春花摘・終章 | 桜伐る馬鹿 梅伐らぬ馬鹿・瑩

 

 

一芝居打って、江華郡守に罪を自白させた時。
あの時典医寺に戻った医仙は、侍医の腕に縋って泣いた。

もう耐えられないと、帰りたいと。父母に会いたいと。
そうだ。あれとて己が仕組んだ嘘だ。
そうして泣かせる事しか出来ない。護る為だとしても。

無事に帰す、だからその日まで傍にいろ。そんな約束が何だという。
いつ帰してくれる、天門はいつ開く、そう尋ねられれば何一つ確かな答など返せないのに。

俺のしている事など、結局は己の罪の意識を軽くする為だ。
部屋外で扉を護っている、だから何だという。
あの方が欲しいのは護りなどではないだろう。

護られる必要もない、誰も戦などせず刀を振るう必要もない。
あの方の周囲で誰も死なぬ、ご自身も怯えず暮らしていける、そんな天界に帰りたいのだ。
そして俺の前では泣く事も無く、弱音を吐く事も無く、その代わり笑うことも忘れた抜け殻になったなら。

侍医の言う通りだ。 あの方を心配しているのは俺だけではない。
弱音を吐き、涙を見せられる侍医が傍についていた方が、まだ気が楽になるのかもしれん。
奴の懐にあの鉄扇があれば、当座の襲撃も防げるだろう。

あれ程文句ばかりだった方だ。
飯も、風呂も、寝台も。治療部屋も治療道具も、薬草も薬湯も。
あれが無いこれが足りないと言われてもどうしてやりようもない。
それに比べれば侍医は、ない薬なら作ってやれる。
足りない薬草なら、代わるものを教えてやれる。
飯や風呂や寝台は、王様が与えて下さった。
金の使い道も知らず医の道には暗く、ただ護る事しかできない俺が傍についているより。
王様の切り札として厚遇され、侍医が傍で守っていた方が、あの方にとっては楽だろう。

その為にも奇轍は必ず排除せねばならん。あの方と王様との共通の敵である毒蛇のような男だけは。

朧月の下、何処へ行く当ても無くただ歩く。

もうどれ程遅いとしても。
罪の意識を軽くする為でも。
それでも高麗武者が己の名に懸け誓った約束だ。
あの方を、必ず護る。無事に天界に帰してやる。
たとえ陽の許で二度とまみえる事が無かろうと。
たとえその後は二度とあの香が届かなかろうと。

こうして目録には無い筈の知らぬ言葉ばかりが増えていく。
浮かぶその言葉は全て、この心を乱す邪魔なものばかりだ。

頭の中、筆を持ったままで思いあぐねる。
そのまま一思いに塗り潰せば、全て無かった事になる。
そうすればあの方は楽だろう。そして俺も楽になる筈だ。

出逢って以来の一つ一つを、頭の中で思い出す。

あの時冷たい世界の湖に釣り糸を垂れ、ひたすら何かを待っていた凍える俺の頬を溶かしたあの雫も。
半死の俺の許から奪われたあの方を取り返しに奇轍の邸へと単身踏み込んで、奴に放ったあの言葉も。
康安殿に謫居させられた慶昌君媽媽の許へ向かう途の饅頭屋で、行くから見逃せと言われ止めたのも。

死なないで。そう言って温かい手から渡された天界の薬瓶も。
髪に挿された黄色い野菊を、黙って其処へ仕舞いこんだのも。

あの頃それに意味など無かった筈だ。
ひたすら面倒な役目を早く終えたい、名を懸けた約束を果たしたい、その一心だった筈だ。

あの方よりは俺の方が数倍嘘は巧かろう。
胸の中に咲き始めた見知らぬ花が満開になる前に枝葉を伐り払え。
櫻は伐ればもう伸びん。其処から枯れる。花を咲かせたりはせん。

あの方のよう取り乱しはせん。その姿が光に消える最後まで。
そして全て塗り潰せた目録を、最後に瓶に詰めれば良いのだ。
其処に大きく鮮やかに書かれた、ユ・ウンスという名前ごと。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    う~ん おバカさん
    ウンスのことを思っての
    考えも、行動も 
    も~ 自分で薄々気づいてるのね
    我慢して 最後 ビンに気持ちを閉じ込めちゃうの?
    それには ビン 小さすぎ ムリムリムリムリ~
    我慢は体によくないわよ(ノω・、) 
    武者だからって 関係ないわ~

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    さらんさんこんにちは。
    ヨンたらまた侍医に対して見当違いな想いを抱いている…
    侍医にとってはひたすら想いを隠しているつもりのヨンの事と、ヨンを心配するばかりにそばにいる事を拒んでいるウンスの事を心配しているだけなのにね。
    これ程ウンスに対する想いが溢れているのに
    ヨンとしては簡単には認められないのね。
    ぬりつぶした目録とユ・ウンスと言う名前を閉じ込めた瓶にを胸に生来て行こうと思ってるのね。
    でもウンスが光の先に消えたらきっと取り乱しちゃうよ。

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    さらんさん、こんばんは。
    以前、さらんさんが書かれていた三乃巻のちょっと後の続き、「瑩乃巻」と思いながらヨンでいます。
    その後のお話も素敵ですが、できれば、ドラマ最終話までのお話の続きを、ヨンの心を書いていただきたいな、なんて考えてしまう素敵なお話です。
    薬瓶・・・半月前、「柳」について調べてみて、この薬瓶の重みが増しまして、先日の投票以来のコメント書いてます。

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