2016 再開祭 | 絹鳴・結篇(終)

 

 

「イムジャ」

雪を踏み、向かった典医寺。
部屋に踏み入り声を掛ければ、視線の先のあなたが振り向く。
「お帰り、ヨンア」

そう言って小走りに寄りこの頬に当たる掌。
そのまま額の熱を計り、脈を読むその指先。
沁みる温みを感じつつ呟く。
「・・・参ります」
「え?」
「敬姫様に直接お断りを」
「連れてってくれるの?」
「はい」

躊躇うのは決めるまでだ。一度決めれば惑わない。
直接断わるのなら言い辛い事は俺が伝えるのが礼儀だろう。
この方に余計な敵を増やすなら俺が厭われる方が余程良い。
「いいの?」
「はい」
「本当に?昨日背中向けちゃったくせに」
「・・・はい」

昨日許したくはなかった。せめて初雪の夜には。
この方には全く思い当たらぬ理由で背を向けた。
一度決めれば二度と迷わぬ。
嬉し気に俺の手を握って笑うと、この方は大きな声で
「キム先生、先に帰るわね。お疲れさま!」

治療部屋への廊下が続く部屋の内扉に声を掛け返答も聞く事もないまま、俺の手を握って部屋を飛び出した。

「行こう、ヨンア!」

 

*****

 

積もる雪を踏み締めて歩く。
柔らかな初雪が沓下で鳴る。

空も風も訪れた黄昏に染まり始めている。

横を歩くあなたが不思議そうに俺を見上げた。
「チュンソク隊長は、私達が行く事知ってるの?」
「はい」

この方を迎えに出る前に、兵舎で既に伝えてある。
今日伺う。その声の響きで悟ったのだろう、チュンソクは何も問わず
「お待ちしております」
それだけ言って頭を下げた。

断わられるとは知っているだろう。しかし奴とて同じだ。
何故俺が断わりたいのか、その本当の処は判っていない。

俺の沓、そしてあなたの沓の下。

踏み締める雪の鳴る音に、俺を見上げて歩いていたあなたは最後に歩を止めた。
「あのね?」
「はい」

雪に映った茜空。紅い光景の中、凍えそうな風の中で、あなたは沓を踏み締め雪を鳴らしてみせた。
「この音、思い出すの。あの日同じ音がした」

その声に息を止める。

そうだ。あの油灯さえ灯さぬ寝屋。秋月の許の寝台。
あなたの着ていた雪白の絹を、俺の黒絹が擦った時。
二人の纏う絹の間で、この音が鳴った。

初雪を踏み締めたような微かな音が聞こえるほどに。
あの夜の俺達はそれまでのいつより近く、そしてぎこちなかった。

震える指でその雪色の衣を開いた。
あなたは俺の夜闇色の衣に触れた。

二色の絹が触れ合う度に、初雪を踏む音がした。
どれ程近く触れ合っているか、かすかな音が伝えてくれた。

あなたがこの音を憶えていてくれた。それだけで。

「同じドレスは・・・思い出を盗まれちゃうみたいでイヤだったの。
子供っぽいけど、たまには2人きりの秘密があっても良いわよね?」

不満げに唇を尖らせる、その言葉が聞けただけで。

「だから私が協力できるなら、新しいドレスのデザインくらい書いてあげてもって思ったのよ。別にチュンソク隊長がどうこうじゃ」
「書いて差し上げて下さい」
「・・・はい?」

掌返しの俺の声に驚いたように目を丸くし、あなたが首を傾げる。
あなたが憶えていた。
そしてこれからも共に居る限り、毎冬初雪は降る。
こうして並んで歩くたび、沓の下でこの音が鳴る。

そのたびに思い出す。俺達の秋月の夜の絹鳴を。
俺達があの夜、どれ程近かったかを。

戸惑いとぎこちなさと抑えきれぬ心を持て余した。
雪白の衣が鳴る程強く、それまでのいつより強く抱き締めた。

あの時の衣は誰が着る事も我慢できん。例え不敬と罰せられても。
それでも他の衣を作るのに力を貸すなと困らせる程には、俺の心も狭くはない・・・筈だ。
あなたが俺の前で昨夜のように、他の男を褒めぬ限りは。

「本当に良いの?」
その丸い鳶色の瞳が見られれば。
「はい」
「本当に、本当?」

初雪の寝台で背を向けた俺は、余程信用を失くしたらしい。
あなたは俺の手を握り、背伸びするようこの眸を見上げる。

その背伸びする足許で、絹鳴と同じ音がするから。
その音は二人の秘密とあなたが言ってくれるから。

「はい」
「ほらね」
すっかり機嫌を直したあなたの指が俺の手を握る。
飛び上がる程冷えたその指先を、慌てて握り返す。
「あなたが誰より優しいってことは、私が一番知ってるわ。だけど誰にも教えない。だって私だけの秘密だもの」

