甘い夜 ~ 恋風・前篇

 

 

【 甘い夜 ~ 恋風 】

 

 

庭に面した宅の廊下、密やかな笑い声が風に乗り耳へ届く。

厨の中に共に立つタウンとあの方。
小さくしきりに話し込む二つの声が扉を抜けて来る。

真冬というのに、まるで春のように暖かい昼。
あの方の声を運ぶ風に髪を乱されながら立ち止まる。

タウンはあの方の声の切れ間に、静かに相槌を打っている。
話の中身までは聴こえない。あの方にしては珍しい。

つまりはこの耳には入れたくない話という事だ。

何を企んでおられるか。
足音を忍ばせ気配を殺し、廊下を居間へと静かに進む。

 

「ヤックァ、ユミルグァ、タシク・・・おいしいだろうけど、地味よね?」

おいしいのは分かってる。伝統菓子は21世紀にも売ってたもの。
指を折りながら、思わず考え込む。

確かにおいしいとは思うわ。未来みたいに、お店に行けば好きなものが買えるような時代とは違う。
分かってるんだけど、やっぱりあの頃のチョコレートと比べると地味に感じてしまうのは仕方ない。
伝統菓子って、伝統茶とセットってイメージも強いし。

「どのようなものがお好みですか、ウンスさま」
タウンさんが私の言葉に、考えるように問いかけた。
「うーん・・・甘くて、きれいで、可愛いものがいいの」

だってあの人へのサプライズなんだもの。初めてのバレンタインよ。
ちょっと変わったものをあげたい。
私が作れば喜んでくれるとは思う。
昔の馬鹿男みたいに、黙って作って喜んで尽くしてるうちに調子に乗って、他の女のとこに行くような人じゃない。
だけど、だからこそ驚かせたいって思う。

「茶食でしたら、市に茶食盤があるかと。
それともコムに伝えて、お好みの模様のものを拵えましょう」
「あ、ねえねえタウンさん、干しておいた杏まだ残ってる?」
「勿論です。金柑も榠樝も黒苺も砂糖漬けにしてありますし、干し柿もあります。
美しいものなら、季節外れですが干しておいた菊花や塩漬けの桜花を使う花煎はどうでしょう。
本来は躑躅で作る節日食ですが」

タウンさんはそう言いながら、厨の隅の裏口の横、冷えた一角にある壺のフタを順々に開けてくれる。
小ぶりの壺の中には、砂糖漬けになったフルーツが並んでいる。
そして次に壁に取り付けた木の棚から紙包みを取り出して開いて、中の杏や柿や、菊の花を見せてくれた。
最後に調味料入れの横から小さな壺に入った塩漬けの桜のフタを静かに開けて、タウンさんが心配そうに声を掛けた。
「これでは、いかがでしょうか」
「すごい!どれもおいしそう」

タウンさんが並べてくれるバレンタインのメニュー候補に、うっとりと見惚れてしまう。
そうよ、チョコレートは無理でも、いろんなものを詰め合わせてもいいわよね?

「小麦粉は手に入りにくいのが分かってる。だけどその分米粉があるわ。
そば粉もある。中にフル・・・果物の砂糖漬けを入れてクレープにして、可愛くラッピングするのはどう?
あ、ジャムを作って巻いてもいいかも!フランスなんかではそば粉のクレープってメジャーだもの。
もし寒天が手に入るなら、フルーツゼリーもいいかなあ。
寒いからすぐ固まるし、贅沢に高麗青磁の器に入れてもいいわよね?
クレープは繍房のオンニにお願いして、胡服や韓服の端切れをもらって、紙の上から結んでも可愛いと思わない?」
「わざわざ、端切れでですか」

興奮しすぎて現代語が混じっちゃったけど、タウンさんには伝わったらしい。
ただしラッピングの概念はないのね。
「そう。そうすればあの人も大きな包みじゃなく、1本だけ持って歩きながら食べられるじゃない?お裾分けもしやすいだろうし」
「ウンスさま・・・戦の折ならともかく、大護軍が何かを召し上がりながら歩くとは考えにくいですが・・・」
「え?」

タウンさんの控えめな声に思わず声が上がる。
そうなの?軽食を食べ歩くのは韓国文化だって思ってたのに。
でもいいわ。食べ歩かないのは構わない。
とにかく、可愛くバレンタインのスウィーツが出来ればいいのよ。

