「此処だ」
山門前で馬の脚を止め、ヒドが鞍から下りる。
下りたチュホンの手綱を近くの木へ括りつけ、奴の眼に頷き返す。
内功遣いの真偽はともかく、まずは会わねば話が進まん。
残る日はあと二日と半。
その後永久の獄へと繋ぐ鼠の為、あの方を傷つけてまで出向いた。
どれ程の僧が出て来るか。
一度だけ肚の底まで息を吸い、そして吐いて余計な体の力を抜き、雪の上を大きく一歩、俺達は山門内へと踏み込んだ。
深閑とした寺の中、本堂と思わしき建物から気配が漂う。
朝の読誦の重なり合い漏れるその声に、横のヒドを見る。
ヒドは軽く首を傾げると、近くの木の幹へ凭れ腕を組み眼を閉じる。
常にその手に嵌めるあの戒めの鋼の手甲が、今は無い。
ヒド、それがお前の心を教えてくれるようで嬉しい。
俺達はもう、心に反して誰かを斬ったりしない。
誤りと知りながら、無駄な血を流したりしない。
そして護る者の為に、相手を斬る事も恐れない。
そうやって共に行きたいんだ、ヒョン。
あの頃のように、そしてあの頃よりも正直に。
この視線に気づいたか。ヒドは薄らと眼を開き、唇の端で呟く。
「終わるまで待つ」
確かに勤行中の本堂へ、いきなり土足で踏み込むわけにもいかん。
それに倣って一歩脇、雪に佇み聞くともなく有難い経を拝聴する。
出て来るのは敵かもしれん。それでも心は不思議な程に凪いでいる。
聞こえて来る読誦のおかげではないだろう。
あの方に逢えた。そして声を聴いた。
意識の底の幻聴とは思わない。あなたは確かに其処で俺に逢った筈だ。
そして伝えてくれた。
信じてる。行って。そして帰って来て。
私はここよ。ここで待ってる。
そうだ、イムジャ。 俺は此処にいる。そして必ず帰る。
白い光の中、あなたが笑いながら待ってくれる限り。
ようやく終えそうな最後の読誦の響きに、ヒドが木に凭れた背を起こす。
そして俺は雪の中、本堂に向け歩を踏みだす。
*****
「遍照」
本堂から三々五々出て来る僧たちの列の中、一人の僧へとヒドが呼ぶ。
その声に足を止めた若い僧が、板張りの冷えた廊下で振り向いた。
「ヒド殿、御久し振りです」
何に驚いたと言えば良いのだろうか。
僧にしては余りに長いその総髪か。俺やヒドと同じ程高い身の丈か。
或いは墨染の衣でも隠す事の出来ん程、整い過ぎた容貌か。
低く深く響く声に、何処かまだ少年のような名残がある。
そしてヒドを見て浮かぶ笑顔に、まるで曇りは無い。
ヒドが俺に眼で示す。気を読んでみろ、あの声を思い出す。
こうして肚裡の気を開いても、目前の僧から特別伝わるものは無い。
そうして読んでいるうちにその僧は他の僧へと会釈をし、嬉し気に廊下を飛び降りて素足に草履を突掛け、雪中を駆けて来た。
「お元気でしたか」
近くで聴く程に不思議な声だ。
低い。掠れている。美声というわけでは無い。それでも耳に心地良い。
「ああ」
ヒドが短く頷くと、僧の目が此方の顔へ移る。
「此方の方は」
近くで見る程に不思議な眼だ。
太い眉の下、切れ長に光るその明るい黒い眼差しに、顎で会釈を返す。
「俺の弟だ」
ヒドが伝えると、整った顔に笑みが浮かぶ。
「ご家族とお会いになれましたか」
「ああ」
僧は幸せそうに顔を綻ばせ、俺に向かって頭を下げた。
「初めまして、拙僧遍照と申します」
「チェ・ヨンだ」
声に顔を上げた遍照が、ふと首を傾げる。
「チェ・ヨン、殿」
声が続く前に自らの右手を差し出すと、遍照は躊躇なくその手を握り返す。
互いの指先が触れ、掌が握られる。
次の瞬間、脇のヒドへと眸を走らせる。
ヒドはこの視線を受け、瞬きを返した。
そして離れる二つの手。
深く息を吐く俺に、遍照の不思議そうな目が当たる。

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ヨンと遍照
とうとう出会いましたね。
味方になるか?敵になるか?
私が知ってる史実の遍照なら
敵になるのかと・・
さらんさん❤
もう、毎日ドキドキしながら
読ませていただいてます(^^;
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さらんさん♥
またまた魅力的な新キャラの登場です!
背が高く、切れ長の端正な顔立ち…。
そして低い、耳心地の良い声の僧「遍照」氏…。
私の中では、まさにあの俳優さんが
脳裏に浮かんだんですが
答え合わせはあるのでしょうか!!
っていうか、このお話には一体、何人の
美丈夫な殿方が出てくるのでしょうか♥
まるで、逆ハーレムではありませんか!
ああ、行ってみてえよおお~(≧▽≦)。
…失礼しました…しょぼん…。
謎の遍照…、敵となるか味方となるか。
いずれにせよ、訳アリの過去も気になります。