「少しは眠らねば、体に悪いです」
隊長が医仙の部屋の前に立つようになり三日目の、朧月の夜。
立ったまま月を見つめる隊長に静かに寄って声を掛ける。
この方なりの解決策なのだろう。
自分の身体を厭わずに、扉外で一晩中医仙の眠りを守る為に佇む事が。
だがいくら優れた内気を操れる隊長も、人を超えるものではない。
陽の高いうちは迂達赤隊長としての役目。
そして陽が落ちれば医仙の部屋外の守り。
しかし人は、眠らねば何れ死ぬのだ。
「何しに来た」
「あなたを止めに参りました。兵舎に戻りお眠りください」
「一生分寝た」
頑として私の言葉を聞き入れず、隊長は不満げに眉を顰める。
「隊長、人は寝だめは出来ません」
「護る」
「隊長」
その苛立たし気な様子は寝不足のせいか。
それとも医仙を徳成府院君の手下に、鼻先で攫われた失態を悔いているのか。
ご自身に腹を立てるように、隊長は吐き捨てる。
「帰すまでだ」
「医仙にはお寝み前に酸棗仁湯をお出ししています。入浴の殊の外お好きな方ですから、辛夷湯にも入って頂いております。
あなたが倒れる方が、あの方には痛手でしょう」
「侍医」
「もう少し御心が落ち着けば、お話を伺ってみます。しかし今はまず、よく眠って頂く事が先決だ。
その為にもあなたが倒れれば、また医仙が動揺されます。そうなれば事態は悪くなる一方です」
「おい」
「・・・はい、隊長」
「静かにしろ。医仙が起きる」
この方はこうして何処までも頑なで、こちらの話など馬耳東風だ。
「それならば、二日に一度は私が代わります」
「要らん」
「医仙を攫われたのは私の管轄である典医寺です。責任を問うなら先ず私でしょう」
「・・・責任」
隊長は何故か驚いたように、そこで私の目をじっと見つめた。
その目を見てようやく心底理解する。
この方は責任感からこうしている訳では無いのだと。
そしてそれなら、尚更に問題だ。
お心の向くままにこうして立っているなら、この方は己が動けずに倒れてしまうまで、ここから梃子でも動かない。
「隊長」
「いい加減にしろ」
本当に腹を立てた声で隊長が低く唸る。しかし私とて、それで退くわけにはいかない。
「医仙を心配しているのはあなただけではないのですよ、隊長。
そしてあなたを心配するのは私だけではない。お判りですか」
そうだ、私は心配なのだ。
この不器用で一人言葉も無く思い詰める隊長と、思い詰めぬ振りで心の中を正直に見つめない医仙が。
私の声に何を感じ取ったのか、春の月の許で隊長が小さく首を振る。
闇より黒いその髪が、無風の夜に柔らかな風を起こす。
「そうか」
「何ですか」
「いや」
悔しそうに、しかし安堵したように、隊長は顎だけで頷いた。
「お前になら任せられる」
「隊長、一体何を」
「もう良い」
小さな音をたてて鬼剣を握り直し、隊長は月夜に歩き出す。
「隊長」
「頼む。昼は迂達赤を立たせる」
「兵舎へお帰りになるのですね」
小さくなって行く鎧の背に尋ねても答は返らず、ただその左腕が闇の中に影のように上がる。
空の朧月が腕貫を黒く光らせる。
そのまま隊長は黙って典医寺の庭を抜けて行った。
もう二度とこちらを振り返る事も無く、その丈高い頭の先で梅の花を散らせながら。
散らした梅の花弁が、隊長の背を追うように暗い庭をひらひらと白く舞った。

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ウンスを任せられる 限られた人
会話こそ少ないけど
ちゃ~んと 信頼してるのね。
容易く信じられない時代でしょ
貴重な存在なのよね
責任感からじゃないのね うんうん そうでしょうよ
本人は気付いてないけどね…
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侍医も辛いですよね(^^;
ウンスを想う気持ちを隠しつつ
二人が上手くいくようにと
願ってるんですよね。
そんな侍医の言葉をヨンは
勘違いしてしまったのかなぁ?
侍医も苦労しますね(^^;
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さらんさん♥
桜の名所だった近所の公園は、いつぞや
剪定の際に、素人が伐り過ぎてしまったらしく
花の数もだいぶ寂しい限りで…。
自分の心を素直に見つめることも
認めることもできない二人に
ハラハラ、オドオド、イライラしつつ
実はこういう展開が大好きな私(=゚ω゚)ノ。
それにしても、自分の睡眠を削ってでも
夜通し護ってくれるなんて…。
幸せなウンスめ♥(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾!
一人、扉の外に佇むヨンに差し入れでも
持っていってあげたいです。
さらんさん
相変わらず怒涛の時期にドップリ…だと
思いますが、ちょい寒の今夜は
温かいお風呂にゆっくりお入りになり
少しでも疲れを癒してくださいね♥
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さらん様、いつも素敵なお話をありがとうございますm(_ _)m
あぁ…もうこの終章、好きです!いや、他のももちろん好きなんですけど、なんかこのウンスとヨンの不器用さがたまらんですね‼︎(変態か⁈)
そしてチャン侍医の絡みもイイですねぇ…(//∇//)
続きもどうぞよろしくお願いいたしますっm(__)m
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さらんさん、おはヨンございます。
侍医の存在もウンスにとってはヨンと違った意味で心強いですよね。
そしてヨンと侍医もこの時代での立場や役目は違えどお互いを信頼している素敵な関係です。
ウンスが毒を盛られて意識がなくなった時、慌てて自分を見失っているヨンが鬼剣も忘れて出て行こうとした時、テジャンと呼んで一呼吸置かせる侍医の心遣い
それを、思い出しました。
責任とは別の感情だったヨン
うまく隠しているようで互いに想い合い大切な存在の二人
今はまだその気持ちに気付いてなくてもね。