「遍照」
「はい、チェ・ヨン殿」
「二度とするな」
「申し訳ございませんでした」
侍医とこの方と共に仁徳殿を出る間際の廊下の終わりで告げる。
整った顔色を変えるでもなく、遍照は平然と頷いた。
「奴の身辺の世話はお前の役目だ。但し則はある。独断するな」
「かしこまりました」
頭を下げた遍照を背に、俺達は揃って殿の鋼扉を出る。
「どれ程慌てていらしたのか」
苦しい程淀んだあの殿を出で、花が咲く庭を抜け、横を歩む侍医が低い笑い声を上げる。
「黙れ」
「チェ・ヨン殿」
侍医は春風に吹かれた横顔のままで俺の名を呼んだ。
「何だ」
「あの僧、遍照様とは何者ですか」
「・・・何故」
侍医の静かな作り声は恐ろしい。
この男は仮面を被った時ほど穏やかに優しくなる。まるで今の春の陽のように。
外構えの門を超え典医寺へ向かう途で、侍医は穏やかな声で話し始めた。
「前回の診察の際、あの衝立は立っておりませんでした。
ならば遍照様は今日になって突然、奴の体を晒すのが心配になったのでしょうか」
低く笑いながら、侍医は横顔から視線だけで俺を捉える。
「私には言えませんか」
「知らん方が良い事もある」
「未だに私を信用されませんか」
「いや」
その声に首を振る。
「疑っていればこうして並ばん」
「それは・・・」
答に僅かに目を見張った侍医は、そのまま前に視線を戻した。
「・・・嬉しい」
突然ぶっきら棒な口調になった侍医に、逆横のこの方が笑う。
「イムジャ」
「なぁに?」
「笑っている場合では」
「あああ、また怒る気でしょ!」
「怒っているのでは」
「チェ・ヨン殿」
珍しく俺達の話に、侍医が割り込んで来る。
「ウンス殿がおっしゃった。私の態度が苛々する、チェ・ヨン殿にはもっと苛々するそうだ。
厭なら厭と言えば良いのにと」
「・・・苛々か」
「私が傷つくのは嫌で、チェ・ヨン殿が傷つくのはもっと嫌だと」
「ちょっと、キム先生」
「だから仁徳殿に行くのはチェ・ヨン殿には黙っていてくれと言われた。心配させたくないと。
それでも私が徳興君に一人で会うのは嫌だから、自分がついていくと」
「先生!!!」
俺を挟んで身を乗り出したこの方が、桃花よりも赤い顔で叫ぶ。
「どうして余計なこと言うの!!黙っててってば!!」
「実は傷寒論にも出て来るのです。乱れた女人の気血水が、月の物が始まると元に戻ると。
抑肝散に陳皮と半夏を加味した薬湯もお出しした。一月飲めば、あくる月は楽になります」
「一月か」
「季節の変わり目、なるべく暖かく。あとは我儘を聞いて上げて下さい」
「判った」
「わかったじゃないわよ、ヨンアも先生もっ!!」
いよいよ腹を立てたか、この方は小さな足を止めた。
「患者の個人情報漏洩だわ!守秘義務って概念はないの?!
そ、それも、女性特有の悩みなのに、勝手に男性同士で話して恥ずかしくないの?!」
天界の言の葉の羅列に、キム侍医と目を交わす。
あなたの体は俺だけのものではない。それでも知っておかねば、いざという時にあなたを護れない。
「ありません」
俺が首を振ると、叫び声を続けようと開けた紅い唇が止まる。
「私は、無論医官ですから。患者のご家族に症状をお伝えし、薬湯を正しく飲んで頂かねば困る」
キム侍医の援軍にその唇で大きく息をする姿を横に眺め、怒鳴り声を覚悟した瞬間。
その袖口に隠れ、温かい指先がこの指をそっと握る。
「・・・ごめん、ね」
この耳にしか届かぬ筈の震えた小さな声。
それでもキム侍医は数歩進み、離れた道端で歩を止めると足許の黄色い花へと膝を折る。
「すごくイライラしてた。あんまりあんな風にならないの、普段は。
でも結婚したりいろいろ・・・初めての事もあって、ホルモンバランス崩れたかも。
あなたのせいなんて言って、本当にごめんなさい。思ってない。あなたのせいじゃない。だから怒っていいの、ヨンア」
「度を超えていますか」
「・・・はい?」
「辛いですか」
女人の体の仕組は判らん。それでも月のと言うなら、閨での睦事も含まれるのではないのか。
寒い廊下で膝に乗せ、交わす睦言も良くなかったのではないか。
ようやく手に入れたあなたを、貪欲に求め過ぎていたのではないのか。
真剣に問うたのに、あなたは紅い頬で噴き出しそうに唇を緩める。
「・・・ううん。それは、嬉しい」
「温めろと侍医が」
「そうね。あ、でも縁側でのお話は中止にしないでね。私だけがあなたを独占できる、数少ないチャンスなんだから」
我儘を聞いて上げて下さい。確かに侍医はそう言った。
それでも体は冷えるのではないか。春浅いこの時節、膝だけでは十分に暖かくなかったのではないか。
「・・・判りました」
頷いて、最後に強くこの方の指先を握り、そっと離す。
鳶色の瞳が、いつもと同じ明るさになったのを見届けてから。

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侍医がはっきり ウンスのご家族に♥
話してくれたので
スッキリ~かな
これで 隠すみたいなこともないし
ヨンも ウンスを受け入れやすくなったわ~
なんだかこの3人も いい感じになりましたね~
あ~もう 遍照 なんだかどきどき ハラハラだわ~
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さらんさん
いやはや最後ら辺は二人あまあま
あんまりあまあまでニヤニヤし
裏山になりましたよ。(///∇///)
←文章が拙いがお許しを
意味不明な文面ミヤネ(*_*;
妙な動きをするヤツはやはりシンドンと
なるのか?
もうさらんさんの頭の中では
しっかり話が繋がっているのでしょうが
ヒドとヨンのみ恩を忘れずに
回りに裏切りを働くなんて
どんな話の転回になるのか…
私には想像もつかないので
ワクワクしています。
お話が楽しみで仕方ないです。
ですがどうか無理はなさらず
ご自愛しながら
お話をよろしくお願いします(///∇///)
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さらんさま
本日、私、『抑肝散加陳皮半夏細粒』なるものを、
ウィメンズクリニックで処方されてまいりました。
ホルモンバランスって大事よね~、と女医さんと盛り上がってきました。
穏やかな春を迎えたいものです・・・。
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どうして
どうして
こんなに温かいのでしょう!
冷たい冬も
遣り過ごしてこその・春萌え・ですね
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トギやテマン。そしてキム先生。
二人を見守ってくれる仲間達の
優しい心遣いで一件落着ですね(^^)
良かったです~
これでキョンヒ様と草花摘に行けますね♪
さてトクマン君は?(笑)