2014-15 リクエスト ｜ 鬼の霍乱・3

甘えて気が済んだのか、ようやく大人しく起こしてくれた背中に枕をありったけ突っ込んで、ヘッドボードで体を支えて。
この人に飲ませようと、少しぬるくなった薬湯の茶碗を渡す。
「さ、飲んでね」

そう言って、じっとその目を見つめる。
この人はゆっくり薬湯を見た後に目を上げて、少し首を傾げて、もの言いたげに私を見る。
寝室の灯りに揺れるその黒い目は、まだ高い熱のせいでいつもより濡れて潤んでる。
「俺は」
「うん」
「いつも飲ませて差し上げます」
「そうね、まさかだから自分も飲ませてとか、言わないでね」

そんな風に冷たく言うと、はあ、と溜め息だか頷き声だか分からない相槌を打ちながら、この人が薬湯の茶碗に目を戻す。
でもさっきの不意打ちの我儘に、まだちょっとドキドキしてるしちょっと怒ってもいるんだから。
甘えたいのは分かるのよ、薬を飲んだ後ならいくらでも甘えていい。
だけど薬を飲む前にあれは駄目よ、ちゃんと協力して、医者の言うこと聞いてくれなきゃ。

「飲んで」
「･･････」
「ヨンア、飲んで」
「･･････」

息を吐いて一気に茶碗の中身を飲み干すあなたの手元、口元を見ながら、飲み終わった茶碗を受け取る。
代わりにその手に手拭いを渡す。
寝室の灯りの下で確認しても、飲み干してるのが分かって安心する。
手拭いを受け取って次に白湯を渡すと、それも少し飲む様子を見せる。
水分は取れるみたい、それならまだ安心できる。
「優秀ですねー。さ、じゃああとは寝るだけ」

私はそう言ってさっき突っ込んだ背中の枕を1つずつ抜いて、臥位を取りやすいように寝台を整える。
「じゃあ、横になってね」
そう言うとこの人は寝台に背臥位に横になる。
さっきまで布団にぐるぐる包まって横臥位だったことを考えると、上を向けるようになった分少しは楽になったのかな。

横になった額に手を当てる。汗が、少し浮かび始めている。
「まだ寒い？」
そう訊くと首を振った。そしてあなたは潤んだ瞳を閉じた。

夜半、寝苦しさに目を開いた。

目を開いた瞬間に覗き込む穏やかな瞳を見つけ、安心で、次に不安で息を吐く。
「汗かいたでしょう。着替えよう、冷えると良くない」
この方がそう言って俺の背に手を回す。
小さな手に背を支えられ、体を起こす。
「イムジャは」
「うん？」

寝間着の胸元の袷紐に指を伸ばしながら、この方が声を返す。
「寝ないのか」
「寝てる寝てる」
「･･････」
どうしてそう、判りやすい嘘を。
「嘘だと思ってるでしょ」
「はい」

この方は俺の寝間着の袷を開き、乾いた手拭いでそっと拭いながら、俺を見上げてふふふと笑う。

「甘いわ。医者の根性を舐めちゃ駄目よ。
どこでも3秒で寝れるようになるし、患者が動いたら反射的に目が覚めるようになるんだから」
「そうなのですか」
「そうよー」

のんびりと言いながら胸元を拭いてくれた手は、続いて俺の寝間着を両肩から下げる。
「寒い？急いで拭いちゃうからちょっとごめんね」
そう言って汗で湿った寝間着を脱がせ、背に小さな手を回す。
押さえるように背骨の溝に浮かんだ汗を拭い取り、素早く新しい寝間着を肩から着せ掛け。
「はい、さっぱり。もう1回くらい着替えるかも。これだけ汗が出たら少しは楽になった？」

そう言いながら脱がせた寝間着を丸めて床に置き、俺の額へと温かな掌を当てる。
「良かった。下がって来てる」
そうなのだろう。この方の指先を先程までのよう、冷やりと感じなくなった。
俺が喉に留まった空咳をすると、この方が心配げにこちらを見遣る。
「喉、つらい？痛い？」
そう言って枕許の油灯を引き寄せ
「ヨンア、口開けて。あーーん」
俺の目の前でご自分の口を大きく開けて見せる。
つられて俺が口を開けると、その中を見ながら
「うーん、赤いけど、そこまで腫れてはいないかな。痰が絡んだりもしてないしね。様子を見ましょ」

そう言って急に俺の袷を徐に解き、胸の肌に直接その耳を当てた。
肌に触れたその感触に驚き身を引こうとする俺に
「待って、大丈夫だから。息吸ってみて？」
その耳の感触を肌に感じつつ息を吸う。
肚にため込むように、丹田に届くまで深く。
「はい、吐いて」
その声に導かれ、細く平らに吐く。
「うーん、特に変な音はしてないけど、聴診器は典医寺にあるからなあ。
明日キム先生が 持って来てくれると思うから、そしたらもう1回ちゃんと聴診しようね。肺炎は怖いから」

咳ひとつでここまで考える方を前に、もう少しだけ独占したい慾と、早く治し熟睡させたい慾と。
二つの慾に苛まれながら、俺は全ての息を吐ききった。

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