「父上が」
父上が生きていらした頃、俺は赤月隊へ入るとお伝えした事は無い。
幼い頃から鍛錬に付き合ったメヒを御存知だとしても、お元気な頃の父上が幼いメヒを崔家の墓に入れると決めるなど有り得ない。
父上がお元気だった頃、メヒが死ぬと考える訳が無い。
辻褄の合わぬ話に苛立ちが募る。そんな事が起きる訳が無い。
苛立つ俺を宥めるように、和尚様が静かに諭す。
「赤月隊の話は、こんな辺鄙な寺にも届いておった。隊長のムン・チフ殿がお父上と懇意だった事もな」
「・・・はい」
「お主はまだ幼かったから、覚えておらぬかな」
和尚様は首を傾げながら此方に尋ねた。
「父上とムン・チフ殿が連れ立って、この寺へと拙僧を御訪ねになった事がある」
「そうでしたか」
「あの頃既に父上が赤月隊に対して、地方の館や金子を提供していた事は知っておるね」
「はい」
「それだけではない。赤月隊の隊員が国の役目で命を落とした上、隠密部隊だからと葬儀もあげられぬ事。
野に捨て置くような弔いしか出来ぬ事を、父上は大層気に掛けていた」
父上らしい。和尚様の話の中にいる父上は、何処までもあの頃この己がよく知る父上らしい。
父上ならば必ず思われたに違いない。
そしてご自身の為に忌服などするなとおっしゃった父上らしい。
「しかしムン・チフ殿は違ったな」
「・・・はい」
兵ならば匂わせるな。決して周囲に己の気配を撒くな。
影に徹し、そして朽ちる時には闇に溶けるように消えろ。
隊長はそういう方だった。そして俺達は皆それに従った。
戦場で命を落とした仲間を担ぎ、せめて静かな山の頂上に。
穏やかな川の流れの畔に、眼下に海を望む小高い丘に葬るのが精一杯だった。
せめてもの墓標代わりに据えた石に、木の枝の前に跪いて、残された俺達はそれぞれ心の裡で誓った。
次は自分かもしれない。それでも悔いは無い。
そしてこの生が終わったら、必ずまた会おう。
それまでは二度と、墓参は出来ないかもしれない。
ごめんな。忘れない。
そう繰り返し夜を明かし、次の朝には新しい作戦の地へと走って向かった。
その記憶を断ち切るような、穏やかな和尚様の声は続く。
「父上は、せめて各地に残した赤月隊を弔う為の碑を建立したいと、ムン・チフ殿に頼んでいた。
ムン・チフ殿は、影が闇に還っただけだと頑なに拒まれた。
戦わねばならん敵は溢れ、守らねばならん民が待っている。
隊員を亡くしたからとて碑に祀り、涙にくれる暇など無いと」
何方の言い分も、俺が慕い続けたあの方々らしい。
何にも代え難い実の父上。
そしてその父上を亡くした後、師とも父とも慕った師父。
「その折に父上が言った。ではせめて、その亡骸がこの寺まで運べた時にだけは、崔家の墓に葬る事を許してくれと。
ひょっとしたらヨンア、何処かでお主を思っていたのかもしれん。
最後にお主が野晒しで朽ちるのが、親として耐えられなかったのかもしれんな」
「当時は俺は餓鬼でした。赤月隊に入るとも入らぬとも」
「父上は判っておられたよ」
首を振る俺に、和尚様は頷いた。
「お主は二度と剣を手放さぬと知っておられた。当時はご自身もまだまだ若くご健勝で、病の気配すらなかったが」
「そうでしたか」
「父上の申し出にムン・チフ殿も折れてな。その時には頼むと、御二人して拙僧に頭を下げて帰られた」
これで全てがつながった。
叔母上も御存知だったのか、それとも寄る辺が此処しか無かったか。
もしかしたら本当に、俺が正気に戻った時に墓参りを望んでか。
赤月隊のメヒの亡骸は寺へ運ばれ、そして和尚様の手で葬られた。
父上と隊長との約束の許に。
何処に非がある。何が悪い。そう問われれば言うだろう。
