますが、二人にも乗り越えてもらいたいです。それに、涙するヨンもきっと素敵なはずσ(^_^;)?
    この後どんな事になるのかしら?楽しませていただきます(*^^*)

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    >くるくるしなもんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなのですよー。
    ただ、やはり躊躇いはあるようで。
    責められる事がではなく、隠しているのに暴くことが・・・
    何処までも無言で相手の事を考えるパボふたり。困ったものです。

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    >あみいさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ヨンには負い目があり、ウンスはそうではないと言い、
    えーい、どっちかが身勝手になればもっと力関係がはっきりするだろう!と
    悩み多き書き手ですww
    解決はできないですが、ヨンの懐のでかさに期待しつつ(;^_^A

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    >muuさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ケープすっぽり、てるてる坊主ですね❤
    美容室でカラーリングをするときにスマホを弄り
    画面にべったりカラー材を付けた過去を持つ私ですw
    眉を寄せる美丈夫、ご想像いただきながら
    お楽しみ頂けたら嬉しいです❤

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    >ままちゃんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなのですよね・・・ただ、全てに関し100%をを注ぐヨンが
    ウンスに対してどうしても顔向けできない事があるとすれば
    あの最初の出会い、嫌がるウンスを攫ったという負い目。
    ウンス自身は、そんな事もう気にしていないしむしろ出会いのきっかけと
    そう考えているから戻ってきたのに。
    難しいところです、ここだけはこれ程いろいろなバージョンで書いても
    妥協点、未だ糸口すら掴めず・・・σ(^_^;)

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    >ユーちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いえいえ、これはもうリク話キリ番踏み順に❤
    これだから楽しい、と、読み手さまにも思って頂ければ・・・❤
    涙するヨン、どうなりますか。
    もう暫しお付き合い頂ければ嬉しいです(*v.v)。

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