雲雨巫山 | 肆

 

 

春景色の好きだった母上の為、あの頃の父上が建てた。
すっかり紅い葉を落とした桜の木下のささやかな東屋。
向けたままの背の後、この方の寄る小さな沓音がする。
「ねえ、ヨンアってばぁ」

先程からもう幾度めかの、呼びかける声が小さく届く。
その声に肩越しに眸を投げつける。
三歩の距離を護るだけで精一杯だ。
「どうしてそんなに怒ってるの?」
言わん。此度はあなたが考えろ。
「五、差し上げます。当てて下さい」
吐き捨てた低い声に困り果てたよう、あなたの眉が下がる。

「はねむーんなのでしょう」
「うん、そうよ」
「ろまんとやらなのでしょう」
「さすが私のヨンア、物覚えがいいわね!」

煽て声にうんざりし、肩越しに投げていた眸をもう一度前へと戻す。

葉を落とした目前の裸木を殴りつけたくなる。

この手を握らせるなだと。
俺がこの先何処の誰に手を握らせると思う。

波立つままの心を鎮めようと息を繰り返す。

この心をやるなだと。
あなた以外一体誰にこの心をくれてやれる。

結局判っておらん。俺のこの方は。
例えこうして娶ろうと、御仏の前で次世の縁を誓おうと、肝心の今世の俺を全く判っておらんと思い知る。
「ねえ、ヨンア」
「・・・・・・はい」
「ハネムーンなんだし、ケンカはやめましょ?ん?」

嗾けたのは其方ではないかと、怒鳴りたくなる。
此方は真面目に考えたのだと、叫びたくもなる。
他の者が手を握る、俺がそれを赦すと思ったか。
心が別の者へ移ると、ほんの刹那でも思ったか。

それともその全ていつものあなたのおふざけか。
何れの答が返ろうと、この腹立ちは収まらん。
「もう良い」

この声にあなたの沓音が安堵したよう、最後の一歩に近寄った。
「あなたが俺を信じていない事が判った」
「そんなわけないでしょ?!」
慌てる声を背に、諦めの息を吐く。

信じるのなら端から言わぬ。言うのは心に思うからだ。
たとえ信じておろうとも、何処かに一片の疑いがある。

けれどこんな風に伝えながら、俺は何処かで知っている。
この方は心から俺を想い、そして決して裏切る事は無い。
だから懐かしい庭で、安心して駄々を捏ねられるのだと。

結局の処、全てが惚れた弱みというわけだ。
この心が信じている。この分からず屋で我儘なうえに大層手の掛かる方。
けれどこの世の中で唯一求めて止まぬ方だ。
手に入れる為に、再び生きる為に、どれ程離れても待ち続けてしまうから、己にもどうしようもない。

それ程想うこの心が通じぬのが、ただ無性に腹が立つ。
俺ばかりが思い詰め、追い駆け続けているようで。
だからあなたにも言って欲しいだけだ。信じていると。
互いにどこにも行かぬ事を、幾度でも誓いたいだけだ。

「少しは判って欲しい」
「な、なによ急に」
腹立ち紛れに前置き無しで振り向くと、すぐ真後ろに居た俺のこの方がその勢いに目を瞠る。
「俺の全てはあなたのものです」
「分かってる、もう分かってるのよ、ほんとに」
「手も心もだ」
「だからそれは、ついこう、言葉のあやでね?勢いというか」
「良過ぎます」
「・・・分かった、ごめん」

本当の処は、何処まで判ってくれたのか。
けれどそれすら構わぬ程に信じているからそれで良い。

己自身に呆れつつ、それでも悲し気に俯いたこの方の頬に落ちる柔らかな長い髪を、指先で耳横へ掛ける。

あの時のよう涙を落とす事の無いあなたの瞳が上がる。
陽の中の鳶色の瞳に吸い寄せられ、もう一歩寄れば丸い瞳がふわりと緩み、長い睫が静かに伏せられる。
傾けたこの顔があなたへと近寄って行くのと同じ速さで。

そうだ、この唇については言われなかった。
誰にもやらぬと、この方も知っていて下さると言う事か。

それならば嬉しい、そう思いながらあともう一歩
「ここにいたんですか、旦那様!」

庭向こうから響くシベクの声に、思わずこの方から飛び退る。
「明日は早発ちと言ってたので、早めに飯を」

桜の裸木ではなく、この拳でシベクをぶん殴りたくなってきた。

奴の暢気な声に吐いた俺とこの方の息が、東屋の中で重なった。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    ジベク… 髭ぽっぽのニオイがσ( ̄∇ ̄;)
    あらら ヨンいじけちゃったのね
    信じてないわけないじゃなーい。
    せっかく ここもです! ♥ できそうだったのに
    はねむーん なかよくあまあまに~!

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    ミノ氏~
    来日して前世がヨンだと言って下さって感謝します\(^o^)/
    雲雨巫山
    こんな素敵なお話が読めるなんて幸せだー
    めちゃデレッデレッな顔で読んでますよ‼︎
    こんなところにもチュンソク並みに間の悪い男がいるとは笑えますね。
    アメンバー登録から花男の更新そして今回の雲雨巫山と、さらん姉さんからのプレゼントが嬉しすぎるヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    言葉のあや、勢いで言ってしまう事って有りますよね(^^;
    現代人のウンスだから、
    今からも有りますね?
    ヨンも大変だぁ~❤
    かわいい痴話喧嘩でした(笑)

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    さらんさん♥
    さらんさんとこのオリキャラ、誰も彼もがそれぞれ際立ってて、何かやらかしてくれて、特徴的で、そして何よりも魅力的ですね~(^^♪
    食いしん坊の私でさえ、「飯なんか、どーでもいいんだよ!」と一唸りしてあげたいくらいの、タイミングの悪さ…。ぷぷぷ( ´艸`)
    さらんさんが急きょ、追筆してくださった新婚旅行編「雲雨巫山」…。
    この後のどこかのシリーズでは、戦場で血飛沫を浴びて剣を振るうヨンと、そんな彼を内心ハラハラしながらも気丈な振る舞いで待つウンスのお話も待っているのかも…と思うと、こうして平和な秋を十分に楽しむ姿を目に焼き付けさせて頂けるのは、私たちにとっても幸せなことで…♥
    ああ…、さらんさんのお話を拝読していると、いろんなことが頭を過ぎります。
    今、望まぬ戦渦に居る人たちの中でも、愛し合う恋人たちもいるし、生を受ける子供たちもいるのだなあ…と。
    さらんさん。
    武人のヨンにしばしの休息を与えて頂き、ありがとうございます♥

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