「今度来る時は、薬草も持って来ますね」
朝の庭でこの方は嬉し気に爺の手を握り、枯葉の上を慎重に一歩ずつ、門へ向かって歩を進める。
「まずは食事をしっかり取って下さいね。孫?ひ孫?の顔を、見てもらわなきゃ困りますよ」
「曾孫ですか」
爺が不思議そうに、その手を引くこの方を振り返る。
「そうです!だってこの人の子なら、テグさんには孫かひ孫ですよね?」
「そんな、とんでもない事です若奥様」
「爺」
慌てて畏まる爺に向けて、俺は苦く笑って首を振る。
「夏の間は此処に置いて、野山を駆け回って鍛えさせるからな。シベクも頼むぞ」
シベクが俺に笑んで頷き返す。
「任せてください、旦那様」
「おう」
「どんな御子様でも、あの頃の旦那様に比べれば大人しい」
「そんなにやんちゃだったんですか?」
俺が声を返す前に、愉し気なこの方の大きな声がする。
「そりゃあもう活発でしたよ、奥様。木には登る着物は破く」
シベクは身振りを交えて、嬉し気にそう言った。
その声に爺も懐かしそうに頷いた。
「近所の御子たちと走り回って、夕は旦那様の講義を受けて。
大層賢い上に、体も丈夫で立派な御子でした。曲がった事の許せない、真直ぐな若様でしたよ」
その声に頷きながら、鳶色の瞳が俺を見遣る。
「今とそっくりなんですね」
「ええ、三つ子の魂と申します。旦那様も実直な方でした」
「そうだったんですか、お父様も」
「・・・はい、若奥様」
爺の顔が隠しきれずに歪むのに、皆がそっと目を逸らす。
爺だけが照れ臭そうに、やがて小さく鼻を啜り
「年寄りは涙もろくていけません」
そう言って皺だらけの目許を瞬かせた。
*****
「必ずまた、すぐ来ます」
宅の門前、一晩庭へ繋いだ二頭の馬を牽く。
最後に名残惜し気に爺の手を揺らし、何度も声を掛ける
揺らされるたび律儀に頷く爺が、この方の手を握り返す。
「若旦那様を、どうか」
「もちろんです、任せて下さい。これからもよろしくお願いします」
「お屋敷は、必ず守ります」
爺の声に横のシベクも深く頷く。
「テグさんのお宅です。守るんじゃなく、気楽にのんびり過ごして下さいね。緊張してばっかりじゃ疲れちゃいますよ」
「若奥様、それは」
「あ、私にはわからないから。詳しくはヨンアが、ね?」
肝心な処を笑顔でするりと躱すと俺に振り向き、鳶色の瞳を三日月の形に優しく緩めた。
「爺」
「若旦那様」
伸びた手を握り締め、この方のするように握ってみる。
「元気でいろ。曾孫の顔を見るまで」
「・・・はい」
「シベカ」
「はい、旦那様」
「皆を頼む」
「はい。旦那様も奥様もどうか御無事で」
「おう」
この方を連れて戻り来て良かったと、心から思う。
秋の陽の降るこの宅。俺の全てが始まった場所に。
「旦那様、この後は」
「到彼岸寺で和尚様にご挨拶をしてから、東に抜ける」
「お墓にお参りされるのですね」
「ああ」
「旦那様」
名残惜し気に爺と立ち話を続けるこの方を横目で見、シベクが小さな声で俺を呼ぶ。
何だと眸で問えば奴はさり気なく数歩下がり、大人しく下草を食むチュホンの裏へと回り込んだ。
その歩に合わせ共にチュホンの脇へ佇むと、奴は視線を落とし地面を見る振りで囁く。
「聞いていらっしゃいますか」
「何を」
「菩提寺の、墓所の事です」
「いや。何かあったか」
「旦那様のご婚儀よりずっと以前ですが」
奴はそこで言い辛そうに淀む。
「メヒ様を、覚えていらっしゃいますよね」
その口を突いて出た、予想すらしなかった名。
その名を何処か遠いもののように聞きながら、俯いたままのシベクの顔を、俺は無言で見つめた。

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

SECRET: 0
PASS:
ヨンの幼少期の話も聞けたし なによりです。
そうですか… メヒもそこに眠っているのね。
ご挨拶できるし… お別れも言える
けじめがつけられるでしょ。
ヨンもだけど ウンスも。
SECRET: 0
PASS:
さらんさん❤︎
ヨンの生家での甘くほのぼのとした滞在から、ドキッとする展開に繋がってきましたね!{(-_-)}
も、もしや、チェ家の墓に弔われているのは、かつての許婚のメ……、いえ!この先は、逸る気持ちを抑えて次のお話をお待ちいたします。
さらんさん、たくさんのヨンの言葉が降臨してきていらっしゃると思いますが、時折休息を入れて頂いてますか?
是非ぜひ、美味しいランチ、お召し上がりくださいね。
SECRET: 0
PASS:
幼い頃のヨン❤
ミノヨンの子供時代の姿と
重なるようで、微笑ましいです(^^)
メヒ・・・
今の二人は何が有っても
大丈夫ですよね❤
SECRET: 0
PASS:
こんばんは、さらんさん。
ヨンの幼い想い出…素敵でした。
なのにまさかのメヒと言う名前が…
チェ家の墓所に埋葬されてるの❔
確か本物のチェ ヨン将軍の奥様ユ氏は第2婦人だったような…と言う疑惑が…
も~モヤモヤして更新が待ちきれません❗
さらんさん、私の心が壊れそうです~。