2016 再開祭 ｜ 嘉禎・30

小さなえれべーたの箱に落ち着き、ようやくこの方の息の整ったのを確かめ、下げた袋を目の高さへ示す。
「これは」
「これがサ･･･丸薬よ。マカ、葉酸、酵母に亜鉛。あとあなたに良さそうなカルシウムとビタミンEと、ラクトフェリンと」
「･･･はい」

何がどう王妃媽媽の御体に良いのかは、皆目見当もつかん。
あなたが満足気な顔をしていれば良い。その笑顔が俺の妙薬。
「ご自分の丸薬は」
「え？」
「あなたの分は買って来なかったのですか」
「あ、あああ！忘れてた、そうよ！プラセンタとかヒアルロン酸とか買ってくれば良かった！！」

問われてようやく思い出すのが、何とも言えずこの方らしい。
噴き出すのを堪え、袋を指先に腕を組み、えれべーたの壁に凭れる。

「良いわ。プラセンタっていってもヒト由来じゃないんだし。飲まなくたって健康に害が出るもんじゃないもの。
それより成分を確認して、それが何から摂取できるか考えなきゃ。
あくまで栄養補助食品だから、媽媽も王様もあなたもみんなも、継続摂取してもらわなきゃ意味がない。
そうなったら栄養学の分野だし」

興奮するように話し続けるあなたの声を聞きながら、曖昧に頷く。
正道を歩ませたいとは思うものの、意味が分からぬのでは道も何も無い。
「この後は」
「まずはこのままビジネスセンターに直行したいな。いい？」

この方はようやく思い出したように、次の道を示す。
「はい」

*****

昨夜立寄った同じ部屋の中、この方の指があの薄い四角を叩く。
「ヨンア」

昨夜と違うのは卓に並べた小瓶と、そして不思議な模様を指先で辿って比べ、一々横の俺へ確かめる事だ。
「海苔」
「･･･は？」
「海苔って、高麗で手に入りやすい？」
「･･･海近くであれば」
「王様や媽媽のご飯に出てる？」
「恐らく」

この方はその返答に満足げに頷く。
「高麗の海苔って、生？干してる？」
「干す事はありません」
「じゃあ、干した海苔を作りたいな」
「判りました」

突拍子の無さも相変わらずだ。好きなものを好きに作れば良い。
王様と王妃媽媽の御健康に係るなら水刺房に相談されれば良い。
手が足りねば迂達赤でも手裏房でも駆り出す。

そこで思い出す。そうだ、天門の話を漏らした奴は誰だった。
判り次第そいつには、一番面倒な役目を負わせてやる。
海に潜って海苔を獲らせるか。それとも重い樽を運ばせるか。

そんな企みなど露知らず、この方の声は続く。
「抹茶は、だいじょうぶよね」
「はい」
「ゴマも」
「ええ」
「松の実は？」
「問題無く」
「牡蠣は？」
「獲れます」
「ウニは？」

飯の事ばかり勢いよく並べ立てるのは、いつもの事とはいえ。
其処まで答え考える。列挙された喰い物の数々。
「イムジャ」
「なあに？」

不思議な絵や模様を指で追うあなたの横顔から、気も漫ろに返る声。
「召し上がった事は無かったですか」
「うーん。ないと思う。覚えてないもの」
「お好きですか」
「好きだし、何より体に良いのよ。今調べて知ったけど、必要なこの」

そう言う指先が、小瓶の一つを握る。
「丸薬に入ってる成分を食べ物で効率よく取るなら、ノリ、松の実、カキ、ウニ。
煮干し。ペンオポ。あとお願いしたいのが干し肉。帰ったら干し肉を作りたいの。
普通に調理した牛肉を食べるより、干した方が良いんだって」
「判りました」
「私も水刺房のオンニに話してみる」
「はい」

この方は嬉し気に笑むと、昨夜のように紙を重ねて纏める。
そして最後にあの天界の文字を見て、その後に首を傾げた。
「ねえ、ヨンア」
「はい」
「奉恩寺で、さっき何か騒ぎでもあった？」
「寺でですか」
「うん。あなたが行った時、どっかで騒いでなかった？」
「･･･いえ」

幾度思い返してみても、そんな騒ぎは気付かなかった。
天門に気を取られたとはいえ、それ程の騒ぎなら気付く。

俺が首を振ると、この方は頷いて卓の小瓶を丁寧に袋へ戻した。
「如何したのですか」
「ううん。ちょっと気になっただけ。荷物片付けて、出掛けよう」

そう言って立ち上がるこの方の横、瓶を詰めた袋と紙の束を持つ。