墓所の前、手を合わせ眸を閉じて静かに語りかける。
きっともう既に、そこでお聞きになられた筈です。
父上、母上。この方が俺をどう想って下さるかを。
一片の悔いもありません。
今迄失ったものにも、此処より先もしも失うかもしれぬものにも。
この方さえ居て下されば、怖いものはありません。
見金如石。父上、その教えは逆に見石如金でもありますか。
この方は誰にとっても金です。決して石には成り得ない。
それでもこの手から離さずにいたいと思うのは強欲ですか。
他には何も要りません。ただこの方だけが居て下されば。
生涯懸けて護る難しさを重々承知で願うのは執着ですか。
それならば仏の道より外れようと、煩悩の権化と成り果てようと、己は喜んでその修羅の道を参ります。
そして永の眠りにつく時には、此処でなくこの方が安らげる何処か他の場所を探します。
そこでこの方と共に眠る事をお許し下さい。
最後まで何処までも親不孝な己をお許し下さい。
それでも御信じ下さい。誤った事だけは絶対にせぬ事を。
御二人が授けて下さった命を全うし、この方を護る事を。
御二人のようになりたいのです。
父上の事だけを最後まで慮った母上と、母上だけを生涯想い、最後までお一人で俺を育てて下さった父上と。
この方以外がこの眸と心に映る事はありません。
元より仏道に外れた不肖の息子が、それだけは誓います。
どうぞ安心してお眠りください。
最後に深く息を吐き、合わせた両掌はそのままに眸を開く。
横のこの方を見ればその長い睫毛を閉じたまま、今も何か語りかけておられるのだろう。
その横顔を飽かずに眺め、睫毛が上がるのを待ち侘びる。
その横顔に落ちる秋の陽の影が形を変えるかと思う程に長い。
先刻の俺と同じよう最後に深く息を吐くと、長い睫毛がゆっくりと上がる。
そして瞳が此方へ流れ、この眸を認めて驚きに瞠られる。
「もしかして、ずっと見てた?」
「はい」
「恥ずかしいでしょ、止めてよ。ご両親やご先祖様の前で」
本気で照れておられるのだろう。
白い頬を両手で押さえ、この方が顔を伏せる。
「では」
俺が墓所の前で立ち上がると、この方も共に腰を上げる。
「行きましょ、ヨンア」
「・・・はい」
あなたの何処までも透き通るその声はいつでもこう聞こえる。
そしてその声は天から降る陽よりも遥かに明るく、紫微宮の北斗星よりも遥かに正しく、行くべき道を示してくれる。
生きましょ。
生きましょ、ヨンアと。
その白い頬を押さえている小さな両手を指先で剥し、この掌の中へと包み込む。
だから俺はこう答えてみたいのだ。
父上の、母上の、そしてあなたが包んでくれる変えられぬ過去の前。
「行きましょう、イムジャ」
生きましょう、イムジャと。
*****
「お待たせしました」
俺の横、跳ねるように本堂へと戻ったこの方が飛び込んだ扉内。
御本尊の前の和尚様の影が、その明るい声に振り返る。
「おお、戻ったかい。確りご挨拶は出来たかね」
「はい、和尚様」
この方は大きく頷くと、其処の端座して待つもう一つの影へと頷いて声を掛けた。
「お待たせしました」
影は相変わらず正面からこの方の視線を受け、挑むが如くその瞳を見つめ返した。
「お待ちしておりました」
その声の、そして振舞いの端々にこの肚裡の苛立ちが募る。
お前が勝手に待ったなら、好きなだけ待てば良い。
この方がわざわざ戻りをお伝えする事も、お前が恩を売るような受け答えをする理由も何一つない。
それでもこの方の横、今はただ無言で立ち尽くす。
睨むなとおっしゃられたなら、眸を外しておくしかない。
そして次に許せんと思った時には、この方には申し訳ないが無言のまま鬼剣を抜くしかないだろう。
「じゃあ、ちょっと外で」
この方の提案にテヒが腰を浮かす。
それを止めようとした己を眼で制し、和尚様が穏やかにおっしゃった。
「表はもう寒い。茶を淹れる故、奥方もヨンアも此方でゆっくり話すと良い」
「でも、和尚様」
「良いんだよ。ご挨拶帰りに風邪でも引き込めばご先祖方とて喜ばん。さあさ、お座り」
御本尊前の座から立ち上がる和尚様に促され、断る契機を失ったこの方が俺を見上げる。
この眸の届かぬ表で二人きりになられよりは。
そう判じ顎で頷くと、この方は困った様子で御本尊前へと歩を進め、其処へぺたりと腰を下ろした。
「初めまして。ユ・ウンスと言います」
