雲雨巫山 | 壱

 

 

【 雲雨巫山 】

 

 

色付く紅葉の描く懐かしい山の赤い稜線。
その稜線が切り取る秋の終わりの青い空。
紅い山と蒼い空が映る静まり返った湖面。

全て同じに見える。この景色の中を走り回ったあの頃と。

家から飛び出て友と落ち合い、陽が落ちるまで走り回り、野原の中 背の高い薄の間から振り向いた。

その目の先には西に傾いた陽が、夕焼けの中全ての影をいつも正しく東へと長く伸ばしていた。

吹く風の中に、懐かしく何処か寂しい匂いがした。

それを胸に大きく吸い込むと、友に笑って手を振った。
また明日な。

夕暮れの家路を辿り飛び込めば、そこに暖かさがあった。
また遊んでいたのかと、父上が笑って書室から顔を覗かせた。
叔母上がいる時には、小言の二つ三つも降って来た。

 

鉄原の宅の木の門をくぐり抜け、その懐かしい庭先に立つ。

変わらぬように見える。その木々も、下草の一本迄も。
それでも変わっていく。同じものなど何も無い。

母上を失い、父上を枕辺に残して玄関を出た日。
緑の葉影から降る木漏れ日と、足元の濃い影だけ覚えている。

この庭で、訪れる師父に鍛錬を受けたあの日々。
あの山桜の下で、目だけで笑っていた小さな少女が横にいた。

あの時の母上の枕辺で唇を噛み締めていた父上。
この庭で餓鬼の俺に鍛錬をつけて下さった師父。
同じ季節を過ごし静かに笑っていた少女も居らん。

そして秋の光の中、今の俺の横。
振り向けばこの眸を見上げ、澄んだ鳶色の瞳で笑い返す俺のこの方がいてくれる。

全ては此処から始まった。そしてこうして戻り来た。

足元の落葉を踏みしめ、懐かしい宅への途を辿る。
「若旦那様」
庭先で声を掛けられ、俺より先にこの方が驚いたように歩みを止め、俺を見上げる。

若旦那様、そう呼ぶ者など一人しかおらん。
その声へと振り向いて、其処に懐かしい顔を見つける。
「爺」
「若旦那様ですね」

それ以上の言葉もなく頭を下げ続ける、杖を突く小柄な姿へと向かい、大きな歩幅で歩み寄る。

変わらぬものなど何一つない。
大きく見えたその背はこの背よりも遥かに小さく、高く見えた丈はこの丈よりもこれ程低かったのだ。

それでも俺の覚えている笑顔のまま、爺は笑いかけた。
「若旦那様、お元気でしたか」
「爺こそ息災か」
「勿論です。お帰りをずっとお待ちしておりました」

爺はそう言い、俺へと片手を伸ばした。
俺はその手をあの頃のように握り返す。
「立派になられた、若旦那様」
「細君も息災か」
「もう歳です」
「爺」

俺の声に、続く言葉は判っているのだろう。
爺は笑って首を振った。それでも伝えぬわけにはいかん。
「いい加減折れろ」
「若旦那様」
「俺は鉄原へ帰ってくるわけに行かん。家など要らん」
「旦那様が若旦那様に残した御邸です。そういうわけには参りません」
「何処まで頑固だ」
「若旦那様ほどではありませんよ」

爺が楽しそうに立てる笑い声を、その笑い顔を、この方が鳶色の瞳でじっと見つめている。
一頻り笑った爺は、再び俺へと声を掛けた。
「若旦那様」
「おう」
「お連れになった方は」
「・・・ああ」
「初めまして、若奥様。チェ家の家守をしております」
「旦那様!!」

その時割って入った明朗な声に、爺の声が遮られた。
「旦那様ですよね」
「シベクか」
「そうですよ」

庭先に立ったまま話を交わしていた俺達が振り向いたところに、一人の男が駆けて来る。
「婚儀に来ると思っていた。報せはあったろ」
「俺のような奴が行ける場所では」
この愚痴にシベクは笑って首を振った。
「下らん」
「こうしてお会い出来れば、それで良いんです」
「シベキ」

爺の声にあの頃のよう陽に焼けた顔を顰め、シベクは声を止めた。
「済まん、父さん」
「煩い事を言うな、爺」

目交ぜをしながら俺達が小さくなる姿を、横のこの方は珍しく口を挟まずただ見つめている。
「若奥様」
爺が改めて、取り成すように頭を下げた。

「崔家の家守のテグと申します、こちらの騒がしい男が息子で」
「初めまして奥様、シベクです」
爺の紹介に、シベクが続いて頭を下げる。
年嵩の二人に頭を下げられ、この方は慌てて頭を下げ返す。
「初めまして、ウンスです」
「御戻りになった和尚様から、お美しい方とは聞いたけど」

下げていた頭を上げ、シベクは唸った。
「旦那様、本当に美しい奥方様を見つけましたね」
「余り見るな」

視線を遮るようこの方の前へ立つと、幼馴染の気安さで奴は大きく笑って頷いた。
「分かりましたよ」

あの頃と変わらぬ笑顔のままで。

 

 

 

 

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11 件のコメント

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    待ってました!さらんさま。
    きっと私を含め皆さんの熱烈要望に、新章加えて
    くださったのですね!
    この3日間のさらんさまの沈黙に、きっと今!書いてくださってる、と思い願いつつ。
    無理ばかり言う読者ですみません。
    でも、熱烈読者の一人です。
    幼いころのヨンを知る二人の登場ワクワクします。
    本当にありがとうございます。

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    さらんさん~
    皆様の熱い思いに
    応えてくださったのですね(*^^*)
    嬉しいです!
    ありがとうございます。
    男前さらんさんに万歳~~❤

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    鉄原に来たのね~
    ウンス ヨンのルーツを知る旅になるのかな?
    いつもより静かな 若奥様ウンス…
    知りたがり~のウンスがこのままではないと思うけど
    ( ´艸`) 楽しみです

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    数日更新がなかったので心配していました。
    あの、相談の後なのでどうしちゃったかと思いました。
    私も含め皆様のいろいろなご意見にまた、悩んでいらっしゃるのかと。。。
    …で、婚儀の後を書いて頂けることになったのですね。
    私はとっても嬉しいです。

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    さらんさん
    新婚旅行編書いてくださりありがとうございます!
    ヨンが言っていた通り、鉄原の実家に行っての両親のお墓詣りでしょうか?
    舞台が変わり、よりヨンの人間性が現れそうな予感がして、楽しみです。

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    さらんさんこんばんは。
    お悩みだった新婚旅行のお話
    書き進める道が決まったようですね。
    ヨンの懐かしい気持ちが伝わってきます❤️
    幼馴染にも悋気(^ν^)
    美しい新妻は隠しておきたいんだろうなぁ\(//∇//)\
    さらんさんが書かれているお話、どの様に進められても楽しく読ませていただきます。
    読ませていただいてるだけで嬉しいんです。
    さらんさんが書きたいお話を書いてくださいね。
    ヨンの懐かしい気持ちが伝わってきます❤️

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    さらんさん❤︎
    多くの熱いリクエストに、早速お応え下さり、二人の新婚旅行編が始まったのですね⁈ (#^.^#)
    ありがとうございます。
    意味深いテーマに、1話からすでにドキドキわくわくです。
    ヨンが生まれ育った鉄原の景色を肌で感じ、幼少期を知る人達と会い、二人共有の思い出を作る素敵な旅になりそう!
    さらんさん、寒い週末です。
    お風邪がぶり返さぬよう、くれぐれもご注意下さいね。

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