2014 Xmas | 首爾2012・4

 

 

オーダー中も上の空で、目の前の店員のお姉さんは私の後ろのあの人を、ぽおっと見てる。
ちゃんと聞いてるでしょうね、ちょっと?

その顔がみるみる赤くなるのを見てハッと気づいて振り向けば、あの人が鋭い瞳でお姉さんを見つめてる。

誤解されちゃうじゃないの、ちょっと!
あなたがその目で見るのは私だけじゃないの?!
「ヨンア!」
私は苛々してその腕を掴み、思わず小さく鋭く呼んだ。

ようやくオーダーが終わったカフェの中、私たちはカウンターで商品の出来上がりを待つ。
その時、エスプレッソマシンの動きだす大きな音が店内に響いた。

 

前触れも殺気もなく、突然響く鉄の擦れ合う大きな音。
俺は斜め横に立つ小さな体を腕に抱き護る。
その瞬間後ろの卓の椅子に腰掛ける多くの者共から上がる悲鳴のような声に、続いて其方を振り返る。
しかし気を開き集中しても周囲に敵の気配など全く感じぬ。
何だ、何が起きた。

腕の中、この方が満足そうに息をつき
「ヨンア、大丈夫だから。苦しいから」
そう言ってこの背に細い指を回し、 優しく撫でる。

 

「誰も武器は持っておらぬはず。では一体今の音は」
そう囁くヨンアの声に
「ああ、あれはコーヒーを作る時の音」
私はカウンター向こうのエスプレッソマシンを指で示す。
「では後ろの卓に座る者共の悲鳴は」
ふふふ、決まってるじゃない。
あなたが堂々と私を抱き締めたからよ。
「さあ?皆も音に驚いたのよ、きっと」

そう言うとこの人はようやく息を吐いて、抱き締めてくれる腕を少しだけ緩めた。

 

こおひいとは。
焦げ臭い異な匂い、そしてあの音。
そこまでして飲むようなものか。
しかし卓向こうの女人の手元を見詰めようにも、目を遣ればこの方が途端に不機嫌になる。
「お、おお待たせいたしました」

昔のテマンのよう痞えながら、あの女人が黒い盆に載せた物をそう言って示す。
横のこの方が伸ばそうとしたその手を指で制し、我が手で受け取り、この方を振り返る。
「ヨンア、あっちに座ろう」

嬉しそうに、弾むように歩きだす足許。
あの時に似た、細く高い踵の天界の沓。
しかし雪降りの路よりも遙かに滑りそうな床、その高い踵が滑って転べば何とする。
心配になり片手で盆を支え、もう一つの手でその小さな手を握る。

その瞬間に周囲の卓の椅子よりまた上がる悲鳴。
「・・・此度は一体」
もう訳が分からぬ。
「さあ、知らないわ」
この指に細い指を潜らせて確りと絡め、この方は何とはなしに黒い笑みを浮かべた。

 

最高、最高。美味しそうな、夢にまで見た久々のコーヒー。
目の前に座ってるのは、誰よりも愛してる私のこの人。
2人でコーヒーが飲めるなんて、ほんとに夢みたい。

私がドリンクに手を伸ばすより早く、目の前のあなたはそれを制して
「俺が先に」
そう言って、ドリンクを持って1口。
「・・・どう?」

 

目の前のこの方の声に何と返せば良い。
今まで飲んだことの無い味だ。
熱く、甘く、苦く。
少なくとも変調はない。毒は仕込まれておらぬ。
あの女人への疑いは杞憂だったかと、俺はようやく息を吐く。
しかし、その息を吐いた途端。
肚の中から上がるこおひいの香りに驚き、思わず口を抑える。
腹に納めた後ですらこれほど香るのか。
しかし危なくないと判ればそれで良い。
この方があれほど飲みたがっていたものだ。
「問題はないかと」

そう告げ小さな手に椀を返す。
「但し思ったよりも熱い。気をつけて」
目の前のこの方はうんうんと笑い、もう一つ大きめの椀を俺に握らせる。
「ヨンアはこっち。エスプレッソは濃いかなと思ってアメリカーノにしたから。
飲んでみて?」

分からぬ天界語だらけだがともかくも椀の中を覗き込み、嗅いで口に含む。
「どう?」
幼子のように見開かれた瞳。上気した頬。
耳に長い髪をかけ、この方が俺の口許を見つめ問う。

「・・・美味い」
今までに見た事もない泥水のような真黒な湯。見た瞬間は疑いを抱いたが。
これならばこの方が飲みたがるのも当然だ。
「本当?」
「ええ」
俺は偽りなく頷いた。
「苦くない?大丈夫?」
首を振り、もうひと口含む。
その様子に安心したよう頷くとこの方はもう一度、あの花咲く笑みを見せてくれた。

こおひいの店を出ると、この方が俺の手を握る。
「もう一か所だけ」
そう言って、馬車の激しく行きかう途へと大きく身を乗り出した。
ぎょっとして、その身を引こうと手に力を込め
「イムジャ!」
咎めてもこの方は気にも留めず、繋いでいない片手を上に、ひらひらと振る。

最初のあの時、確かに俺は真直ぐ行ったが、この方は一体何をする気だ。

そう思った瞬間に、目の前にあの馬なしの馬車がぎっと音高く停まる。
何の躊躇いもなく扉を開くとこの方は先に乗り込み、俺の手を引いた。

 

「南山のNソウルタワー、行けるところ、なるべく近くまで行って下さい」
「下りても結構歩くよ、大丈夫?」
運転手のアジョシの声に私は頷く。当然よ、高麗で鍛えてるもの。
「大丈夫、お願いします」
「いやあ、それにしてもえらい良い男を連れてるね。
驚いたよ、さっき止まった時は」

バックミラー越しに後部座席のこの人を見て、人の良さそうなアジョシは言った。
「でしょう、格好いいでしょう?」
「いやでも、アガシも綺麗だからね。本当にお似合いのカップルだねえ」
「本当に?やだアジョシ、嬉しい」

 

この方の弾む声を聞きながら、何とも言えぬ心持ちで二人の顔を交互に見遣る。
えらく良い男、の部分はどうでも良い。
しかし綺麗なお嬢さん、だと?
例えこの馬のない馬車を操る特異な御者だとて、聞き捨てならぬ事はある。
「話中すまんが」
そう御者に声を掛ける。
「綺麗なお嬢さんとは、如何な」

そう言った瞬間。
小さな手が、俺の鼻口へと蓋をする。
「うん?お兄さん、なんか言ったかい?」
「いえいえ、彼の独り言。気にしないで」
そう言いながらこの方は、しきりに俺へと目配せを送る。
つまり黙れと言う事か。これも天界の流儀か。
塞がれたままでは息も苦しい。
顎を引き微かに頷くと、ようやく小さな掌は離れた。

 

 

 

 

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