2016 再開祭 | 桃李成蹊・15

 

 

「ヨンア」
腕の中から優しい指先がそっとこの頬に伸ばされる。

「痩せた。大丈夫?」
「そうですか」
「うん。もともと基礎代謝いいのにプロのトレーナーについたから、そりゃ痩せるだろうけど」
「高麗に、じむが欲しい」
「・・・はい?」

突拍子もないその慾に、この方が目を丸くする。
「効率が良い。的確に狙った処を鍛えられます」

己の身で確かめた。槍遣いの腕、弓遣いの肩、手縛に重要な腰、剣遣いの瞬発力。
あのじむさえあれば、総て鍛える事が出来る。

ここ数日迂達赤の鍛錬に活かせるとれーにんぐを、山程身に付けた。
再び奴らに直接鍛錬をつける日が待ちきれん。

死なぬ程度に。いや、死ぬほどの鍛錬を課すまでも無い。
それよりも余程効率的に、身体も技も鍛える事が出来る。
それを知ることが出来ただけでも、天界に居た甲斐は充分あった。
鍛錬の間この方と離れる事を余儀なくされるのは得心いかずとも。

「ジムねえ・・・どうにかできるマシンがあるかな。考えてみよう?でもそもそもあの時代、鉄が貴重品だから」
「重りは石で構いません。石工に削らせます」
「なるほどね。ゴム系ベルトを使うものは無理として、あとはバネよね。スプリング・・・」

この方はするりと腕の中から抜け出すと、勢いで寝台を降り部屋隅のこんぴゅーたの据えられた卓へ駆ける。
軽い音できーぼーどを叩き、その光る画面を覗き込む。
そしてううんやらああやら散々唸った後で、嬉し気な瞳を寝台の俺へ投げる。

「ヨンア、出来るかも。でもやっぱり巴巽村の」
「鍛冶ですか」
「うん。あのね、理論上は鉄があれば鋼ができる。銑鉄をもう一度加熱加工、その鋼を細く伸ばしてコイル状にして。
酸化被膜ができる程度・・・テンパーカラーになるまで火を入れて、そのあと水で急速冷却するって。
ピアノ線とガスレンジで出来るって書いてあったし、あなたがジムでいない間は暇だから、やらせてもらおうっと!」

こいるでも、てんぱーでも、ぴあのでも、れんじでも。
王様に必ずお伝えせねばならん。
論より証拠だ。
変わった俺の体で御目に掛かれば、そう大きな異論を唱えられるとは思えん。

何より数台ましんがあれば、暇の間に奴らが代わる代わる鍛錬出来る。
そして俺が廻り切れぬ隊が、廻り切れぬ刻を無為に過ごす事も無い。
とれーにんぐめにゅうを決め、各隊の長に伝えておけば良い。
週替わりで鍛える箇所を決めておけば尚良かろう。

「戻ればすぐ王様に」
「本当に私の旦那様は、時間のムダが嫌いなのねー」
そう言って降りた時のように駆け戻り、小さな体が勢い良く寝台の縁へ飛び上がる。
俺が無駄を嫌うと言うなら、この方は立ち止まるのを嫌う。
いつでも走らせるのはその足か、それとも心か。

「でも、2人っきりでゆっくり出来るのは今だけだから。ちょっと甘えさせて?」

その声に笑み寝台へ寝転んだまま拡げる腕の中、あなたの柔らかさが飛び込んで来る。
細い腕を首に廻し、額を胸に擦りつけ、衣越しの肌に隙間なく寄り添って気に入りの場所を見つけたか。
最後に紅い唇から漏れる温かな息。

「・・・このまま時間が止まったら良いな・・・って言ったら、怒る?」

その声に黙ったままで首を振る。止まれば良い。何もかも忘れて。
責も戦も民も国も何もかも忘れ、こうして甘い刻を二人で貪って。

そしてそれは叶わぬ夢だからこそ甘い。頭の芯まで痺れるほどに。
そうなれば俺達は俺達でなくなる。堕落しきった忠恵と同じ獣だ。

俺は人でいたい。そしてこの方にも人であって欲しい。その先に如何に険しい道が待ち受けようと。
歩けぬ時にはあなたを背負い、逃げたい時には担ぎ上げてでも、並んで進む歩みを止める事はない。