下らぬ立ち話であなたを冷やし、風邪など得させるわけにはいかん。
元はと言えばチュンソクの頼みが原因だ。他の男の所為で俺のこの方が凍えるなど。

あなたの外套の襟を合わせ直し、頭巾を深く被せ直す。
この首に巻いていた首巻を解き細い首へと巻きつける俺に笑うと
「だから昨夜だって言ったじゃない、あなたがどんなに優しいか。背中を向けちゃう前に、最後までちゃんと聞いてよ」

俺の手を握ったままで、あなたが雪中を歩き出す。
俺が優しいのは、あなたにだけだ。
これ程締まりのない顔で笑うのも。

その足許であの絹鳴の音がたつ。これ程近くにあなたがいる。
茜に染め上げられた雪景の中、上機嫌で小さな掌を握り返す。

皇庭の片隅、手を繋いで歩く俺達だけの秘密に目尻を緩めて。

 

 

【 2016 再開祭 | 絹鳴 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

5 件のコメント

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    (๑´ლ`๑)フフ♡
    よかったね ウンスも一緒だった。
    二人だけの秘密…
    ずーっと 大事に できますね。
    とっても 綺麗なウンス
    やさしい ヨン
    ♡~(>᎑<`๑)♡ うらやま~。

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    ヨンとウンスが二人で踏みしめる、絹が鳴るような雪の音。
    ウンスは、あの婚儀のときに自分が身に纏った白い絹のドレスと、ヨンの黒い絹服が、ヨンと触れ合ったときや、ヨンに抱き締められたときの絹鳴と同じ…と、感じてくれていたのですね。
    ヨンにとって、それは、ウンスがしでかすことの全てを許してしまうだろう…と思えるほど嬉しいこと。
    あの婚儀の日のウンスの美しさ…
    胸いっぱいにウンスを愛しんだ、あのときの自分の想いを、他のどの男にも感じて欲しくなかった。
    …ウンスも、同じように、あの日の想いを二人だけの思い出にしたかったことが分かった。
    ヨンとウンスは、他の誰にも邪魔されない、強い愛の絆で結ばれているのですよね。
    キョンヒ様の元に向かう二人…
    でも、今、二人は誰にも分からない真っ白な愛のベールの中に包まれているのよね。
    言い知れない幸せな気持ちを、私も今、お裾分けしてもらいましたよ…

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    さらん姉さんのところは雪大丈夫ですか?
    あまり降らない私の所でもかなりの積雪なので雪国の方々が心配です
    絹鳴やっと意味がわかりました
    ウンスもちゃんと覚えていたんですね二色の絹の間で鳴った音が初雪を踏みしめる音だって
    ステキ~(//∇//)
    二人だけの秘密の音(//∇//)
    しかしヨンの悋気ときたら( ̄▽ ̄;)
    可愛くて笑えちゃいます
    でも優しんだなぁー

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    さらん様
    タイミングよく、今朝、私の住む京都も雪が積もりました。
    初雪ではありませんが、結構な積雪です。
    とても綺麗です。
    このお話を読むのにピッタリです♪
    ヨンのご機嫌が直ってよかったです。
    思いもかけず、ウンスがドレスを貸すのを断ろうとしてるのに、「チュンソクさんは優しいから・・・」と言ってしまったが為に臍曲げちゃうなんて、ヨンたら子供過ぎ(笑)
    でも初雪を踏む音に、初夜のことを思い出すってウンスが言ったら、即、ご機嫌が直りましたね(笑)
    だけど、寒い中、立ち話をしてることすらチュンソクさんのせいだなんて、やっぱり子供(笑)
    もう、あの日の思い出を、あの日のウンスを、完全に独り占めしたいんですね(笑)
    もう、招待客は、招待されていながら、見ざる・聞かざる・言わざるでいないといけなかったんですね(笑)
    ご機嫌の直ったヨンの、目尻を下げた、締まりのない笑顔を見たいです♪

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    さらんさん、こんにちは。
    雪を踏みしめる音、絹擦れのからまる音、それらのシンクロにうっとり。こういうのも、すごくえーわー♫です!
    昨日はこの上なく寒く、今日は若干マシですが、今本当にタイムリーなヨンとウンス、大好きな世界観です。いつもありがとうございます。

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