春花摘 | 雪柳

 

 

【 雪柳 】

 

 

閉じた寝屋の窓の外、淡い影がひらひらと舞う。
まるで間断なく落ちる、真白い牡丹雪のように。

体を芯から凍らせるような雪の気配は感じない。
曙の光の中で、寝台に横たわったまま影を追う。

腕に抱き締めたあなたは優しい夢を見ているか。
胸に感じる静かな息、睫毛が上がる気配もない。

あなたの眠りの邪魔をする冷たさのない春の雪。

今この窓を開ければ、外は満開の雪景色だろう。

 

* * *

 

「典医寺でもいつの間にかこんなに咲いたのね」

午睡を誘う暖かな昼。
春の吹雪の中、亜麻色の髪を乱しあなたが笑う。

「家の庭も満開だったけど」
「はい」
「風で散っちゃうのが可哀想なくらいね」

春の強い風に煽られ、またその花弁が雪と散る。
その白い花の雪の向こう、鳶色の瞳が俺を見る。
「本当に雪みたい」

花より白く細い指が、この頬に伸びる。
眸を閉じ待つと暖かな指先が頬の花弁を摘まむ。
「ほら」

その指先、温かさにも溶けぬ春の雪。
摘ままれた一片の花が其処に静かに乗っている。

 

* * *

 

夕暮れの花の雪の中、あなたが長い睫を伏せた。
心地良さげに風の中、黙って其処に立っている。

近くにいても何故時折
消えそうに見えるのだろう。
曙光の中、昼の陽の中、
日暮れの中、白銀の月光の中。
春の花嵐、夏の木下闇、
秋の紅葉影、冬の深雪の中で。

いつでも怖ろしくてこの手を伸ばす。
掴まえて確かめて、
暖かさを感じてもまだ足りず。

「イムジャ」
「なあに?」

声を返してくれてもまだ足りず。

「どうしたの?」

無言のままの俺を振り向き、
ようやく開いた瞳が問う。
その瞳とこの眸の間に降りしきる花弁の雪。

「此処に」
「うん」

この声の意味が分からぬあなたは、
曖昧な笑みで頷く。
そして小さな手を伸ばしこの掌を優しく握る。

繋がる双の手の上に花の雪が舞い落ちる。
「帰ろう、ヨンア」

ようやく頷いても足りぬまま
花雪の中を歩き出す。
此処にいると、こうして誰より知っているのに。

春の花は野に置く限り、
季節が廻ればまた咲き誇る。
己だけのものにしようと手折って
花瓶に飾った刹那、
そこから息絶え枯れていく。

例え王命だったとはいえ、
手折り攫った罪は消えない。
夫婦の縁を結んだ今も、
何処かで怖れているのだろうか。
あの時の天界の白い服。
其処に散った赤い飛沫。
石の弥勒の天門の光。
恐ろしさに泣いたあなたの瞳。

そんなものが胸を過るから、
息が苦しくなるのだろうか。
来世の誓いを交わした今も、
心に影を落とすのだろうか。

 

* * *

 

窓越しの朧月を映す、
月より美しい瞳に促されて進む。
花の香が頼りの寝屋、
この手だけに慣れていく天界の
小夜啼鳥のさやかな声を
月闇の中に聴きながら。

この腕に包み指先で触れ、
この唇で探し息で呼ぶ。
乱した亜麻色の髪を梳き、
閉じた瞳の睫毛をなぞる。
鼻の稜線を辿り頬を包み、
小さな耳朶から項へ回る。

その項の影から零れる花の雪。

闇の中、白く舞い落ちた雪柳。
春風の悪戯か、柔らかい髪の中に隠れていたか。
止まるこの指先にあなたの瞳が惑いながら開く。

強く揺らせば、あなたも散ってしまうだろうか。
春風の中に舞い散る白い雪柳の花のように。

寝台の上で腕を伸ばし、閉じた窓を大きく開く。

朧月は淡く、雪柳は冷たい雪よりもなお白く。
月下の枝は風に揺れ、夜の庭に雪を降らせる。

開きかけた唇に指で封をし視線で示す窓の外。
時節外れの雪見の誘いにあなたが体を起こす。

白い肩に夜着を着せ掛けこの両腕で包み込む。
耳が愉しむ音色すらない、深閑とした春雪見。
花を散らす春北風が、ただ静けさを引き立てる。

くしゅん

小さな嚏で寝屋の窓を閉ざすまで
寝台の上、二人きりの春雪見は続いた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

