康安殿の王様のお部屋には、春の夕日が淡々と射している。
冬ならとうに冷たくなる刻の窓の外、景色は今も白い光の中でぼうと優しく霞んでいる。
その中で王様と大護軍に向かい合い、今回の顛末をお伝えする。
「釣銭の中に、これが混じっていました」
懐から出した贋金を、大護軍へと向かい差し出した。
「店は何処だ」
大護軍が指先で贋金を転がし、表裏を確認しながら問う。
「市の西の川沿い、元よりの小間物を扱う店です」
「ずいぶんな上店だな」
大護軍は息を吐くと、銭を王様へとお渡しした。
「内幣庫で詳しく調べさせますが、間違いないかと」
頷いた王様は同じように銭を確かめつつ、俺に目を遣り
「しかし隊長、大した手柄だ。よくこう早く見つけたな」
畏れ多くもそんなお言葉を下さった。
「自分の成果ではありません」
「どういう事だ」
俺を見つめる王様のお目がすうっと細められる。
「偶然これを、見つけて下さった方が」
「待て、隊長」
俺の言葉を、大護軍が語気鋭く遮った。
「贋金探しの密命が、他に漏れているという事か」
「そういうわけでもなく」
「ではどういうことだ」
苛りとした大護軍の声に、どう伝えれば良いのか。
「銭にはいろいろな模様がある、と教えて下さった方から、お預かりして参りました」
「見つけた御本人は、贋金とは知らんのだな」
「ご存じありません」
あの方、キョンヒ様の言葉に嘘はない。
確固たる理由はないまま、俺は自信を持って断言した。
「ただその方の供が、何かしら気付いた可能性はあります」
お伝えすると王様は静かに頷いた。
「その者の供なら、心配はあるまい」
見つけたのがどなたか、察しが付いていらっしゃるのだろう。
お伝えしながら思い出す。
そうだ、婿入りのためと嘘の噂を流され、キョンヒ様の周辺に出没する、そんな手筈が整っているはずではないか。
俺の言葉が今どなたを指しているのか、御名を挙げずとも王様にも大護軍にもお判りになっているはずだ。
「その方に咎が行くことは」
それだけが心配でお訊ねする。
「それはない、安心せよ」
王様は苦く笑まれ、頷いて下さった。
「かなり緻密に作っておるな。良く見つけたものだ」
銭を指先で弄びながら続くお言葉に
「初めて銭に触れたと、おっしゃっていました」
俺がお返しすると
「成程な、だから楽しくてじっくり見比べ見つけたわけか」
王様はふとお口端で笑まれた。
「まるで子供と同じだな。あの姫らしい」
すっかり春の色に溢れた皇庭は、まだ残る紅白梅と共に白と紫の木蓮、連翹、そして開き始めた桜花に彩られ、まるで桃源郷さながらの眺め。
夕日の中の佇まいは、絵心の無い俺のような無粋者にも筆を持たせたくなる美しさだ。
「驚いたな」
王様へのご報告の後の、美しい春の庭の横。
迂達赤兵舎へ戻るため回廊で俺の前を歩きながら、振り向かんまま大護軍が言った。
「正直、これほど早いとは」
「役目が山積しています。無駄に使う時間は」
「熱心な事だ」
愉快そうに少し声を明るくした大護軍は続いて
「お前が本当に姫とご一緒とは」
からかうように、肩越しに初めてその眸をこちらへ投げた。
隠しても仕方がない。俺は素直に頷いた。
「しかし、お会いしたのは本当に偶然で」
「だろうな、お前の事だ」
愉し気に呟かれても、
「どうする」
そう尋ねられても、答えようがない。
「どうするとは」
「これで市井へ出る必要もない。もう終いか」
大護軍に言われ、初めて気付く。
そうだ。
これで市井へ出て足を棒にして歩き回る必要も、恐る恐るあのお屋敷の塀横を歩く必要もなくなった。
王様へのご報告を終え、後はあの店に官軍が踏み込み、流通経路を御史台兵部が確かめ。
内通者が分かれば刑部がしかるべき処罰を下し、それでこの贋金の一件はすべて終わる。
迂達赤の俺の出番はもうない。
そうだ、これで終わる。
あの姫君の不可思議な言動に振り回されることも、それに頭を悩ませることも。
贋金探しの重い荷は肩から下りた。 婿入りなどの下らん噂もなくなる。
明日から平穏な日々が戻る。この歩みが乱されることもなくなるのだ。
「偶然とはいえ、大きなお力添えを頂きました。明日最後に御礼をしてきます」
俺は言った。
「好きにしろ」
肩を竦め、前の大護軍が歩を速めた。
******
翌朝。
俺はお屋敷の塀の横を歩いていた。
これでお会いするのも最後と思うと、足取りも、軽い。
心よりお礼をお伝えし、そしてお暇を告げて終わる。
今日の明るい陽射しにも負けぬほど、胸中は、晴れやかだ。
これですべての面倒が終わると思えと、本当に。
本当に、足取りは、軽い。
本当に、胸が、晴れやかだ。
添って歩く塀の横、目の前に見えて来たあの張り出た枝の下で足を止める。