皆に信が有り義が在った。それを最後まで貫いただけだ。
誰にも非など無い。何も悪くなどない。ただ俺のこの方の心だけが、こうしてまた傷ついた。
俺が永の眠りにつく時、この方は必ず共に眠る。
しかしその前に、此処に既に眠っている者がいる。
そんなところでこの方は眠りたいと思ってくれるのか。
俺さえいれば良い、心の底からそう思って下さるか。
そして俺はメヒを近くに、この方と共に眠れるのか。
それは来世の螺旋へ繋がる安らかな眠りに成り得るのか。
肚裡で覚悟を決め、肩越しに背のこの方を振り返る。
「・・・イムジャ」
「うん」
怒っているか、泣いているか。
そう思い振り返ったこの眸には、そのどちらも映らない。
この背の後、この方は不思議な表情をしていた。
穏やかな、得心がいったような。全ての疑問が腑に落ちたような、何処か悟ったような。
「メヒが、崔家の墓に入っております」
「うん、そうね」
「墓参は日を改めますか」
「え?」
心が乱れてはおらぬか。知れば穏やかではいられまい。
そう思い尋ねた声に、この方は不思議そうに短く問うた。
「何で?」
その声に、次は此方が眸を瞠る番だ。
「今は、気分が良くないのでは」
「ヨンア・・・」
そう小さく呟き、この方は首を振った。
その亜麻色の髪を最後の秋風に靡かせて。
紅い唇を物言いたげに動かし、そして静かに引き結ぶと、最後にこの方は静かに優しく笑んだ。
己を鼓舞するのとも、俺への気遣いとも違う笑み。
申し訳なさ気な、誰かに詫びるような笑みだった。
「ううん、今お参りしたい。御両親にも、御先祖様にも、そしてあなたさえよければ、メヒさんにも」
「・・・判りました」
この方の気持ちだ。従うしかない。
そう言って先に歩き出した横を護り、和尚様と並んで墓所への道を進む。

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

SECRET: 0
PASS:
ウンスが挨拶したかったのはヨンの両親
それと メヒでしょ。
いい機会だもの そりゃ 挨拶したいよね
したかったよね~
メヒがここに葬られてるとは
思っていなかったでしょうけど…
ヨンの眠る墓は ここではないって
ウンスは知ってるから? ある意味落ち着いてるかな?
SECRET: 0
PASS:
さらん様が私たちに問いかけたように、きっと後から
決めて書いてくださったこのお話。
あまりのストーリーにただ絶句、です。
ほんの数日(も、ありましたか?)のあいだにこんな
ストーリー。
すご過ぎて息止まって読んでいます。
誰も悪くない。
ただヨンの衝撃と、ウンスが寂しいかも、と。
胸が痛くなりました。
すごいです、さらん様。
SECRET: 0
PASS:
はああ~(iДi)、さらんさん…。
ヨンのお父様の思いや情けが胸に染み入ります。
自分の息子が万が一にも敵に倒れた後、野に晒されることは親としては耐えられなく…、でも、息子だけを特別扱いするようなお父様ではなかったのですね…。
いや、大事なヨンを通して、赤月隊の一人ひとりの命をも尊んでいたのかもしれません。
そんなお父様の思いを少しでも感じたら、墓の下に誰が眠ろうと 手を合わせずには居られないでしょうね…。
大事なのは「今」であり、その大事な「今」を続けていくことだと、さらんさんとこのウンスなら、きっと気づいているはず…。
もちろん、かつての恋人であり許婚だったわけですから、気にはなりますよね…。
ああ、雨降って地固まる…になればいいなあ。
さらんさん♥
素敵なお話の更新、ありがとうございます。