「これが崔家のお墓なのね」
「・・・はい」
墓碑を瞳で辿りながら、この方が静かに問う声に頷く。
「そう」
頷くこの方が何を考えているのかは判らない。
ただ静かすぎる瞳が、申し訳なさ気な笑みが気に掛かる。
「イムジャ」
「来られてよかった」
呼ぶ声には答えぬままで、この方は墓所の敷地をゆっくりと見渡すよう、首を巡らせた。
「きれいな所。和尚様もいて下さるし、荒れる心配もないし、ほんとに安心した」
「イムジャ」
「あのね、ヨンア」
此方を振り向かぬまま、小さな背越しに声がする。
「理由が分からなかった。本当のことが。先の世界に残ってるあなたの、有名な逸話や史跡の理由。
今こうして一緒にいるヨンアと、あの頃に国史の授業で勉強したチェ・ヨン将軍が、どうしても結びつかなかった。
最初は考えたの。まだハングルがなかった時代に起きたから?それとも史実がねじ曲げられた?そんな風に思った」
「そんな事はどうでも」
父上のあの金言を御存知だったこの方だ。
今更俺の事で偽りを並べ立ててどうなるでもない。
恐らくこの名はどう言った形でか、先になっても残っているのだろう。
それでもそんな事は本当にどうでも良い。
俺の名が後世に残ろうが残るまいが、どう伝わろうが。
ただ見て欲しい。此方を見て欲しい。先の世界の俺でなく。
今この俺を、この状況をどう思っているかを教えて欲しい。
言葉にせねば通じない。判っていても頼めない。
知らなかったとはいえ此処にメヒが眠るのは事実だ。
そしてあのテヒが、こうして墓参に訪れている事も。
「だけどこうして一緒にいて、たくさんのことが分かって来る。そして私が戻って来たのがその理由なのかなって思ったりするの。
いろんな人たちに申し訳なく思うの」
「申し訳ないのは俺です」
あなたが申し訳なく思う理由など何一つない。
その声に、ようやくこの方が振り返る。
「違うのヨンア。多分あなたが思ってくれてるより、あなたはこれからいろんなものを諦める。多分私が理由でね」
最後の冷たい秋風が、墓所の周囲の秋草を揺らして過ぎる。
それでも敷地の中には、枯れかけた草一本生えてはいない。
その風に吹かれ中天近くまで上がった陽の中で、この方はもう一度崔家の墓所へと視線を移す。
「困るなあ」
本当に戸惑った困り顔で、その小首を傾げ。
「メヒさんの事は知らない。でもさっきの人、年からするとメヒさんの妹さんよね?でしょ?」
「・・・はい」
「ヨンアとは初対面じゃないわよね?」
「はい」
「もしかして、メヒさんによく似てる?」
「・・・はい」
「そうかぁ」
頷いて戻る瞳に、俺が映る。
「今日1つ、大きい謎が解けた気がする。ねえ、ヨンア?」
「・・・はい」
「これから先」
あなたはそう言って、俺だけを映す瞳ではっきりと声を紡ぐ。
「いろんなことがあるわ。ちゃんと国史を勉強してない私が知ってるくらいだから、ほんとにいろいろ起きるの。教えられることは全部あなたに教える。
そしてまだどこかにキチョルや徳興君が隠したみたいな、ああいう私のノートが存在するなら、意地でも探す。あるかどうか分からないけど」
「イムジャ」
この方は、一体幾度言えば判る。
「あの時もお伝えした。其処に俺の事しか書いておらぬならば知りたいとは思わない。
あなたの方が大切だ」
「うん、何が書いてあるのかも、存在するかも分からないけど。でも私もあの時言ったでしょ?
あなたが私の立場なら、絶対に同じ事をするはずだって」
「それは」
同じ問答の繰り返しだ。既視感の中で首を振る。
本当に馬鹿なお方だ。だから困る。
「二度と御免です。あなたが毒を盛られるのも、此方の方が死ぬかと思う程に肝を冷やすのも」
「分かってる。でもね」
「でもではありません」
「聞いてってば」
「イムジャこそ聞いて下さい」
「ヨンア」
いよいよ痺れを切らしたか。
この方は名を呼んで俺の前へと真直ぐに戻り、温かい小さな両手でこの両掌を握りしめた。
この温かささえあれば、俺は何でも出来る。
この両手の持ち主を、命が尽きるまで護る。
なのに何故それを分かってくれぬのだろう。
「あなたが死ぬことは絶対にない。少なくとも、あと40年。だから焦って決めないで。ゆっくり考えて、お願いだから」
四十年という長さに、そして決めるなと言う懇願に声が詰まる。
答えられない己に真直ぐ向かうこの方の瞳を見つめたままで。

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やっぱり ウンスね~
ヨンが心配してたけど ウンスはウンスよね
心配するのは ヨンのこと
あやふやな国史もところどころ繋がるし
メヒのことも 正直 知りたくはないかもしれないけど
知っておかないと…って思ってるのでしょう
ヨンはウンス、 ウンスはヨン
互いのことが一番大事なのよ~ 何だか涙がでるわ~
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ウンスの言葉を聞いて
さらんさんが描かれる『信義』が
史実!なのでは?と
納得してしまっている私です~(^^)
本当に素敵な『信義』のお話を
ありがとうございます❤
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ドキドキしながら読んでます!!
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さらんさん❤︎
お互いを思いやるが故に、お墓の前で言い合い二人(#^.^#)。
愛し合うこの二人の間には、たとえメヒでもテヒでも私でも、割って入ることなどできません。←さらりと厚かましい“私”…´д` ;
ああ…テヒはまだ、お姉さんに縛られているねですね…。
自分自身も大事にしてほしいな(´Д` )