2016 再開祭 | 石蕗・結篇 ~ 銀綏(終)

 

 

あなたの馬に乗って移動した、川の側の静かな宿。
キレイな花の飾られた部屋。揺れる優しいランプの光。

その中で光よりもずっと優しい、あなたの温かい息。

素直に目を開けられないのは、心の隅の最後の未練。
あなたの黒い瞳を見てしまったらばきっとばれるから。

明日を逃せばもう会えない。別々の世界に離れ離れ。
アッパ、オンマ、それでも許して欲しい。私はどうしてもこの人と生きていきたい。
たとえどんなに親不孝でも、離れたらもう生きていけない。

この目を閉じてても感じる、同じお布団の中のあなたの体温。
きっと私を見守っていてくれる、降るような黒くて優しい瞳。
お布団の上、この指のほんの少し先に置かれた大きな手の平。

信じられない。あなたがいてくれる。一緒にいられる。これからもずっと。
朝起きて全部夢だったらどうしよう。目を開けてあなたが見えなかったら。

そうしたら私は何度でも探す。あなたを呼ぶわ。その声を信じて。

そこにいる?

「・・・明日、天門が開きます」
あの頃1日ずつ、×印で消して行った哀しいカレンダー。
あなたも数えてたのね。心の中で1つずつ、一緒に×をつけながら。

私がようやく素直に目を開くと、ほら。
あなたの目はどうしてそんなにおしゃべりなんだろう。
逢えて嬉しい、ここにいて嬉しい、そんな気持ちが伝わって来る。

だからなかなか言い出せない。最後の心のわだかまり。
離れたくなんて、絶対にないから。

「・・・うん」
「本当に良いのですか」

そしてその瞳はどうしてそんなに真直ぐなんだろう。
もうきっと見抜かれてる。私の心が揺れていること。
あなたと離れたくない、でも一目アッパとオンマに会いたいこと。

「会いたい方々が居るでしょう」
「行っても、いい?」

こうやって私はいつも、うんと無理をさせてしまうのに。
あなたはこうして頷いてくれる。それがどんなに危険でも。

「天門へお送りします」
「府院君が来てるかも」
「承知です」
「戦ったら、勝てるの?」

あの日、同じ事を聞いた。あなたは言った。

─── おそらく、負けます。

「恐らく」
今夜のあなたは私を安心させるように、少し笑って言ってくれた。
「勝ちます」

そしてそのまま黙って、ようやく目を開けた私を見つめてる。
「なあに?」
「・・・憶えておきたい」

何度も見ないふりをした。何度も聞こえないふりをした。
何度も忘れてしまおうとした。私もあなたも、お互いに。

本当の心、恋しい気持ち、呼んでしまう声、探してしまう姿。

隠れてるふりで現れてくれるのを知ってたのは、私も呼んだから。
何度も何度も呼んだから。
知らん顔してもすぐ側にいるって知ってたのは、私も探したから。
何度も何度も探したから。

もっと早くから始まっていたのに。
敗血症のあなたを置いて、キチョルの邸に誘拐された時。
駆け付けたあなたを見て、あんなに安心したのに。

逃げ出そうとして、あの邸の崖で足を滑らせた時。
抱き止めてくれたのはあなただって、すぐ分かったのに。

慶昌君媽媽を失ったあなたに素直に声がかけられなかったこと。
1人でキチョルと戦うって知って、夜の中を馬で駆けたこと。
あなたを殺すイ・ソンゲを助けたのを知って、あんなに動揺したこと。

全部この夜につながっていた。
あなたと向かい合って、もう離れないって誓う今日のために。

「・・・忘れなくて良いのですね」

忘れたくて隠したくて、チャン先生の前でお酒の力を借りて泣いた。
こんなに愛してるあなたを忘れるなんて、最初から無理だったのに。
その頬を、鼻筋を、そして唇を。
そおっと辿る私の指を取ると、あなたは静かに指先にキスを落とす。

あの岩場であの手紙を見つけなければ、きっとここにはいなかった。
あそこで踏み止まれたから、今やっとここでこうして2人でいられる。

ふと心に引っ掛る。

最初の毒で倒れた時の悪い夢。胸が張り裂けそうなあなたの姿。
あなたに仕掛けた徳興君の火薬の事を知らせるあのメッセージ。
そしてあの岩場で幻のように揺れていた、見慣れない自分の姿。

あなたが倒れた時がある。私の前で冷たくなった時がある。
徳興君の罠を知らせなきゃいけないと、決心した時がある。
そしてあの岩場の岩の影に手紙を残した事が必ずあるはず。

でも今、私の手元にあのダイアリーはない。
そしてもし今書いたとしても、過去の私がそれを読めるはずもない。

時間軸がずれてる。帰ったら調べて、情報を持って帰って来なきゃ。

高麗時代。チェ・ヨン将軍。恭愍王。魯国大長公主。
統治年代、起きた事件、それが分かればもっと役に立てる。
必要な手術道具も薬品も、出来る限り持って帰ってきたい。
二度とあなたを、心も体も、危険な目に遭わせないために。

それを持ってきっとすぐに帰って来るわ。だから待ってて。
指先の優しい唇を感じながら、心の中で伝える。
帰って来たらもう離れない。一生ここで、あなたと生きていける。

「・・・眠って」

その声に守られて、私はもう一度目を閉じる。
帰って来るわ、きっとすぐに。そうすればもう離れない。一生一緒。

そんな夢を見るように、深く深く息をした。一目だけアッパとオンマを見たらすぐに帰って来る。
だから1日だけ待っててね。

きっとその1日でも淋しくなる。あなたの事が恋しくなる。
だから帰って来たら、もう一度抱き締めてね。

私の髪を優しく撫でる大きな手の平を夢うつつに感じながら思う。
きっとあなたも恋しく思ってくれるはず。その指先だけでも感じる。

今もう一度目を開ければ、あなたが見守っててくれるはず。
ああ、伝えなきゃ。天門をくぐって帰って来たら。
一番大切なあの言葉。苦しい夢の中で誓ったあの言葉。

あなたを愛してる。

温かい眠りに揺れながら、心で何度も繰り返す。
言わなきゃ。明日門をくぐって帰って来たらすぐに。

あなたを、愛してる。

 

 

【 2016 再開祭 | 石蕗 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ヨンとず~っと 一緒にいるために
    現代とお別れ 1日だけ…
    そしたら ず~っと 一緒。
    こんな 気持ちで
    二人ゆったりと夜を過ごす
    なんて幸せな一夜でしょうね。
    予定通り いってれば 尚更ね
    (゚ーÅ)

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    石蕗・最終話までお疲れ様でした。
    ドラマでの場面が浮かんで来て、言葉を交わすところや目で語り合うところの二人の気持ちを再認識しました。
    この時の二人の気持ちを知ってまたドラマを見直したくなりました。
    ありがとうございました。

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    ドラマを見た時、天門前で挨拶をするだけで、実際に潜らないのかなと思ったのですが、
    これを読むと潜るつもりだったかも。
    前回は行って戻る事ができたから、まさか違う時代に飛ばされるとは思わないですもんね。
    後から凄く後悔する事になるとは夢にも思ってなかったでしょう。(>_<)
    でも、必然だったんですよね。
    ヨンを助けるために、メッセージを残さないといけなかったから(T-T)

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