2016 再開祭 | 嘉禎・29

 

 

エレベーターから飛び降りて、ホテルのロビーをまっすぐに。
混雑したロビー、並び始めたチェックアウトの列を突っ切って。
「すみません!」

手近に立ってるユニフォーム姿の従業員さんに声をかける。
「はい」
「この近くで、サプリを一番置いてる薬局ってどこですか?」
「お薬が必要でしたら、ドクターを呼びましょうか」

息を切らせた私の問い掛けで、従業員さんの顔に緊張が走る。
急病かと誤解した様子の従業員さんに、あわてて首を左右に振った。
「ううん、そうじゃなくて。ただサプリが欲しいだけなんです」
「でしたらCOEXモールに薬局がございます。ロッテマート内にも。
お調べいたしますので、少々お待ち頂けますか」
「ああああ、だいじょうぶです。回ってみます」

今にもフロントに駆けて行きそうな従業員さんを止めて頭を下げ
「ありがとうございました」
言い残してロビーを走る。

亜鉛、酵母、マカ、葉酸。ひとまずそれくらいでいい。
どんな栄養素が、どんなバランスで配合されてるのか。
葉酸は天然成分より合成成分の方が吸収がいいって聞くけど、高麗時代に合成成分を継続摂取するなんて無理だわ。
せめて似た栄養バランスで、あの時代の材料で作れるのか。
それだって調べなきゃ何とも言えない。

鍼灸のツボ。ツボをできる限り知りたい。
韓方医院。保険を使うわけにはいかない。100%自己負担でもいいわ。
妊娠したいんです、そう言ったら診察してもらえるのかしら。

調理院。妊娠したんです、下調べでって前提で行ってみる?
まさか母子手帳を作るなんて名目で、診察されたりしないわよね。
それが嫌なら面倒な病院付属じゃなく、産後調理院に行けばいい。

ああ、足が痛い。磨いたツルツルの床の上で足が滑る。
ヒールで走るのってつくづく無茶よね。
息を切らせながらCOEXのガラス越し、表の大通りをちらっと眺める。
そこから見える奉恩寺の真如門。

ちゃんとたどり着いたのかな。ねえヨンア、そこにいる?
早く戻って来てね、心配だから。

此処に居ります。 あの声が聞こえた気がして。
早く部屋に帰らなきゃ。あの人が先に戻って来て、心配する前に。

 

*****

 

宿屋の扉から広間に飛び込み、そのままえれべーたへと駆ける。
壁の四角い釦を押し、扉の開くのを焦り焦りと待つ。
ようやく走り慣れて来た沓の踵で、固い床を踏み締める。

早く開け。あの方が気を揉んでいるかもしれん。
一人の部屋で窓外を眺め、待っているかもしれん。

その時後ろから近付く気配、床を打つ高い沓音に振り返る。
振り返って人波にその姿を見つけ、思わず笑みが込み上げる。

振り返った俺に同じく気付いたあなたが、扉ではなく俺に向け飛び込むように真直ぐ駆け寄る。
手に下げた袋が大きく揺れ、中に詰まった瓶が騒々しい音を立てる。
「間に合った!」

息を切らし髪を乱し、腕に縋りつくようにあなたが笑う。
「はあ、苦しい。どうだった?開いてた?」
「はい」
「良かったー!」

この方の下げた袋を指先で奪い、小さな背を擦る。
細い背越しに、跳ねる心の臓の音までを掌が読む。
「何処まで走ったのです」
「えーっとね、モールの中の薬局」
「・・・遠かったのですか」

矢継ぎ早の問いに、この方は息を切らして首を振る。
「ううん、それ程じゃなかったんだけど、何しろほら」
そう言って細い片足の膝を曲げ、ふざけたように上げてみせる。
「ヒールで全力疾走なんて、久し振りだったから」

畜生。ならば俺が走れば良かった。
場所さえ知れば俺が走る方が格段に速かった筈だ。
「あなたも走ったの?」

この腹立たしさを和らげるように、あなたの細い指が俺へ伸びる。
「風が強かったからかな。髪の毛が」
その指がこの髪を梳り整える。

あなたも人の事は言えぬ。駆けた勢いか、柔らかい髪が大きく乱れている。
広間に集う人目を考えて、整えたいのを堪えていたものを。
その時小さく鳴った鐘の音と共に、えれべーたの扉がゆっくり開く。

中へ踏み込み扉横、右の列、上から五つ目の釦。
迷う事無く押す俺を見て、この方が誇らしそうに大きく笑んだ。

 

 

 

 

9 件のコメント

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    良かった~~!
    二人、ホテルに戻れたし、逢えたし~~!
    何かあったらどうしよう・・と、昨夜は不安でした(お話にのめり込んでいるので)。
    次は、どんなことをするのかな?
    鍼?栄養指導を受ける?
    ウンス、頑張ってね。

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    おはようございます。
    はぁ~良かった。
    昨日はこのまま会えなかったら?とか
    考えて、ウンスの気持ちになって、
    ヤキモキしちゃいました。
    ヨンアに会えてホッとしました。
    これで今日は安心して過ごせます。
    いつも素敵なお話をありがとうございます。
    またお話を綴って下さり、本当に嬉しいです。

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    さらんさん、おはヨンございます❤️お互いがお互いを心配で仕方ない様子がひしひしと伝わりますね( ´艸`)
    二人とも猛ダッシュで要件を済ませお互い心配で仕方ないのね~!
    朝からホールでウンスを見つけた時の笑顔とイチャイチャとヨンの髪を整え絵になる二人だろうなぁ!
    さて!お次にする事はなにかな?
    病院関連かしら? 妊娠したいんです!ってヨンと一緒に行ってみようか!(*’ヮ’*)

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    コメントを入れたら、端末がフリーズ(>_<)
    届いてるかわからないのでもう一度、書いちゃいました(^^)
    二人の想いに心があたたかくなりました(//∇//)
    やっぱりいいわぁ(//∇//)さらんさん、感謝です(~▽~@)♪♪♪

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    職場での休憩時間。
    気になる新しいお話をヨンでみる。
    あ~二人が無事に会えて良かった‼︎
    「畜生」にニンマリ。
    元気出たー‼︎
    もうひと仕事、頑張ってきます。

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    まぁ~焦る気持ちも分かるけれど
    そんなに慌てて 走って 息切らせ…
    でもちゃんと ふたり会えた
    互いに顔を見て ホッとしてるわね

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    互いに思うことはひとつ!
    お互いの無事を願う心❤
    そこにいる?
    此処に居ります。
    幾度聞いても心が和む言の葉です(^^)

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    どうなっちゃうのかと思ってドキドキした!!
    あ~っ!!無事に会えて良かったヨン♡
    うんうんうん、ラブラブだね♪
    さぁ次は2人で何処へ行く~?

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