紅い唇から漏れた突拍子もない言葉。
馬鹿げている。夢に違いない。そんな事が起きる訳が無い。
「有り得ん」
俺の強い声に、この方は肩を掴まれながら頷いた。
「うん、そう思う。そう思うけど、でも」
「口にするだけでも不敬です」
高麗の王は、代々天が決めるのだ。
少なくとも俺が知る限り、代々の王様は全て天に与えられた血の定めが決めて来た。
今の王様の御父君、忠粛王の嫡子であったからこそ、あの頃の忠恵のような腐った男でも王となれた。
義理の母を凌辱し暴虐の限りを尽くしても、天が定めたと思うからこそ、民も黙って耐え従って来た。
そしてその嫡子、夭逝された忠穆王が。
その王が身罷られた後には異母弟君の慶昌君媽媽が、短いとはいえ忠定王として玉座を継がれた。
あれ程幼くして惑い、そして周囲の声に潰れそうになりながら、こんな俺を頼りに、懸命に王様として立とうとされた。
もしも逃れられるのならば逃れたかったろう。
玉座に座られた短い間、媽媽が嬉しそうだった事は一度もない。
それでも天が定めたと思われたからこそ耐えておられたはずだ。
元の不興を買い廃位された後には、忠粛王の御子息として唯一残された忠恵の弟君の江陵大君、今の王様が即位された。
こうして全て、天の血を継ぐ方々が順に即位される。
その大前提が覆るなど驚天動地。そんな事が起こる訳など無い。
混乱した頭の中、散らかった幾つもの言葉を掻き集める。
遍照。奴の母は奴婢と聞く。父がどれ程名のある者でも、まさか王族で有る訳が無い。
それならばとうの昔に世継ぎ争いへ担ぎ出されているはずだ。
あの時慶昌君媽媽が担がれたように、そして奇轍がわざわざ徳興君を担ぎ出したように。
次代の王様の御父媽媽になるのは、必ず王様であるはずだ。
何故あの正体不明の僧が、次代の王様の父君になれる。
次の御父媽媽になるのは今の王様であるはずだ。
それ以外に考えられん。
今残る王族は、王様以外には徳興君しかいない。
それだけが理由で生かしているのだ。
王様も俺もキム侍医も、誰一人として生かしたくないあの男を。
元への取引の為に。手駒にする為に。
王でないのに、次代の王様の御父媽媽になれる訳が無い。
そんな事が起きるなら徳興君を生かす価値など全く無い。
遍照。あの男の曇りない笑顔が眸の前を過る。
手を握った折に読み取った、全く整わぬ内気。
そしてあの声が。
世の図る善悪などではなく、己の信じる善の途を行きます。
それが世間にどう受け止められようと。
そんなはずは無い。有り得ない。あれは方便のはずだ。
徳興君を騙し俺をも騙す為の芝居。二重間者としての方便。
細い肩を掴むこの両掌に力が入らぬように。
それすら忘れれば、その肩は簡単に折れる。
「ヨンア」
「有り得ん。では、御母媽媽は」
「王妃媽媽じゃないわ」
「どういう事だ」
「ヨンアお願い、聞いて。順番に話すから」
庭に積もる雪の面を吹く風は、身を切るほど冷たいだろう。
肩を掴み、向かい合い廊下に立つこの方を、寝屋なり居間なりに連れ戻さねば風邪をひく。
「・・・戻りましょう」
「そうね」
戻らねばならん。何処まで戻る。何処まで戻せる。
これからの定めは、何処まで戻せるのか。
それとも既に、全て決められているのか。
この方が怒り、泣いて抗った俺とソンゲの悪縁のように。
俺がソンゲに殺されようと天地は変わらん。
花は咲いて散り、川は海へ続き、山は高く聳え、浪は打ち寄せ季節は巡る。
朝には東空に陽が上がり、夕には西空を染めて沈む。
月は形を変えつつ夜を照らし、星は銀砂のよう瞬く。
それは俺だからだ。俺とソンゲだからだ。
王様が関わられれば、全く話は違う。
ましてや天の定める血を一滴も受けぬものが、本当にもしも父媽媽になるのだとすれば。
夏に雪が降り、冬に蝉が啼き、朝陽が西から上る。
背を駆け上がる冷たさに肌が粟立つ。
肌だけではない、この髪すら逆立つ程だ。
「ヨンア」
「戻りましょう」
この声に頷いて、その肩を掴む両掌に温かい小さな両掌が重なる。
「行きましょ、ヨンア」
そっと静かに言いながら、この掌が肩から外される。
そのまま護るよう握られた掌に引かれ、月の照らす凍った廊下を寝屋へと向けて歩き出す。

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そりゃ もう わけがわからないでしょうね
ヨンにとっちゃ~
ウンスは知ってる史実を 思い出し思い出し~
ヨンには伝えなきゃね
ヨンのことじゃなくっても 関わることだもの
あ~ なんだか モヤモヤね
モヤモヤするわ (T_T)
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ウンスの告白ヨン凄く動揺していますね。ヨンはどうするのでしょうか?
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さらんさん♥
またまた素晴らしい描写に、ノンアルビールで
画面に向かい「乾杯」させて頂きましたよ♥
戻らねばならん。何処まで戻る。
何処まで戻せる。
これからの定めは、何処まで戻せるのか。
こんなにお見事なDouble meaning、
見たことありません!
はああ~♥ メロメロ、ドキドキです。
愛するウンスの言葉を確と受け止め
ヨン自身も 得体のしれぬ不安を
持ちつつも、
この時点で「戻る理由」など
何一つ無いのですよね…。
「有り得ん」
「どういう事だ」
ふだんは丁寧な敬語を使うヨンが
こんなに苛立つなど…(*_*)。
ヨンの心の中にも
大きな警鐘が鳴り出したようですが
きっと読者のお嬢様、お姉さま方も
どうしよう、どうしよう…と
オロオロされているに違いありません。
さらんさん|д゚)
インフルが流行っていますので
どうかお気をつけて
素敵な週末をお過ごしくださいね(#^^#)。