2014-15 リクエスト | 輪廻・6

 

 

「ユ・ウンスさん」

病院の退院手続きのカウンターで後姿を見つけ、俺は足早に近づき静かに声を掛けた。
「・・・刑事さん」
呼びかけるとユ・ウンスは肩越しに振り返り、俺を認めると心底嫌そうに呟いた。
「キム・テウです」
「は?」
「刑事さんではなく」
「刑事でしょ、職業は」
その声に肩を竦めて笑う。確かにそうだが。
「ではユさんの事は、これから女医さん、と呼びますか」
「呼ばなくていいです。お話することもないです。だからもう二度と来ないで下さい」
「申し訳ないが」
俺は、そのユ・ウンスの言葉に頭を下げた。

「そういうわけには行きません」
「なぜ」
その尖った声、真っ直ぐこちらを睨む目を見返す。
「今回の誘拐事件の被害者ですから」
「捜査に協力するつもりはありません」
「ユ・ウンスさん」
きりきりしたその声を遮り、静かに伝える。

「今回の立て籠もり及び誘拐事件は、親告罪ではないんです」
その驚いたような顔に、心のどこかが痛む。
捜査について素人である彼女に、ここまで言いたくはないが。

「どうやら、ああ言えばこう言うタイプの方のようなので。さすがドクターだけあって、弁も立ち頭も良さそうだ。
ただ申し訳ないのですが、警察は事件の関係者であるあなたにお話を聞かせて下さいと、お願いしなければいけないんです。
関係者の証言、防犯ビデオの映像、その他の証拠品から事件性は十分に立証されます。
再発を防ぐため、あなたの起訴の意志とは別に、事件について警察は知る義務があります。
それに関し、協力をあなたにお願いする正式文書をお持ちすれば、ご協力頂けますか」

カウンター前で正面から睨みあい会話を交わす俺たちを、周囲の人々が怪訝そうな顔で見ながら通り過ぎていく。
これ以上ここでの会話は良くない。
そう判断し、さりげなくユ・ウンスの右横へ回ると
「少しお話しできませんか、別の場所で」
そう言って床に置かれた彼女の荷物を持ち、その背をそっと押した。
彼女は初めて睨むよう真横で俺を見上げ、そして足を止めた。

その背が固くなるのを感じ、目線を彼女の顔に戻す。
「どうしました」
その顔が青いのを見て
「失礼」
急に触れたことでの不快感か。そう思い背から手を離す。

「・・・キム・テウさん」
「はい」
「あなたの、その」
その後は言葉すら続かないのか、彼女は指で自身の左眉を指した。
「ああ、これは職務には関係ありません。生まれつきなんです。バースマークですね。何か」

それほど目立つものではない。左眉に沿い並行に走る、うっすらとした傷なのに。
「目立ちますか」
そう訊くと、ユ・ウンスは頷いた。頷いた後に黙って歩き始めた。

逃げるつもりはなさそうだ、少なくとも今は。
そう判断し、彼女の後ろについて歩きだす。
好きなところへ歩いてもらおう。足を止めるまで。
そう思い歩き続けたが、彼女が足を止める気配はない。

病院を出て、車を止めた駐車場を過ぎ、江南のビル街を彼女は真っ直ぐに進む。迷いない足取りで。
「ユさん」
俺は斜め後ろから声を掛ける。声は返らない。
「ユ・ウンスさん」
徹底無視か。それも良い。

歩き始めてしばらく経ち、彼女の目的地が朧げに分かる。
まさかCOEXか。何故。

捜査の定石から外れたユ・ウンスのその行動に首を捻る。
通常であれば被害者は、事件現場には近づきたがらない。
いやまだ分からない。COEX付近に別の目的地があるのか。
そう思いながら、後ろをついて行ったが。

しかし次に彼女が足を止めたのは、やはりCOEXの前だった。
「ここで」
彼女がそう言った。独り言のように。
俺は声を掛けずに、斜め前の彼女の背中を見つめる。
何を考えている。ユ・ウンス。

「初めて逢ったの」
容疑者の事を言っているのか。とてもそうは聞こえない。
とてつもなく大切な出来事を告白するようなその震える声は。

考えられる可能性は、ストックホルム症候群か。
人質に取られる、監禁されるなどの状況で発生する、犯人に対する好意や同調、そして警察に対する敵意。
しかしあれは、監禁下という非常事態に適応し、生存率を高める為の自己防御の欺瞞心理反応だ。
通常解放された後には、その親近感や好意は通常なら嫌悪感や敵意に転化する。

ユ・ウンスが戻って約1か月。その間も容疑者に対しての好感情が継続するなどごく稀だ。
ましてユ・ウンスのような知的水準の高い理性的な人間にそうした感情が発生、持続するとは考えにくい。

何なんだ。全く分からない。

「あなたに今日会って、一つだけはっきりしたことがある」
「・・・何ですか」
恐らく俺に話しているのだろう、そう判断し声を返す。
彼女は振り返らず、真っ直ぐCOEXを見ながら言った。

