2016再開祭 | 胸の蝶・廿陸

 

 

如何する。見捨てて行くのは易い。
数珠など出すからだと吐き捨て、此処へ置いて行く事も出来る。
遍照自身が言っていた。山門を入られたら手出しは出来ぬと。

ならば二度と山門から出ぬ以上、身の安全は約束されるのか。本当か。
宮の出入りを破れるあの男なら、長く身を寄せた寺への出入りなど容易い事ではないのか。
「・・・般若」

呼んだ名が、発した声が何故か喉に絡み付く。
肩越しに目を遣れば風の名残の黄金色の枯葉を一枚頭に乗せ、女は強張った顔で俺を見上げた。
「はい、ヒド兄様」
「一度しか訊かぬ」
「はい」
「帰るか。残るか。奴の話を聞いていたろう。
帰るなら俺と共に居る事になる。残るなら二度と寺から出られぬ」
「兄様と一緒に、帰っても良いのですか」

悪ければ訊くか。どいつも肝心な答を返さず、無駄口が過ぎる。
弟の寡黙さが殊更に懐かしい。
しかし今宵ばかりは女人との静かな夜を邪魔せぬわけにはいかぬだろう。
今後皇宮で何が起きるかは判らぬ。あ奴に必ず伝えねばならぬ。
誰より先に誰より確実な情報を。奴が必死で護る女人の為にも。

あの底知れぬ、力の使い道を全く知らぬ内功遣いの不気味さ。
野放しにしていればあの生臭坊主こそが何れヨンに仇を為す。
ヨンだけならば杞憂に終わろう。あ奴が負ける訳などない。
しかし万一あの女人が絡めば、奴は手も足も出せず戦う前に負ける。

赤子は泣いて乳を求める。あの僧は泣いて周囲を斬るようだ。
赤子はそんなものだ。我を通す為なら、道理が引込むと信じている。
いや、それすらも考えておらぬかもしれん。

そうなら泣き出す前に俺が斬る。たとえ弟でも、口は挟ませぬ。
泣き声の上がらぬうちに息の根を止める。それが俺の役目だ。
僧が女を気に喰わぬ以上、泣き出さぬように俺が手許に置くしかなかろう。

因果なものだ。
まさか父を手に掛けた己が、その娘を守る羽目に陥ろうとは。

女の頭に乗る黄金色の葉を摘まんで捨てる。
その指を黙って許し、視線は俺だけを真直ぐ見ている。
指から離れた葉が地に舞い落ちる時、女が小さく再び訊いた。

「本当に一緒に行っても良いですか、兄様」
「諄い」
歩き出す背に共に歩いて良いのか迷うように、女の足は黄金色の葉に埋まったままで動かない。
ついて来ぬのに苛立ちながら其処で一旦足を止め、視線で背後を振り返る。
道の先へ顎をしゃくる俺に嬉し気に頷くと、落葉を踏みつつ駆け寄って来た。
「馬に乗れるか」

積もる葉を踏みながら問うと、
「いえ、乗った事・・・ありません」
予想通りの返る声に諦念の息を吐き出す。

雨が降り出せば初めて馬に跨る女が、崖の多い外郭の夜道を帰る事は出来ぬだろう。
徒歩で戻るしかない。それでも少なくとも女は戻る。
戻ると判ってああも素直に寺を離れた遍照が、即座に何か不穏な動きはせぬと思いたい。
せめて弟に委細を説明し、芽生えた不信の経緯を伝えるまで。
出来るのは其処までだ。後は遍照の情報を掻き集めるしかない。
ヨンは知っておく必要があろう。どんなに小さな情報も、あ奴なら知財として活用する。

「歩く。途中で降るぞ」
「大丈夫です」
「遅れるな」
「はい、兄様」

背を確かめずとも、音の近さで気配は充分に判る。
黙って遅れずついて来るならそれで良い。
先ずは出来る限り早く開京へ戻るが先決。
女の足音が離れぬ程度に歩を速め、黒い夕空の下を歩き出す。

 

 

 

 

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