2016 再開祭 | 薺・後篇 〈 天界の則 〉

 

 

「うーん。たとえば天界の結婚式には、ファーストバイトっていう儀式があるんです」
「ふぁ、ふぁ」

この方が楽し気に告げた天界の言葉。
向かい合う敬姫様は舌を噛みそうに繰り返す。

とてもではないが、俺はお付き合い出来そうもない。
早々に前線を離脱した俺の横、チュンソクは黙ったままお二人の声に必死の形相で聞き耳を立てている。

「はい。一生食べ物に困らせない、とか、家でおいしいご飯を作って待ってるね、とかの意味があるんです。
ケーキカットをした後に、お互いに一口ずつ食べさせ合うんですよ」
「けー、き・・・」

思わず俺の耳も聳つ。初耳だ。けーき。一体何だ、それは。
しなかった俺は、あなたを喰うに困らせる羽目に陥るのか。
だから厭だったのだ。
婚儀に纏わる天界の仕来りは山程あろうし、全て吉祥の意味があるだろう。
己の婚儀で為さなかった仕来りを聞けば、必ずしてやりたくなる。
しなかった事を知れば、それの足りぬ生活を送らせる事になるかと不安に駆られる。

慾をかけばきりはなく、幾度でも婚儀を挙げたくなる。
生涯一度だからこそ意味深くこの心に残るものなのに。

しかしそんな心も知らぬあなたは、活き活きとした顔で次から次へ新たな仕来りを挙げ連ねていく。

「この時代、ケーキを作るのはちょっと難しいから。お餅でもいいですね。
2人で一緒にカットする、共同作業ってところに意味があるので」
「餅を、かっと・・・」
「ああ、切るんです。切り分ける」
「ウンス、でも餅は元々」

敬姫様は御手の指を丸めて、松餅ほどの大きさを真似て見せた。
「これくらいだ。どうやって切るのか」
「ああ、その一口サイズのじゃなく、敢えて切れるくらいの大きなお餅を作っておくんです。それを切ったらどうかしら」

チュンソクは早々に後悔し始めた顔で、横の俺に眼を投げた。
言わぬ事ではない。先に警告した筈だ。

「ファーストダンスっていう演出もあるけど、さすがに国楽では無理かなあ・・・キョンヒ様とチュンソク隊長が2人で踊るんです。
お客様の前で。夫婦になりましたよーってお披露目ですね」
「ウンス、だんす・・・踊る、とは、あの」
「ああ!そんな難しい、伝統舞踊みたいなものじゃありませんよ?2人で抱き合って、ゆっくーり揺れてればどうにかなります」
「抱」

敬姫様が続けて何かおっしゃるより早く、横のチュンソクは呟いて石のように固まった。
だから言っただろう。何れ後悔すると。

「もう少しハメを外していいなら、ガータートスっていうのもあります」
こうなればもう誰にも止められん。
この方はうふふと笑って声を顰めた。

「新郎・・・チュンソク隊長が、キョンヒさまのチマの下に付ける、ガーターっていう下着の一種で・・・うーん、足に付ける輪っか?
それをチマにもぐって抜き取って、男性陣に投げるんです。
そのガーターを受け取った男性とブーケを受け取った女性が、2人でファーストダンスの後に踊るんです」

公衆の面前でチマに潜るなど、到底正気の沙汰とは思えない。
光景を想像されたのか、敬姫様は耳まで赤くし黙り込まれた。
横のチュンソクは蒼白な顔で、俺に向け懸命に首を横に振る。
知るか。俺でなくあの方に言え。そうは思うものの。
「・・・医仙」

何しろ迂達赤隊長と、王様の御血筋の姫の御婚儀だ。
それにふさわしい格式だけは、保って頂かねば困る。
さすがに黙っておられず、低い声で窘めれば
「分かってるってば。たとえ話でしょ?こういうのもあるって。もっといろいろあるわよ?」

すっかり興に乗ったこの方は、言いながら次々に指を折る。
「キャンドルサービス、ご両親へのお礼の手紙、ダーズンローズって12本のバラのプレゼント。
もしお衣装が決められないなら、お色直しって手もあるし」
そこで言葉を切ると
「ああ、この時代にはまだないかな?時代先取りの伝統結婚式もアリかもしれない。
チョナルレから始まってキロギを受け取ってキョベレを交わして、何だっけ・・・ナツメと栗の・・・ハッグンレ?
で、最後にご家族と親族にペペして」

ようやく聞き慣れた言葉が出て来た。それなら絶対に安全策だ。
「・・・儒教の婚儀ですね」
「ヨンア、知ってるの?」
この方は逆に驚いたように小さく声を上げた。
「はい。一通り、形は」

高麗は主に深く仏教が根付いてはいる。
但し道教も盛んであり、国子監では四門学のような儒学部もある。
奠雁禮、交拜禮、合排礼、幣帛。どれも儒学に則った婚儀の作法。
逆に煌びやかな天界に、この方の御存じであった儒教の教えが連綿と続いていた方が驚きだ。

「うーーん、特に目新しいわけじゃないのかあ。じゃあ却下ね」
「いや、俺は寧ろそれで!」

黙っていられなくなったチュンソクが急いで声を上げる。
その声に頷きながらも右から左に聞き流しているのがありありと分かる表情で、この方は最後に呟いた。
「軍人さんだから、ソードアーチっていうのもアリかなぁ・・・ね、ヨンア」
「はい」
「あのね?私は詳しくないけど、この時代、王様の頭の上に剣をかざすのって」
「有り得ませぬ」

王様の頭上に剣など謀反にも等しい。顔色を変え即座に応えると
「ああ、違う違う!ヨンアの想像してるのと、全然違うと思う」

この方はその声を打ち消しながら、困った様子で俺を眺めた。
いや、正確には俺と、この膝許に置かれた鬼剣を。
続いてチュンソクと、その膝許に置かれた剣を。
「ねえ、悪いけどちょっとお2人、剣を持って立ってくれない?」

その言葉に促され、互いに膝許の件の柄を握って腰を上げる。
この方はそんな俺達の様子を確かめた後、何故か敬姫様の御部屋の飾細工の天井を見上げ
「うーーん、表の方がいいかも」

そして立ち上がると、俺達の脇を抜けて扉へ歩みつつ言った。

「寒いところ申し訳ないけど、みなさんちょーっとお庭に」

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    (*//艸//)♡
    聞いたら ウンスのために
    してあげれなかったー、
    やってあけなきゃー って
    なるから 聞きたくなかったのねぇ
    現実的に 難しいのばかりだけど
    キョンヒ様の 目は
    (*♡д♡*)になってるかな?

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンとウンスの婚儀のときの、
    サムシングフォー
    も、なるほど…と感心したけれど、
    こんなに結婚に関する しきたり があるんですね。
    世界中の国に、それぞれの国の結婚に関わるしきたりはあるのでしょうが。
    勿論日本にも、各地に。
    それにしても、さらんさんお詳しい。
    ふ~ん、そうだったのかあ…と、今さら感じる内容もあるし。
    意味を知らずにしてきたこと、見てきたこと。
    さて、ヨン、キョンヒ様、チュンソクさん…
    天界のしきたり…に、振り回されそう(笑)
    でもきっと、素敵な婚儀になりそうね!

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