枝の若葉の、柔らかな鮮やかな緑の葉影に目を凝らす。
高く明るい声が聞こえぬ事に、胸を撫で下ろす。
明るいチマも、白い丸い笑顔も隠れてもいないと、安堵する。
登って下りられなくなっていたら困る。
王様は、姫様へは咎は行かんと言って下さった。
ましてやご自身の姪御の姫様だ。大丈夫だろう。
あんなに嬉し気に探して教えて下さったのだ。
それが元で何かあれば、到底顔向けができん。
枝の下から歩きだし、塀の曲がり角を目指す。
「迂達赤ぺ・チュンソク、敬姫様への御目通りを願いたい」
曲がり角の大きな門前に立つ衛士へ告げ、取次を頼む。
程なくして門内から、ハナ殿が駆けてくる。
「チュンソク様」
その声に俺は頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。どうぞ中へ」
声に導かれ、俺は初めてお邸の門を超えた。
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ただの御礼のはずが…
素敵な勘違い発動!か?
そりゃあ 愛しのチュンソクさまが
屋敷を訪ねてきたなんて
もう 理由はただ一つ!
もう 姫様 おめめが♥♥ でしょう。
かわいい
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おお…
いよいよ、で、
ございますな。
次の展開が楽しみでございます。
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さらん 様
こんにちは。
何度も心の中で念押しするほど、怪しいわ~~(≧∇≦)
本当に
ぢゃなくて、本当は
寂しいんでしよ
隊長ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
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さらんさん、こんばんは。
桜も咲き始めた日曜日、ゆるやかにお過ごしになれましたか?
今日もお話を拝読させて頂き、ありがとうございます❤
チュンソクの心、微妙に揺れ始めたようですね。
(#^.^#)
振り回されているうちに、気になる存在になっていく…ってえのは、優しい男の性のようなものでしょうか。
すぐ近くで、ウンスに振り回されるヨンを見ていたはずなのに、自分のこととなると…、いや、まさか自分が…とタカをくくっているのか、戒めているのか、ですねえ。
さあ、いよいよキョンヒ姫と再会?
そして、ウンスはどう絡んでくる?
うう…楽しみです❤
さらんさん、4月が近づき暖かくなってきましたが、花冷えの時季でもあります。
ご自愛くださいね。
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
これねー、楽しみにしてたと思います。
こんな風に頑固発動とは、分かっていたとはいえ
チュンソク~~(ノ_-。)という感じです。
しかしオンニも登場、ここからどう動くか。
今暫し、お愉しみ頂ければ嬉しいです❤
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>パイナップルセージさん
こんばんは❤コメありがとうございます
いよいよ、から急転直下、チュンソクの生真面目さと頑固さ
これは仕方ないのかなあ、と。
最終的には、あっと驚く終わりになったらいいなあ・・・❤
今暫し、お付き合い頂けると嬉しいです( ´艸`)
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>mamachanさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ああ、もうここからチュンソク迷走(爆
あっちへ走り、こっちへ走り・・・悩めばいいのだ!
あじゃあじゃ 隊長o(^-^)oで、もう暫しお付き合い頂ければ❤
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>muuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
いや、これはもうチュンソク、覚悟の決断だったのでしょうが
そうは問屋が卸しませんことよ、ホホホ(´0ノ`*)
今日の仕事の忙しさたるや、盆と正月とリオのカーニバルが
一緒に来たような騒がしさでしたが・・・
何しろ、明日が怖いです。muuさまも無理はなさらず
年度末最終日を共に無事に乗り越えられますように・・・!