春花摘 | 桃・7

 

 

尚宮の長、武閣氏の長である私は、仁徳殿や徳興君に用は無い。
すでに徳興君の獄、仁徳殿へと入った僧に会う機会は無い。
親鞠は本来王様が讞部の長たちと共に執り行うものだ。武閣氏の出る幕はない。
私がどうにかその僧を、尚宮らの噂話ではなくこの目で見、耳で聴き、その肚裡を探る機会は。

「・・・証言だ」
「何だ、藪から棒に」
並んで凭れたまま呟いた声に、隣のヨンがこちらへ眼を流す。
「徳興君が王妃媽媽を攫った日、私は共に寺へ行った」
「ああ」
「此度の親鞠では、その事もお調べになろう」
「当然だ。征東行省で掲げた謀反、これは言い逃れが出来ん。そして王妃媽媽を攫ったか、薬を用いたか」

そこまでで思い至ったように、黒い目が据わる。
「あの当時、既に奴は医仙に毒を使っていた。其処も関わって来る」
「そうだな」
「必要なら当時医仙がどのように毒を盛られたか、何の毒だったか。
あの方に証言させるかも知れんし、チャン侍医が残していた治療誌や、毒に関する書も引張り出すかもしれん。
当時の典医寺で奇轍たちが侍医を始め、医官達を惨殺した一件もな」

医仙に思い出させるのが恐ろしいのか、ヨンは憂鬱そうに言った。
「私も証言しよう」
「どういう事だ」
「媽媽とどこではぐれたか、そこまでの経緯を」
「それは当時既に調べている。今更」

そこまで言い掛けたヨンが咽喉奥で声を吐く
「見に来るのか」
「お前が仁徳殿へ入れる前に会わせておけば、今頃になってこうして手を焼かずに済んだのだ」
「あっという間だった」

ヨンは凭れていた背を上げ、珍しく此方へ真直ぐに向き直った。
「仁徳殿の修繕はあらかた終えていた。奴をぶち込む前にどうしても間者が欲しかった。
二重間者を探していると、手裏房に声を掛けた。
心当たりがあると言ったのはヒドだ。俺を裏切る訳が無い。
俺とヒドで水原へ出迎えに行った。皇宮へ入り徳興君の間者になれと。
二重間者だ、どれ程長くなるか判らんと言った。普通なら迷うだろう。
それを見越して伝えたが、奴はその場で付いて来ると即断した。
そのまま発ち昼過ぎには王様へ拝謁し、その足で仁徳殿へ入った。それが総てだ」
「成程な」

確かに巧過ぎる。何処にも不審な点は見当たらん。
こ奴の言う通り、あのヒドがヨンを裏切る訳など無い。
そしてその遍照という美僧がこの話を事前に知っていたわけもない。
話を聞く限りヨンが最後の一手を打ったのは、僧を出迎える直前。
話の漏れる隙も無ければ、伝わる猶予も無い。
皇宮内の事ならば櫃の中の米の数まで把握している私ですら、仁徳殿に世話の僧を置くなど知らなかった。

会わせる時間が無かったというのも頷ける。
しかし知った以上、このまま知らぬ顔で野放しには出来ん。
「早く親鞠を始めろ」
「王様は、親鞠が早く終わり過ぎる事も望んでおられん」
「・・・ああ、そうか」

次の御嗣が絡んでいる。
徳興君の一連の罪が明るみに出れば、次には賜死の沙汰が待っている。
避ける事も、引き延ばす事も出来ぬだろう。
国交を断絶した元とて、当時征東行省で発せられた謀反に関係している。
国交を断絶している今だから、ここぞとばかり徳興君を処刑せよと難癖を付けて来るだろう。
その機に乗じ、再び高麗の内政に干渉するために。

そうなれば現在残った唯一の男王族である徳興君を失う事になる。
他に残るは銀主翁主と儀賓大監の姫、敬姫様のみ。
しかし女人の敬姫様には、玉座を継ぐ事は出来ぬ。

敬姫様がもしもその座を追われずにいらしたら。
そのままで在れば姫様のお産みになった御子様が、次の玉座に座る事もあり得た。
敬姫様ご自身が望まれるか望まれぬかは別として。
「・・・ヨンア」
「何だ」

巧く、行き過ぎている。こ奴は確かにその口でそう言った。
僧の事だけではない。確かに巧く行き過ぎているではないか。
何故、敬姫様は皇位を剥奪された。
翁主の一粒種として風にも当たらず御邸の奥で過ごされる筈の姫様が、何故わざわざ市井をうろつき回った。
関わりなど持ち得ようもない、市の贋金の一件になど関わられたのだ。
そして何故今、敬姫様はこ奴の右腕、迂達赤隊長と共に居られるのだ。

「お前、まさか」

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    前回の回でさすがチェ尚宮様だと思いました。
    洞察力も桁外れですし
    確かに巧くいき過ぎていると言えばそうですが…
    遍照の事はウンスから話を聞いているヨンは分かっているのは理解できますが、そこまでの話を知らないチェ尚宮様も怪しいと思っているのはさすがですよね。
    年の功か、長く王宮で暮らした知恵なのか…

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    この先
    何が起こるのですか?
    叔母様が遍照の事を知ったので
    ちょっと安心した私だけど、
    またまた不安になってきました(^^;
     「お前、まさか」
    あ――ドラマのようにここで続く・・
    さらんさん❤
    明日の朝が待ち遠しいです~

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    さらんさん♥
    複雑に入り組んだ…まるでパズルのような
    お話にドキドキしています。
    まさか、そんなにも前に遡って、
    素直で善良な人々の心の動きまでも
    左右して…
    裏で巧妙に糸を引いているということ?
    だとしたら…
    と、と、とんでもないMONSTERと
    関わってしまったことになりますよ!
    ヨンもウンスも、誰も彼も…!
    ああ…何とかしなくちゃ…(((( ;°Д°))))
    呑気にノンアルビールを片手に
    菜の花のお浸しなんぞ食ってる場合じゃ
    ありませんよ、私!
    さらんさん…
    今夜もちょっぴり冷えますね。
    ご自愛を♥

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    えっ‼︎
    なんかとんでもない事になりそうな…
    何をどお考えれば…
    頭の中で繋ぎ合わせてみても…うまくいきません。
    早く続きが読みたいです。
    ここまで考えるチェ尚宮すごい‼︎
    やっぱり年の功⁉︎頼りになりますね。

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