2016再開祭 | 秋茜・拾肆

 

 

無言のまま御前に控えるソンジンに、王様は御咎めの一言もないまま、まるでいつも通りの御声でおっしゃった。
「仲秋節の祭祀や宴が多い」
「は」
「護衛の新案はどうなっておる」
「禁衛の部屋に新しき計画書が」
「後ほど目を通そう。尚膳、禁衛庁から運ばせるよう手配を」
「畏まりました、王様」

尚膳令監は恭しく頭を下げると、御部屋の中で向かい合う王様とソンジンに微笑みを浮かべ、控える内官様の一人に頷いた。
その内官様が静かに退出すると
「一旦表へ出ておれ」

王様の一言に、尚膳令監を始めとした続きの間の全員がさざ波のような衣擦れの音と共に退いて行く。
静まり返った御部屋の中で、ソンジンは青い顔で王様に向き合い固い背筋を伸ばしたまま。
「ずっと宮中に居ったそうだな」
「は」
「それならば良い、あれこれ聞かぬ。明日より余の護衛に戻れ」
「・・・王様」
「何しろ名節故、この後は忙しかろう。今日は帰りなさい。ソヨン」
「はい、王様」
「そなたの役目も終わった。明日よりまた侍医を戻すよう、内医院に伝えておく。大義であった」
「いえ、王様」
「そなたも今日は帰るが良い」
「・・・はい」

呆気ないほど簡単に解放された康寧殿の御階を、ソンジンと並んで降りる。
秋の風がようやくもう一度、胸の奥に吹き込んで来る。
高い空の夏とは違う青さも、柔らかくなった陽射しも。

だからといってそんな感傷に浸っている場合ではない。
御階を降り宮中の影、門へ通じる脇道へ差し掛かった時、並んで歩くソンジンはこちらを見ないまま呟いた。
「庵へ送る」

周囲に人影はない。その瞬間私は真横のソンジンの手首を掴む。
今回は断ったりしない。脈診させろと頼んだりしない。だって。

「・・・熱が高い」

ソンジンは掴むと同時に驚いたように目を見開くと、そのまま私の手を振りほどいた。
そんな事は気にしたりしない。それどころではない。

あの時からもう判っていた。
いつものこの男なら月桂樹の茂みを揺らすような愚かな真似は絶対にしない。
月桂樹の下から出て来た時の固い表情。青ざめているのに頬から目の下にかけて赤い。
脈診も不要なくらいだ。表熱、きっと風邪を得たに違いない。

「帰ろう、ソンジン」
「送る」
「一緒に居たくないなら構わない。但しソンジンに庵で寝てもらう」
「ふ」

怒鳴りだしそうなソンジンは、私の本気の一睨みに口を閉ざす。
「ふざけてなんていない」

それ以上何も言わずに門へ向かって足早に歩く私の横、ソンジンは諦めたように無言で添った。

 

*****

 

庵に近づくにつれ、横を流れる小川の潺の音が耳を打つ。垣を超えたがらないソンジンと、その前でもう一度睨みあう。
許されるなら、入ってさっさと寝ろと、大きな声で怒鳴りつけたいけれど。

帰宅の早足で切れた息を整える。そして出来る限り冷静な声で
「薬房に行ってくる。入って寝ていて」
それだけ言うと大急ぎで、庵の前から駆け出そうとする。

その瞬間に今度は伸ばされたソンジンの手で、この腕を掴まれる。
熱を持ったその大きな手が、衣越しにも燃えるように熱い。
「面倒な女だな」

宮廷から庵まで歩いただけでも、先刻より顔色は青く息は浅い。それでも勘働きだけは相変わらず良いらしい。
「逃げるつもりだろうが」
「そんな事、しない。何故」
「何処までも・・・」

白ばくれる私に向かって肩で小さく息をすると、ソンジンはようやく柴垣を抜けた。
「薬棚の中身は知っている」
「だって、私の顔を見るのは厭でしょう。ましてそんな辛そうな時に」
「・・・ああ。辛い」

庭でこちらに背を向けて、前を歩くソンジンが低く唸った。
「だから追い駆けさせるな、いつもいつも。病人は労れ」
それでも一緒に居るのが厭だとは一言も言わず、その背は庵へと無言で入って行った。

 

 

 

 

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