雲雨巫山 ｜ 拾弐

頭上を覆っていた木立が途切れ、明るい陽が射す空の下。
すぐ向こうに、幼い頃から見慣れた崔家の墓所が見える。

その墓所の前、地に膝をつき頭を垂れる一つの人影を認め、横の和尚様を振り返る。
和尚様は何もおっしゃらず眼で頷き返した。

あれが俺達が会うべきでなかった者か。

きれいに下草を手入れした墓所の敷地を眺めるともなく眺めた後、もう一度その後姿を確かめる。
「知ってる人？」
横のこの方がその姿を認め、己の眸を見上げて問うた。

よく知っている。全く知らぬ。どう伝えれば良いだろう。
よう知っている。全く知らぬ。双方とも正しい答だろう。

和尚様がすれ違わぬようにと厭う筈だ。
生前のメヒを御存知なくとも、弔いの折にその死に顔は確かめておられよう。
そしてもしかすれば、目前で墓参に訪れているあの女も共に其処に居たのかもしれん。

全て知っていたとしても不思議はない。
そしてそれを俺に秘していたとしても。
自分の足に熱湯をかけた女だ。何をしても不思議ではない。

仕組まれて出会い、己の意思で別れた北の国境。
雪の中で出会い、雪解けの帰京と共に終わった。
二度と逢う事も無いと思った。行方を知ろうとはしなかった。

ただあなたを無性に恋しく思った。早く戻れと。

あの雪景色の中、凍る湖に響くテマンの叫び声。
医仙が待ってる。大護軍を待ってる。
疑った事など無い。あの丘で引き裂かれて以来。
幾度も振り返りつつ連れ去られたあなたを。

必ず帰って来い。俺は此処にいると空に呟いた。

長い黒髪、何処かで見た肩から背の線。
そして振り返れば、その顔は今も生き写しの筈だ。
「誰なの、ヨンア？」

その背後へと寄る俺達三人の枯葉を踏む足音。
そしてこの方の不思議そうな声に、垂れていた頭が上がる。

そのまま地に着いた膝を立て、立ち上がった背がゆっくりと此方へ向けて振り返る。
その動きに添うように一拍遅れて黒髪が従いて来る。
明るい秋の陽を、その黒い鞭で切り裂くように。

「お久しぶりです、ヨン様」
そう言って改めて頭を下げ直し、もう一度此方を見る目。
「ああ」

幾度見ても思う。忘れた筈の顔を思い出す。
総毛立つ程に、背筋が凍る程に生き写しだと。

「久々だ、テヒ」

俺の返答に、両脇の和尚様とこの方の足音が同時に止まった。

「今日は、報告に参りました」
テヒは此方に向かい悪びれる風もなく言う。
まるでそれが当然だとだとでも言いたげに。
「そうか」
「ヨン様が御婚儀を挙げたと」
「ああ」
「こちらの方が、今の奥方様でいらっしゃいますか」
「今も昔も、俺の妻となったのはこの方しかおらん」

愚弄するなと怒鳴りつけたい肚を深い息で鎮め、この方への無遠慮な視線を遮るよう、半歩踏み出る。
「お前には関わり無い」
「相変わらず怖い方ですね」

そう言って目だけで笑むこの女こそ相変わらずだ。
メヒならばまだどうにか許せることもあるかもしれん。
それでもお前は許さない。
この方を怯えさせる事も、傷つける事も絶対に。

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