王様の横、麗らかな春の光に導かれてゆったりと並んで歩く。
それでもいつの頃からだろう。
ふと思い出し、浮かぶ思い出し笑いに小さく肩を竦める。
王様の影を間違って踏まぬよう、ほんの僅か後ろを歩くようになった。
影でも踏んでしまいたくはない。それほどに大切な方だから。
あの時、元から高麗へ戻る折。
首を斬られた妾を医仙が治療して下さり、意識が戻った時には、王様にどれ程諭されても素直に聞く事が出来なかったのに。
何一つ寡人より先にはされぬよう。話すのも、歩くのもと言われ、お許しがないからお返事が出来ないと意地を張ったのに。
あんな可愛げのない妾に、この大切な方は気付いて下さった。
諦めず、見捨てず、いつも共にと言って下さった。
憎い宗主国の姫ではなく、共に歩む相手として認めて下さった。
緑に萌える下草に並ぶ影の一つが足を止める。
もうひとつの影がそのすぐ横で止まる。 そしてその影の御首から上が、先に止まった影の方を向く。
こうして影しか見えぬのに、何故その御顔が心配そうと判るのだろう。
「王妃」
こうしてお呼び頂きながら、影に目を落としたままではいられない。
なのにどうして面を上げ、王様を拝見するのが恥ずかしいのだろう。
「・・・はい、王様」
きっと今妾の頬が、この先に待つ満開の桃花より染まっているからだ。
それを御目に掛けるのがあまりにも恥ずかしくて、面が上がらぬのだ。
それでも妾が影だけで王様の御顔を思い浮かべられるように、王様にもこの声の震えだけで俯いた妾の顔色がお判りになる。
それが証に王様の影のお口元が、僅かに笑みの形に動かれる。そしてその影の御手が、妾の影へと伸びて来られる。
己の影の腕が上がり双の影が繋がると同時に、温かい王様の本当の御手で、この手を包まれる。
幼子にするように王様の影が妾の腕の影をほんの少しだけ揺らしてから、また離れて行かれる。
まだこの手には温かさが残っているのに影が離れた事が淋しくて、己の影が半歩、横に並んで下さる王様の影に近づく。
それでも間違って踏まぬように、半歩だけ。
「媽媽!!」
満開の桃花の見事な風景を背に、医仙の澄んだ声を聞く。
「王様、ヨンア、叔母様!!」
典医寺の新しい侍医と共に並び、跳ねるようにして陽春の中に長い髪を揺らし、此方へ駆けていらっしゃる医仙の影。
そのお声に足を止め、医仙が来て下さるのをお待ちする。
王様を守られる大護軍が、困ったように小さく嘆息する。
その横顔が、掲げたままの視線が、愛おしいと言っている。
そして妾の横でチェ尚宮が困ったように
「申し訳ございません、媽媽。医仙には後程、今一度媽媽への礼儀作法を厳しく」
小さく低く、妾の耳にのみ届くように詫びる。
「何を言う。あれでこそ医仙だ。突然畏まられては妾が淋しい」
王様も真横で大護軍の息を感じられたのであろう。
半ばおからかいになるように、誰に向けるともなく
「本当に医仙はまさしく春のような方だ。何処までも明るい」
そうおっしゃると並ぶ妾にだけ判るように、その御口の端を嬉し気に引き上げられる。
「本当です。大護軍との御婚儀の後、一層お美しくなられました」
全てを育て、慈しみ、長い冬の後を癒す春の霞む青空のように。
そして暖かい陽の落ちた空に浮く、優しい白さの朧月のように。
長い冬を耐え、待ち望んだ陽春に一斉に咲き誇る桃花のように。
本当に医仙はお美しい。
お顔の造作は初めてお会いした時から変わっておられぬ筈なのに、今の医仙は胸に迫る美しさがある。
何かを捨てると覚悟をする事は、これ程人を美しくさせるのか。
これでは大護軍が命を懸けて護るとお決めになるのも当然だろう。
愛という言葉を教えて下さった医仙に、心から倖せになって頂きたい。
ご自身の生涯の、そしてその先の愛を大護軍と共に成就して頂きたい。
あの時ご自宅で御仏の、御先祖の前でご自身の口で誓われたように。
今生も、来世も、次もその次も、大護軍との御縁をつないで欲しい。
それが王様をお助けし、国の為、民の為、大護軍という我が高麗の唯一無二の王様の対柱、比類なき軍神をも動かして下さる。
それこそが我が高麗に真の春を迎え、王様という天の光が長しえに輝き続けられる唯一の道。
駆けていらした医仙は弾む息の下、
「お散歩ですか」
妾の顔を覗き込み、澄んだ明るい瞳でそう問うた。

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

SECRET: 0
PASS:
若い王妃の初々しいさと、王様を想う気持ちが、幼い頃からずっとあるなんて素敵。これからも、睦まじくして欲しいと、誰もが願いますよね
SECRET: 0
PASS:
王妃様って かわいい人です。
王女ですから 気高く可憐で
気も強くって…
でも 王様が大好きで…
あんなに 美丈夫な迂達赤隊長がいるのに
見向きもしない。
一途なところも 相手を思いやるところも
ウンスと似たところがいっぱいね
SECRET: 0
PASS:
さらんさん❤︎
物語の最初の頃には、冷たく毅然とした態度を取っていた王妃が、こうも可愛くけな気になろうとは…♪(´ε` )。
しかも、影すら踏まぬように…?❤︎
私など、踏みっぱなしの踏まれっぱなしですよ、とほほ(´Д` )。
身分の高さ故、ウンスのように自由に物も言えず、好きには動けぬ王妃ですが、だからこそ幸せな行く末であって欲しいですね。