ただ少しだけ休みたい夜がある。ほんの僅かな間だけ。

明けの陽が東空から射すまで、その静寂に二人隠れて。

 

*****

 

「インタビューの録音分です」
「ご苦労様でした」

チーフマネが緊張した顔で、USBをPCに挿す社長の手元を見つめてる。
そしてそこから流れてきた音声に、部屋中の全員が耳を傾ける。

インタビュアーのお約束の質問。事前にもらってる原稿通りの質問に、上手く応えてるヨンさんの声。

30年ぶりのオリンピックについて。新作のドラマについて。
夏の映画について。そして海外活動について。
最後にファンへの一言との声に、原稿通りの答をヨンさんが伝える。

これからも出来る限り長く、一緒にいられたら嬉しいですね。

そしてインタビュアーの挨拶と共に、その録音データが終わる。
「・・・完璧ね」

リビングのソファの上の社長がそう言って、横に座った俺を見る。

向いのヨンさんは腕を組んだまま黙って目をつぶり、ウンスさんがその耳元に小さな声で囁いた。

「本物のミンホさんが話してるみたい」

ヨンさんは何も答えずに、つぶってた目を開けた。

チーフマネは社長に向かって頷く。
「掲載の写真はチョ作家が撮影済みのものをメインに使うそうで、今回は特に・・・」
「じゃあこのインタビューがメインだったのね」
「はい」
「誰かから、何か言われませんでした?」
「いえ、何も。スタジオに入る前から出るまで全くいつもと変わりませんでした・・・あ」
「何?」

チーフマネの声に、社長が驚いたみたいに身を乗り出す。

「俺がすごく汗かいてるって、みんなに心配されちゃいました」
「それは仕方ないよね。チーフだけが事情を知ってるんだし」

俺が言うと社長は気が抜けたように、珍しく大きな溜息を吐いてソファに沈み込んだ。
「驚かせないで下さい」
「ニュースらしいニュースがそれくらいしかない、あまりにも普段どおりの現場だってって伝えたくて」
「何もないに越した事はありませんから」

社長とチーフマネの話し込む横、目の前のヨンさんに声を掛ける。
「ヨンさん」

気分が悪いのか、機嫌が悪いのか、それとも元々こうなのか。
ヨンさんは何も言わずに、ただ声を掛けた俺をじっと見る。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    つつがなく ミノの代役をこなしてますね。
    スタッフの期待以上の出来!
    ヨンが 必要以上しゃべらないのは
    いつものこと… あと ミノの代役
    それ以上 以下も無し。
    ウンスとずーっと べったりと
    していたいわね。許す限り…
    ウンスも、同じように思っていて
    甘えて来てくれる。
    そりゃ 男として うれしいし、 しあわせね。
    とろけちゃいそう フフフフ。
    (๑´ლ`๑)フフ♡

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    こんな風に可愛く甘えられるのって良いですね~(〃∇〃)
    二人だけの束の間の休息ですね^^
    それにしても、「高麗にジムいやじむ(笑)」
    ヨンは無駄無く吸収してますね。流石です!
    綺麗な腹筋でしょうね(///∇//)
    「とれーにんぐめにゅう」なんて言葉がヨンの口から出るなんて、余りに馴染んでいて(笑)
    さらんさん、語学だけじゃなく、理系にも強いんでしょうね。私は化学も物理も苦手でした(^▽^;)
    次はいよいよロケ場面かな。楽しみにしています♪

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    高麗武士ヨン。
    本当にムダの無い良い男ですね❤
    早く帰って皆を鍛えてください(^^)
    さらんさん
    心は元気になりましたか?
    心ない雑音など気にしないで
    頑張ってくださいね(^^)

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