「じゃあ作りたいの。それでね、タウンさんの提案に甘えてもいい?」
両手を合わせて首を傾げると、タウンさんはオンニみたいに笑いながらうんうん、と頷いてくれた。
「さっき言ってくれたタシクパン。コムさんに、お願いしたい形があるの」
「勿論です」
「嬉しい!じゃあ待って、ちょっと書いてくる」

厨の扉へ走って行って、急いでそこを開ける。
居間に走り込むとテーブルの上に出ていたあの人の墨壺と紙を借りて、私は筆でその紙に大きなハートを書き始めた。

 

甘い物の相談なのは判った。
薬菓、油蜜菓、茶食、花煎。更には蜜漬けの柑橘や苺、干し杏に柿。
くれーぷ。じゃむ。ふるーつぜりー。それは恐らく天界の甘味だろう。

聞いているだけで頭の芯が痛むほどに甘そうだ。

その時あの方が厨の土間の床の上、ぱた、と走り出す音を聞く。
そのまま一足飛びに扉前を離れ、振り向かぬまま居間を出る。

甘い物。何故突然、甘い物の話だ。
ご自身が喰いたいならば判る。幾らでも手に入れて来よう。
拵えると言うなら、必要な材料は手を尽くして探して来よう。
しかし何故突然、俺の名が挙がるのだ。まるで当然のように。

廊下を寝屋へと戻りつつ首を捻る。
ご自身だけで喰うのが淋しいか。それなら幾らでも付き合う。
ただ一つだけ。

俺は甘いものが得意でないと、あの方はご存じだろうか。

立ち聞きしたのが仇になったか。
廊下を歩きつつ、離れていく居間の扉へと振り返る。

何を考えておいでなのか。隠している以上どう探るのか。
苦手だと断っても良い物なのか。

砂糖漬けの甘味を出される前から、額に冷や汗が浮かぶ。
悪戯心など起こして、あの方の声を立ち聞きした罰か。

春の強い風が吹き抜ける廊下を寝屋へと戻る俺に、次はあの方の明るく楽し気な声が確りと届く。

「タウンさん、こういう形なんだけど、出来そう?!」

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    さらんさんヨンのイメージからして、確かにという感じですが、ウンスは、かなり甘々スイーツ計画中みたいですね。
    明日のヨンが楽しみです。
    私も只今、高麗にありそうな材料選びながら、冷蔵庫で寝かせております。
    ヨンに食べさせたいスイーツ、2品。
    一つは、さらんさんと同じ形のようです。
    今日、型を手に入れてきました。
    リアルでもこんなに夢中になったことがないバレンタイン。
    なにを張り切っているのやら。

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    あら~ ヨン 甘いの苦手なのね。
    でもでも~ 気持ちの問題だから
    ここはひとつ 素直に受けっとって~
    ( ´艸`)
    まあ 全部を知れば きっと嬉しいはずよね
    ここはしばし辛抱を! 

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    さらんさん♥
    自分でチョイスしたチョコがあまりにも美味しくて、職場に持っていく前に食べつくしてしまったのは、私です。
    そんな情けない私にまで、甘いお話をお届け下さり、ありがとうございます♥
    職場の輩ではなく、さらんさんにCHOCOLATEをお渡ししたいくらいです。
    ウンス手作りのバレンタインスイーツ…(#^^#)、甘いものが苦手なヨンは、どう切り抜けるのでしょうか。
    無理して食べるか、貰えどもそのまま隠すか…。
    断ったり、誰かにあげたり…ということは、絶対にしないでしょうから、ウンスと一緒に食べるとか?
    いや!いやいや、違いますよね。
    簡単に終わらないのが、さらんさんのところのお二人。
    さあ、どんなスイーツができるのか、そしてヨンはどうやって受け取るのか、どうなのか…(^_^;)。
    いずれにせよ、華やかなお菓子が見られそうですし、ヨンの苦い顔(ウンスに隠れて)も味わえそう(#^^#)。

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    おはようございます。
    さらんさん❤
    秘技[甘い夜]
    書いてくださったんですね。
    ありがとうございます(^^)
    今日は、忘れ物をしないで、
    過ごせます(笑)
    悪戯心を起こして、立ち聞きした罰です。ウンスの愛を受けとりましょうね。ヨンさん~(笑)

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