医仙。
寝苦しい夢の中、振り返ってそんな風に呼ばれる度に痛くなる。
もう笑いませんか。
夢の中のあの長い廊下で言われる度に、自分の胸のどこかが。
一番大切な人を殺せって言われたの。だから選んで。
迂達赤チェ・ヨン。王妃。典医寺のチャン・ビン。
ああ、この男ね。いつも影みたいに寄り添ってる。
何かあれば必ずこうして出て来る、何処からともなく。
決まり。まずはこの男を殺すわ。
この男を、殺すわ。
「・・・・・・!!」
真夜中の典医寺の寝台で飛び起きる。体中、びっしょりと冷たい汗に濡れたまま。
あわてて辺りを見渡す。大丈夫、戻って来た。ここは典医寺。
少なくても今はあのX-Womanも、笛で花瓶を割る男もいない。
大きく息を吐いて、前髪が張りついた額の汗を手の甲で拭く。
いないから、だから何なんだろう。
いないって事はチェ・ヨンさんに何か仕掛けるかもしれないって事。
私にとって大切な人だから、私の心が欲しいから、私の持つ未来の情報が欲しいから、屈服させたいから、思い通りにしたいから。
状況は何一つ好転なんてしてない。私が笑わなくなったくらいで見逃してくれるとも思えない。
どうすればいいの。どうすればチェ・ヨンさんを助けられるの。そして王妃媽媽を、チャン先生を。
もう目の前で誰かが死ぬなんてまっぴら。
まるで紙切れみたいに切り刻まれて、今まで私がオペ室で見て来たどのクランケよりもたくさんの血を流して。
人の命って何なんだろう。
そんな大勢の人と引き換えにしても、あのキチョルは私の持つ未来の情報が欲しいのかしら。
馬鹿にするなって怒りたい。
全ての命は地球と同じくらい重いって教えられてきた道徳観と、そして21世紀のドクターとしての倫理観を教えてやりたい。
わかってる。自分だって死ぬのは怖い。だけどキチョルは少なくても今私に手を出す事は出来ないはず。
誰を殺しても、私が持ってる未来の情報を欲しいはずなんだもの。
私が、私の持ってる情報が効力があるうちに。切り札であるうちに。
どうすれば助けられるか考えなきゃいけない。
チェ・ヨンさんを、王妃媽媽を、チャン先生を。
笑わずに、口を閉じて、時間を稼いで。少しでも大人しくして、キチョルたちの目をごまかして。
こんな下手な芝居で、キチョルがだまされるとも思えない。
でも少なくとも、それ程大切じゃないのよって見せなきゃいけない。
私を守る為に、あの人が敵の目の前に飛び出して行かないように。
大きな背中で私をかばって、一人で敵に向かって行かないように。
考えなきゃ、どうにか考えなきゃいけない。
真夜中の典医寺の一人の部屋、月も見えない真っ暗い窓の外。
その時扉の方から突然聞こえた小さな物音に、思わず体が固くなる。
息をひそめて、足音を忍ばせてベッドを下りる。
チャン先生はきっとすぐそこにいてくれるはず。
そして診察室には、他の医官の誰かもいるはず。
いざとなれば叫べばいい。キチョルやあのX-Womanたちは、今は私を殺しはしないはず。
寝室の窓の影から恐る恐る外を覗いて、ようやく暗闇に慣れた目が部屋の扉の脇に静かに立った大きな影を見つける。
その片手が、扉に伸びている。
私の起きた気配に気付いて、扉を叩いてくれたって事?
闇の中、ただでさえ大きな背中は、両肩が張り出した鎧でなおさら広く見える。
剣を片手にその黒い瞳は、ただじっと目の前の闇の先を見つめてる。
そしてこっちを振り返る事もないままに、あなたは言った。
春の夜でなきゃ、きっと聞き逃すくらいの小さな声で。
夏の夜なら蝉の声に、秋の夜なら虫の声にかき消される。
そして 冬の夜に降る雪にもきっと吸い込まれてしまうくらいの静かな声で。
「眠って下さい」
そのままの姿勢で、瞳だけがこっちを一瞬振り向いた。
「此処におります」
窓越しのあなたの瞳に頷いて、私はそこから離れる。
その夜、どれくらいぶりだろう。
私は悪い夢から解放されて、冷や汗もかかずにぐっすり眠った。
そして朝起きてまっ先に扉を開けると、もうあの人はいなかった。

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こんなふうに
静かに 見守られちゃったら…
やっぱり このひと信じちゃう
守ってもらいたいって 心がどんどん傾いちゃう
恋だよね~ もう 恋だよ
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ドラマでは描かれなかったけど‥
ウンスが夜に魘されていると
知った日から、こうしてヨンが守っていたんですね(^^)
「此処におります]
良い言の葉です❤