夏暁【 卅 】 | 2015 summer request Finale

 

 

「ソヨン!!」
誰よりも静寂を望んだ筈の俺の叫びが、風と光の中に響く。

ソヨンが半ば抱きつくようにして守った王様は、左右の外行とパク・ウォンジョンによって、再び北極宝殿へと連れ戻される。
そして残されたのは最後の刺客の構えていた刃で腕を斬られ、血を流しているソヨンだった。
「ソヨン!」
駆け寄った俺に眉を顰め、ソヨンが首を振る。

「行きなさい」
「傷はどうだ」
斬られた傷を確かめようとする俺に首を振り、ソヨンはその目で祠堂を幾度も示す。
「行きなさいソンジン、今を逃したら駄目」
「ソヨン」
「王様に呼ばれれば、すぐに宮廷に戻るはず。今ならあなたが騒ぎに紛れて此処から消えても、目立たずに済む。早く」
「傷はどうなんだ」
「いきなさい!」
「傷の事を訊いているんだ!」
「大したことない、大丈夫。これでも医女よ、嘘なんて言わない」

眉を顰めながらもソヨンは腕を上げ、血の流れる傷を此方へ示す。
「薬も医療道具も持って来てる。媽媽の御為だったけど、思わぬ事で役立ちそうだわ」
「深くはないのか」
「動かせるから大丈夫。後で医女の誰かに診てもらう。だからソンジン、あなたはいきなさい」
「ソヨン」
「いきなさい!」

周囲の者がようやく動き出す。その者たちに聞こえぬように、ソヨンは声を低くして言い募る。
「お願い、ソンジン。行って。いきなさい」
「ソヨン」
「もう守らないで。大丈夫。これで十分」
「ソヨン!」
「いきたいところに。ソンジンが本当にいきたいところに」

俺が、本当に生きたいところに。

「いきなさい、ソンジン」

生きなさい。

俺は。俺が生きたいところは。

「パク従事官」
北極宝殿の扉が開き、其処から外行が顔を覗かせる。
「王様がお呼びだ。来られるか」
その声にソヨンが無言で小さく、しかし烈しく首を振る。

眸を閉じて最後に愛おしいあの顔を、この瞼の裏に追う。
お前なら何と言うだろう。
信じろと告げた声も守るとの誓いも置いて、今すぐにあの天門まで駆け、お前だけを想って飛び込んだなら。
そしてくぐれば、お前に逢えるか。
俺は胸を張って、お前に逢えるか。
言葉も誓いも置いてきた、ただお前に逢う為にと言って、それでお前は喜んでくれるだろうか。

ウンス。お前には、俺を誇って欲しい。
例え二度と逢えぬとしても、お前に恥じぬように生きたい。
生きて行きたい。生きるべき場所で。

誰より輝き、迷いなく生きるお前のように。
信じると言い切ったあの瞳に恥じぬように。

だから思い出せ、扉の向こうで。
俺は信じている。強い想いだけが、縁を結ぶと。
切実な願いと思い出が、二人を巡り逢わせると。
例えそれが此度でないとしても、今生でないとしても、お前を忘れない。俺は絶対に、お前を忘れない。

逢いに行く。どれほど待っても、必ず再び逢いに行く。
お前を捜しそして抱き締める。心から己を誇れる時に。

次の瞬間眸を開き、小さく片頬で笑み、俺はソヨンの前から腰を上げる。
「今、参ります」
外行に頷き、そう声を返す。
「ソン・・・従、事官、様」
茫然と呟くソヨンに、顎で頷き返す。

そしてソヨンの脇、心配そうに遠巻きに見守る邸の下働きに
「誰か、医女の道具箱を持って来てくれ」
声を掛けると、下働きの女達が慌てて控えの間へと飛び込む。
「従事官様!」
地に座り込んだままでソヨンが叫ぶ。本当に煩い女だな。
「怒鳴るな、血が止まらんぞ」
「そんな事はどうでも」
「良い訳が無い」

俺は地に座り込んだままのソヨンを眺める。
「お前も俺も、これから暫し慌ただしい」
そして踵を返し、青白く光る祠堂に背を向ける。

ウンス。これが俺の正しい道だと信じる。
信じた道を行く以外、俺に出来る事はない。

北極宝殿の透かし格子の扉。
開いて中へ滑り込む刹那、格子から部屋内へと蒼白い閃光が射し込む。

もう呼ばないでくれ。
─── もしも、本当に必要な時は、私のことだけ考えて、門をくぐってくれる?
ただ、私に会いたいとだけ願って、そうしてくれる?

今は本当に必要な時ではない。
全ての誓いを反故にしてあの門をくぐったとて、お前に逢えるはずがない。

だからくぐらぬ。お前に恥じるような姿で逢いたくはない。
次にくぐるなら、胸を張って逢える時だ。
その時は必ず、命を懸けてお前に逢いに行く。

待っていてくれ、その時まで。

俺は二度と祠堂へは目を向けず、後ろ手に殿の扉を閉めた。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさん
    こうきましたか‼︎
    予想外の展開です!さすが、さらんさんです。人間描写の深さと、躍動感ある文章に、本当に引き込まれます。

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    私は、もうそろそろソヨンに心を動かされているのかと思っていたのに、まだウンス一筋なんですね。
    それでこそ、ヨンの魂……、なんだけど……!
    ソヨン姉さん、まだ報われないソンジンへの想いを胸に、ソンジンを見詰め続けなきゃいけない。しなくちゃいけない。
    辛いよ姉さん(T_T)

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    リクエストからこんな壮大なお話に膨らませられるなんて、流石さらんさんです。
    ソンジン、やはり潜らなかったですね。
    今この緊急事態の時に、ソヨンや王様をこのまま置いていなくなる事は出来ないですよね。
    ウンスに恥じない行動をしたい。その想いで。
    ソンジン好きなキャラだったので、幸せになって欲しいです。
    でも、ウンス一筋なのかなぁ~ ソヨンが可哀想だけど(>_<)
    今後の展開楽しみにしています♪

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    さらんさん、急激な展開に、心臓バクバクしちゃいましたヽ(´o`;
    今日も臨場感あふれる、素晴らしいお話をありがとうございます。
    ウンスやウダルチ、王様達との関わりの中で、ヨンが変わったように、ソンジンも護るものや大事なものが増え、自身の考えや生き方にも変化が現れたのでしょうね。
    自分のあるべき姿、進むべき道を、潔く選択したソンジン。
    ですが、複雑でしょうね、ソヨンは。
    さらんさん、私は残業を切り上げ、先ほど帰宅。
    野菜たっぷりポトフを煮込みながら、さらんさんの素敵なお話を読み返しています。
    さらんさんにもご馳走したいです❤︎

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    いつもドキドキしながら、とても楽しみに読ませていただいています。
    ウンス一筋のソンジンでしたが、今自分が成すべきことが
    わかったようですね。ここで天門をくぐっても、ウンスには会えないと思ったのでしょう。その潔さはヨンに通じるものを感じます。
    この後の展開を楽しみにしています。

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