2014-15 リクエスト | 碧河・2

 

 

「はい」
私の前に腰を下ろしていた店主が椅子を立ち、深碧の目の彼女の元へ歩み寄った。
「大食国より、お約束の薬草を持って来ました」

そう穏やかに話す彼女に、店主は嬉しげに頷いた。
そして後ろの卓に、未だに腰掛ける私に目を移し
「丁度良かった。ご紹介いたします」
そう言って彼女を伴い、私の腰掛ける卓までやって来る。

「こちら、皇宮の典医寺で王様の侍医をされていらっしゃるチャン・ビン先生です」
彼女は卓の椅子から立ち上がった私に、静かに頷いた。
「チャン先生、初めまして。私はリディアと申します。大食国より参りました。お会いできて嬉しいです」

そう言ってゆっくりと頭を下げた。それを受け、私も礼を返しながら
「チャン・ビンです、お会いできて光栄です。大食国の医官と伺いましたが」
問いかけると彼女は頷き
「ええ。といっても、チャン先生のような王様付きとは違います。
ただ今回運んできた薬草は、うちの畑で作っているものなので」
「そうでしたか」

リディア殿のお話を伺いながら、私は頷いた。
女人の身で大食国から船に乗り込み、数週間の旅をするのは並大抵のことではないだろう。
自身の薬園で収穫した薬草を運ぶと言うだけで、それほど過酷な旅をする理由になるのだろうか。
この胸に小さな疑問符が浮かぶ。

そしてもう一つ、この高麗語の滑らかさ。
これ程に滑らかに異国の言葉を操れるようになるには、相当の年月が必要なはずだ。
私自身が父に連れられ異国を彼方此方と回ったからこそ分かる。

「リディア殿は、高麗語はどちらで」
世間話のよう、当たらず障らず切りだすと
「碧瀾渡と貿易をしていた兄より、教わって来ました」
その声に薬房の店主が
「ほう、兄上が貿易商でしたか。何方の店でしょう」
そんな風に話に加わって来た。

その問いになぜかリディア殿は、少し逡巡した様子を見せた。
「いえ。もうかなり昔のことで、その店も残っていません」
そう仰り、首を振った。 不自然な処はない。
これほどに貿易商の出入りの激しい港町だ。
新しい店は大きな市の度に立ち、市の終わりと共に閉じる店も幾つもある。
しかし何かが引っ掛かる。それならそう言えば良いものを。
店主も特に気にした様子はない。
私だけが釈然とせぬまま、リディア殿の様子を眺めるともなく眺めた。

 

******

 

「お帰りなさい、チャン先生。どうだった?」
碧瀾渡の薬房を辞して馬で二刻ほど駆け抜け、皇宮へ戻り典医寺へと入ると、医仙が我々を出迎えて下さった。

「戻りました。相変わらず素晴らしい品揃えでしたよ。医仙も機会があれば、ぜひお出掛け下さい」
私が穏やかにそう言いつつ薬員の負っていた荷を受け取ると、医仙はその荷を興味深げにじっと見つめる。
「そうね、行ってみたいな。隊長に聞いてみる」

その声に頷きつつ、私は荷を机の上に広げ、順に仕分けをする。
横には、戻った私の姿を見つけたトギが付く。
薬草を持ち上げるたび、これは何だ、どう使うのだ、どこへ植えると訊きながら薬園の配置を案じている様子だ。
薬効を添えて伝えながら、荷の中の薬草や種を渡し終える。
ようやく終えたと息を吐き、外出中の患者を確認するために治療室へと戻った。

患者のいない治療室の長閑な様子を見て取り、留守を守った医官を呼び留めて
「留守中はどのような患者がいらした」
そう訊ねると、医官は穏やかに首を振り
「特に患者はいらっしゃらず、迂達赤の隊長が医仙様に会いにいらっしゃいました」
それだけ言って微笑んだ。いつものことだと私は頷く。

「隊長に特に変わったご様子はなかったか」
「お見受けする限りは、御座いませんでした」
何よりだと息を吐く。
あの事起こしの御二人に何もなければ、基本的に典医寺は穏やかなのだ。
私はそんな思いに懐手で苦く笑んだ。

 

*****

 

「ねえねえ、チャン先生?」
そう言って医仙が扉の影からそのお姿を現したのは、碧瀾渡への外出から数日経った頃だった。
「はい」
机の上の書物から目を上げて返答すると、医仙は嬉しげに声を弾ませながらおっしゃった。
「こないだ言ってたでしょ、碧瀾渡のこと」
「ええ」
「実はねえ」
頷く私に何故か頬を赤らめながら、医仙はうふふと笑われる。

