雲雨巫山 |拾参

 

 

「報せたなら去れ」
「ヨンア」
短く答えた背の後、この方が嗜めるように呼び掛けてこの指先を握る。
「そんな風に言ったら」
「黙って下さい」

俺とこの方の遣り取りに、テヒは小さく息で笑った。
そして背の影、指先を握る小さな手を鋭い視線で捉え、この方に向けて明らかに憤懣遣る方ない表情を浮かべる。

メヒ。お前が今そんな顔をした気がして仕方ない。
そしてそんな目でこの方を見るなら、その時は許さない。
そんなお前の側で、この方が永の眠りにつくなど無理だ。

簡単な事だ。それなら俺が此処に入らねば良い。
野であろうと山であろうと、この方と共に眠れれば良い。
空の見える処、この方を抱いて眠れれば構わない。
そして来世の出逢いを夢に見られれば十分だ。

父上にも母上にも、御先祖にも申し訳ない。
崔家の跡取りとして、赦される事ではないかもしれん。
それでも此処にメヒがいる限り、そしてテヒがこうしてうろつく限り、この方を此処には入れる事など出来ん。
この方の安らかな眠りを万一にでも邪魔するなら、俺はまさしく言葉の通り、死んでも死に切れん。
「ヨンア」

和尚様の声に眸を向ける。
「お主ら、知りあいだったのか」
「はい」
「いえ」
テヒの声とこの声が、全く反対の相槌を打つ。 その時だった。

ぷ。

弾けたような明るい声に、信じられぬ思いで振り返る。
この方は俺の指先を握ったまま、空いた手で慌てたように紅い口許を抑えた。
「ごめん、でもおかしくて」
「・・・イムジャ」

この状況で吹き出すなど、何と後生楽な方だ。
俺が数十年も先の墓の事まで慮っているのに。
しかしこの方の明るい声で張り詰めていた均衡は破れ、続いて和尚様が笑い出す。
「ほ、ほ、確かに可笑しいのう」
「そうですよね、和尚様」

力強い援軍を得たこの方が勢いづく。
「まさしくな。二人が真逆の答えを返すとは」
和尚様の声に頷きつつ、目の前の女が誰かも知らぬだろうこの方が、楽しそうに声を掛けた。
「初めまして、私は」
「イムジャ」

名乗ろうとした声に被せ、続く言葉を無理矢理止める。
知らせる事など無い。これ以上関わり合いになる事も。
「だってヨンア」
「ああ、もう良かろう」

和尚様は聞くに堪えんと言いたげに、ゆっくりと息を吐く。
「先客は、もう墓参は終わられたの」
「・・・はい」

有無を言わさぬその声に、テヒは渋々と言った様子で頭を下げた。
「では出口まで案内しよう。ヨンア、奥方と共にご挨拶をしておいで。拙僧は本堂で待っておるからの」
そう言って墓所を後に踵を返し、テヒを連れて戻ろうとする和尚様の背に女は言い放った。
「いえ、ご住職さま」

その声に和尚様は足を止め、未だに動く気配のないテヒを墨染衣越しに振り返る。
その視線にも一歩もたじろがず、目前の女は言い募る。
「この後、宜しければヨン様にお話が」
「無い」

その言葉を一刀の許に絶ち切るこの返答も計算のうちか。
テヒは薄く笑むと、俺ではなく執拗にこの方を目で追いつつ声を続ける。
「ヨン様はそうでも、奥方様はどうでしょうね。思い出話の一つや二つ、お聞きになりたいかと思いますが」
「お前」

下らん戯言には飽いた。
そのまま鬼剣に手を掛け、落葉の上をテヒへ一歩踏み出すと
「待って、ヨンア」

その視線の前にご自分を晒すよう、小さな体がこの背の影から陽の中へとつと踏み出す。
誰か知らぬからなのか。 それとも察したからなのか。
この方は俺の横に並び、向かい合うテヒの視線を正面から受けにこやかに頷いた。

「そうかも知れません。ご挨拶の後、話したくなるかも。良ければ待っててもらえますか?」
「ええ、もちろんです」

上等だ。

ようやく納得したように和尚様へと向け歩き出したテヒ。
俺の横、微笑みを湛えたまま墓所へと歩き出したこの方。

俺の身を挟んで、過去と未来がすれ違う。

俺達はそのまま振り向くことなく陽の下を墓所へと進む。
テヒは和尚様に伴われ、落葉の道を本堂へ戻って行った。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    ウンスさん~
    大人の対応ですね!
    ヨンにも負けない男前ですf(^_^)
    多くの書き手様が婚儀、新婚旅行の
    お話を紡いでいらっしゃいます。
    どのお話も素晴らしいです。
    でも、ここまでドキドキ、ワクワク
    させてくれる
    さらんさんのお話が大好きです❤

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    相変わらず 強気なテヒさんですね。
    でもさ こんな時ウンス 強いのよ。
    きっと ウンスと話すことで
    テヒの心 癒されることを希望します。
    ウンスは医仙ですから…
    ヨンの思いと裏腹に 嫌な汗かきまくりでしょうけど
    ここは 女同士話さないと (´□`。)

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    おお~
    ドキドキする、ドキドキするよー。
    さらんさん、さすがです。
    ずーっと
    ドキドキしっぱなしです。
    でも、ここは
    ウンスが
    まあるくおさめてくれそうな予感?

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    さらんさん
    ビッベンのコンサートを楽しみながら、さらんさんの素敵なお話も楽しめるなんぞ、なんと贅沢な週末でしょう(#^.^#)
    ありがとうございます❤︎
    テヒを警戒しているのは重々わかりますが、基本的にヨンはウンス以外の女人には滅法厳しいですねσ^_^;
    そう!そこがたまらんのです、儂(#^.^#)
    どんなに綺麗な女性にも、どんな色仕掛けにも靡かぬ潔さ、最高の男です!
    なのに私ったら、ヨンも好きだけど、ヨンベも優しいし、ジヨンもセクシーだし、…ああ、トップももちろんかっこいいし…、あちこちキョロキョロですよ(´Д` )
    それはそうと、ウンス!
    どーんとしていて、かっこええ❤︎

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