12 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさま
    この春、雪柳をみたら、絶対にヨンを感じてしまいます。
    今朝のこの、二人の姿を、必ず思ってしまいます。
    寝台の上の二人・・・その姿の描写に、思わずゴクリと喉がなりました。
    息を止めて読ませていただいていたことに、その音で気がつきました。
    さらんさんの中に溢れてくる、ヨンの声が止まらないでいてくれますように。
    今日ほど切に願ったことはありません。
    あなたの描き出してくださるヨンを、もっともっと感じたいと思っています。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンは 本当に
    ウンスに惚れぬいてるのね~
    美しくって 儚げで…
    壊れないように 壊さないように
    これからもず~っと ず~っと一緒にって
    ウンスは ヨンに酷いことされたなんってもう
    思っていないし 姿を消すなんて 考えもしないし
    ず~っと 一緒に居るのがのぞみでしょ
    優しい旦那様だわ 十分に
    ウンスが羨ましわ 

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンの家の・・雪柳・・
    朧月の夜、ヨンとウンスが、寝屋からその雪のような白さを見、ウンスの亜麻色の髪の甘さのような香りを感じ、そして二人の夜が深まっていく・・
    我が家の庭の・・雪柳・・
    ヨンとウンスを思い、今までとは違う思いで、そっと触れてみました。
    花びらの小さな雪が、パラパラと下草に降りました。
    香りも情景も、今、この一瞬は、ヨンとウンスが味わったものと同じ・・と、白く小さな花びらを手のひらに包みました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    なんて、官能的・・・。
    さらん様の書かれたものを読むたびに、日本語っていいな、日本人に生まれて良かったなって思います。
    もともと雪柳は大好きですが、これから見るたびにこのヨンとウンスを思い浮かべて、うっとりしそうです。(傍目にはかなり不気味/笑)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    こんにちは。いつも素敵なお話をありがとうございます。
    しばらくお休みされていたのは体調をくずされたのでしょうか?心配しておりましたがお話を再開されたので安心しました。
    何でもない日常の素敵な甘あまのお話で心臓が毎日きゅっとなっています。
    さらんさんがお休みのあいだお話を読み返していました。
    さらんさんのお話どのお話も大好きですがなかでも「邂逅」と「珠の匣」に再びハマッてしまいました。
    オロオロ(?)しながらウンスを看病するさらんさんのヨンが大好きです。
    「邂逅」ほど切なすぎず「珠の匣」よりウンスの症状が軽いくらいでヨンがオロオロしながらウンスを看病する甘あまなお話がヨンでみたいです。(勝手に強請ってすみません。。。)もし、万が一書いてみてやってもいいよと気が向いたら書いてください。気が向かなくてもぜんぜん大丈夫です。さらんさんのお話読めるだけで毎日幸せですから。。。
    体調にお気をつけてこれからも素敵なお話を書いてください。

  • SECRET: 0
    PASS:
    う~…ん。
    思わず唸ってしまう、さらん様の言の葉の数々…。
    表現の美しさとでもいうのでしょうか、
    私は好きです。
    さらん様のお話を読むのは
    私の癒しの時間です。
    これからも大事にしたい時間です。

  • さらん様

    雪柳が咲き始めると、このお話が読みたくなります。

    ここ1ヶ月ほど公私ともに多忙すぎて、読めてないお話もあるので、ぼちぼち追いついていこうと思います。

  • さらん様

    ご無沙汰しておりました。
    またこの季節がやってきましたね。

    ここ2年ほど介護と仕事に明け暮れ、昨年は義母を、今年は父を見送りました。
    今は母の介護をしています。
    ネットに割ける時間は少なくなりましたが、さらん様のお話は私の元気の源です。

    通勤電車の車窓から見える雪柳の美しさに引かれて、久しぶりに読ませていただきました。

  • さらん様

    今年もこの季節がやってきました。
    通勤電車の車窓から見える満開の雪柳に誘われて、また読み返しています。
    今、地元のローカル局で信義の再放送中で、ヨン熱が再燃中です。

  • さらん様

    今年も雪柳が咲いてから、何度も読み返しました。

    通勤途中の雪柳が綺麗だった所が駐車場になっていたり、母が亡くなったり、寂しくなりましたが、また新たな雪柳スポットを見つけましたので、毎年春には読み返します。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です