「今日、もう一度付き合って欲しいんだけど、駄目?」
「・・・付き合うとは、碧瀾渡へですか」

先日出掛けたばかりだ。特に買い足すべき薬草もないがと怪訝に思いながら、医仙へと問い返す。
「うん、そうなの」
そう頷いた医仙は、少し恥ずかしげに
「隊長と一緒に行くんだけど、薬草を見に行きたいって言ったから。
そこを覗かないのもおかしいし、でも見てもよく判らないものも多いし。
チャン先生が一緒に来てくれれば、安心かなって・・・」
「つまり早い話が私を口実に、隊長と皇宮外で逢引されたいと」

私が苦笑いしながら要約すると、医仙は
「え、そんな事はないんだけど・・・」
と、首を振りながら否定する。

いえいえ、そんなことはあるでしょう。
さて、今日の当直の医員は誰だったろうか。
医仙と侍医、二人とも典医寺を空けるならそれなりの準備が必要だ。
私は席を立ち、診察室へと歩きだした。

 

快晴の朝の川面を渡る風はまだ暖まらず、それに頬を撫でられると微かな痛みを感じる程冷たい。
それでもやはり、心地は良い。

先日も訪れた碧瀾渡の市を、医仙と、そして隊長と共に歩いていた。
医仙は大層機嫌よく、あちらこちらの店先で足を止めては店の品を覗き込み、感嘆の声を上げていらっしゃる。
少し離れて見ている隊長を振り向いては、手にした品を見せびらかすよう髪に当てたり、顔横で振って見せたり。
隊長は少し戸惑った様子で口の中で篭った返答をされたり、微かに顎で頷いたり、僅かに首を振ったりしている。

「医仙。もうそろそろ、薬房へ」
医仙の品定めにももう十分付き合ったと判じたのだろう。
隊長がそう言って医仙を急かし始めたのは、市に入ってからおよそ一刻程が過ぎた頃だった。
「えー、まだまだ見足りないのに」
医仙の不満げな声を訊きながら、私もそろそろ潮時かと隊長への助け舟を出す。

「医仙、典医寺もあまり空けておけません。
二人共に留守の間に急の患者が来れば、残してきた医官だけでは手が足りないかもしれませんから」
二人揃っての説得に、医仙も渋々と言った様子で頷く。
薬房へ足を向ける道すがら、諦めきれぬのか道の脇へと寄りがちな医仙に、隊長が息を吐く。
「これ程に買い物がお好きとは」
その微かな溜息を耳にしながら、私は密かに下を向いて笑いを堪える。
「私には寧ろ、医仙にここまで付き合う隊長が驚きです。
真直ぐ強引に薬房へお連れするかと思っておりました」

からかうような声の響きを感じ取ったか、隊長は眉を顰めて斜めを向いた。
それでもその視線の先に医仙を見ている事には変わりない。
良いことだ、と私は心の中で笑む。
視線の先が定まるということは見たいと欲があることだ。欲があるとは生に執着することだ。

もうこの隊長の心が闇に沈む心配はないだろう。少なくとも、医仙が傍にいらっしゃる限り。
私たちは少し速度を落とし、医仙が市の人波に紛れぬよう注意しながら、薬房への道を辿る。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    見てて飽きないでしょうね~ウンスの姿。
    チャン先生も とんだことで…お気の毒
    だしに使合われるとは… ふふふ
    謎の リディア殿…
    さてさて 続きが楽しみです。

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    深碧の目の彼女と、これから、どうかかわって
    行くのか楽しみです。
    チャン先生、幸せになって欲しい!
    そして、さらんさん、アメンバー承認、ありがとうございました。もう、本当に嬉しいです。
    もったいないので、少しずつ、ゆっくり味わいながら読ませて頂きますね。

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    >かよさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    こちらこそ申請ありがとうございました。
    いろいろお楽しみ頂けると嬉しいです。
    チャン先生は、此度こそは幸せにw
    お題と期待に添うよう、頑張ります( ´艸`)

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    まあ、飽きないのはヨンくらいのものでしょうw
    チャン先生は、大人対応できそうですが。
    これも4話とはいかぬまでも5話くらいで纏まりそうです。
    暫しお付き合い頂ければ・・・(*v.v)。

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    チャン侍医の心配事の一つ、ヨンの生き方。
    ウンスと出会って、生への執着を持った姿を見て、心の重みを1つ外すことが出来たかしら。
    心配事が一つ減れば、その空いた隙間に自分を見つめる心が入る事が出来ればいいな。

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    このお話は時期的には丁度ウンスが酔っぱらって
    チャン先生に隊長への気持ちを告白する前後を
    設定していたのですが・・・
    で、リク話の中ではチャン先生は、ウンスに対しては
    良き友人であり相談役、という設定なのですが。
    むしろそちらの方が難しいんだなーと、書きあげて思いました。
    何はともあれ、書きあがってよかった。
    ヨンで頂き、ありがとうございました( ´艸`)

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    >トマトさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ふふふ、裏山・・・と字面を見て、なんだか秋の紅葉の風景の
    皇宮あたりの裏山を思う私でした・・・すみませぬσ(^_^;)

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