あっけらかんと名を名乗るこの方。
俺が伝えて欲しくなかったその名。
義父上と義母上があなたに授けて下さった大切な名を、何故何の関わり無い他の者に伝えねばならん。
「メヒの妹の、タン・テヒと申します。初めまして」
眼の前の女はこの方へと頭を下げ返す。
成程な。どうあってもメヒ絡みだと押し付けるか。
忘れるなと、何度でも執拗に繰り返すか。
それでもこの方はその声を受け、ゆっくりと頷いて息を吐く。
「テヒ、さん」
「はい」
「お姉さんのメヒさんにそっくりだって、この人に聞きました」
「そうですか」
「ってことは、お姉さんも美人だったんですね」
「小さい頃に離れて、その後は別々に暮らしました。姉の事はヨン様の方が、よほど御存知かと」
棘をたっぷりと含む物言いで俺を見遣り、テヒは白々しく笑う。
「そっくりなのですか、ヨン様」
「ああ」
その声に正直に頷いて、俺は横のこの方を見る。
この方は俺に一瞥もくれず、ただ真直ぐにテヒだけを じっと見つめていた。

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テヒのトゲトゲ、チクチク攻撃は
ヨンにとっては ムカつくたけかもしれない
ウンスにしてみれば メヒの情報が少ないから
かえって 知りたいって気持ちかな?
傷ついても 傷付けることしたくない。
傷を癒してあげたいウンスでしょ
話さないとね わからないもの~。
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ずーっと言いたいの我慢して来たのだけど…
あ、その前に新婚旅行のお話書いて頂きありがとう。
でね、怖いよぉさらんちゃん。
ドキドキしっぱなし^^;
でもまさかここでメヒとテヒが登場するとは…
そう来たかーって唸っちゃいました(笑)
この緊張感が、
ものすごい勢いと迫力で、
まるで目の前で見てるかのようで呼吸ままならず。
21:44を
今か今かと今日も待つばかりです❤
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いつも楽しみに読ませて頂いています❣️
今のお話の展開がとっても気になって仕方ありません(^.^)
ウンスがどの様に対処して行くのか❓
テヒに対して。きっとスッキリ、そして温かい気持ちになれるはず。
テヒの心もウンスを本当に知った時とけるはずです。
続きが待ち通しいです(^^)
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さらんさん
静かなオンナの戦いになるのでしょうか⁉︎
賢いウンスは、歪んだ思いに縛られているテヒの心を溶かす事ができるのか⁉︎
ドキドキ楽しみです!
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ヨンのご両親に何を伝えたのかな,ずっと見守って欲しい,ヨンを幸せにします・・・みたいな感じでしょうね^^
「行きましょう」と「生きましょう」いつもながら,さらんさんの文章は秀逸ですね。
生きるという意味をヨンに分からせたウンス,
これからは離れず寄り添って生きていく宣言ですね。
さて,どうも逆恨みしていそうなテヒ,ウンスはどういった話をするのか。
ウンスの心根を少しでも理解してもらえると良いですね。
続き楽しみにしています♪
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さらんさん❤︎
いよいよテヒからウンスへの攻撃が始まるのでしょうか…´д` ;
深い、歪んだ傷を抱えているテヒには、苛立つ程に感情を露わにするヨンよりも、菩薩のように彼女の心を受け止めようとするウンスのほうが、難く感じてしまうのでは…とハラハラしつつ、拝読させて頂いています。
二人の対峙、どうなるのでしょう…。
心配しつつ、これから飛行機に乗りますσ^_^;
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墓前で、ご両親に思いを語るヨンに
ホロリとしました。
それにしても・・・
気持ちは分かるけど、テヒの態度に
少々腹が立ってきました(-.-)
ウンスと話して心の氷が溶けると
良いですね(^^)