「あの人にはここでは、もう逢えない」
「容疑者の事ですか」

ユ・ウンスは何も答えない。答えないままただ肩を震わせる。

こことは、COEXの事か。
容疑者は現場には戻らない、そう言っているのか。
「会えないと思う根拠を、聞いても良いですか」

その問いに、彼女はゆっくり振り向いた。
振り向いて、俺を真っ直ぐに見て、涙声で言った。
「ここに、いるから」

何なんだ。彼女は何を言いたいんだ。分からない。
その顔を見つめ、返す言葉もないまま、眉を顰め溜息をつく。

 

 

 

 

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20 件のコメント

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    いつも楽しみにしています(^^)
    今回のお話最初はどんな展開になるのだろう?と思っていたけどだんだん少しずつ予想出来るように?なって来たけどその分辛く切ない気持ちになりました。本当はどうなんだろう^^; 続きを楽しみにしていますね。

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    さらんさん、今朝もドキドキのお話をありがとうございます。
    ヨンが全く登場していない本シリーズなのに、常にヨンの存在を強く感じるのは、ウンスの思いの深さと切なさ、それにさらんさんの筆のチカラ故でしょうね。
    そして、まさかの展開!
    このキム・テウ刑事が、ヨンの生まれ変わり…?
    どれほど深い縁(えにし)があろうと、高麗での記憶を持っているウンスにとっては、愛する人はヨンだけ…でしょうね。
    ああ、天門が開くかどうかを知るのは、さらんさんのみ。
    今晩もきっとドキドキです。
    さらんさん、今日は良いお天気になりました❤︎
    週半ばでお忙しいと思いますが、お互い頑張りましょうね!

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    さらん 様
    こんにちは。
    気がつきましたね。
    でも・・・
    『邂逅』で劉先生が語った言葉があまりに重く
    (ノ_-。)
    キム・テウは未来のチェ・ヨンではありません。
    自らの一度きりの人生を生きる、キム・テウという男とユ・ウンスという女。
    その人生の交点は出来ました。
    ここからは、さらん様の筆の見せ所ですね
    ( ̄▽+ ̄*)

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    ウンスは,キムテウ刑事の前世がヨンだと眉の傷で気がついたんですね。
    同じ場所に二人はいられないという事なのかな。
    ウンスが行く事が出来ないなら,ヨンの方から迎えに来て欲しいけど,天門が開かないとどちらにせよ無理だし・・・
    どういう展開になるのかドキドキです(><;)
    ちなみに,この刑事さんにはモデルはいますか?

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    さらんさんが泣きながら書いていらっしゃるとのことでしたが私も読みながら辛くてウンスが可哀想でなんとコメしたらいいのやら悩んで何もかかずにいて申し訳ありませんでした。
    ソンジンの時には天門が開くと信じていたから彼を受け入れることはありませんでした。
    でももう戻れない、戻っても亡くなっているという絶望感の中にいるウンス。
    そしてヨンの生まれ変わりだと確信した男性が側にいる。彼女の心がどうなるのか知りたいような、でも心配でもあります。一番最初に既に4年も経過した設定になっていましたね。
    4年間絶望のままに一人ぼっちでいたのか…
    不安ながらも続きをお待ちしています。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    どうなのでしょう。訴えているのかな。
    そして今回、そこまで突っ込んで書くかどうか・・・うーん、です。
    ウンスは、きっと一人の時は泣いているでしょう・・・
    でも笑顔に隠すのが上手な人なので。
    難しいところですσ(^_^;)

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    >のりちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    おお❤予想妄想大歓迎です❤
    その通りに行っても行かなくても、想像の余地のある、
    余白多めのお話を目指すさらんです(*v.v)。

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    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    気付きましたね・・・うーん、ここからかな、という気もしなくもないですが。
    どういう道を選んでも、楽しさも苦しさも自分持ち。
    人生一度です。楽しんで頂きたいです(;^_^A

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    >まろんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    どう話すのか、そもそも話すのか、話さないのか。
    そしてただ一つだけ言えるのは、人生は選択の連続だヨン、とσ(^_^;)

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    門は今まで、余りに簡単に開いて来たと思います。
    勿論理由があって開いたのでしょうし、くぐる潜らないの
    選択肢は、何時でもあったと思うのです・・・
    何方の選択であれ背負うのは自分だなーと。
    今回はNo ifs ands or butsなお話ですね。
    仮定も、言い訳も、後戻りも駄目(;^_^A あちゃーですw

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    >mamachanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    邂逅はあくまでリク話なので、今回のウンスは
    あの時のウンスとは別人です。
    言われたこともなく、劉先生やソンジンとの再会もなく。
    そんな状況で、出す答えは同じなのか違うのか・・・
    というより、同じようなお話を何度も書くのは
    野暮だなあ、とさらん本人が思っているので、
    当然結末は、全くカラーが変わるかと思います、はい(;^_^A

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    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、どんなに運命でも、条件が整わなければ
    運命も阻む大きなものはいくらでもある、ということかもしれません。
    だからこそ、多岐にわたる人生の選択を、一つでも違う方に進めば
    その人生の万華鏡に見える絵は、どんどん変わっていくのだなと。
    うーん、今回はいろいろ考えます・・・
    あ、モデルはいます。いるのですが、今回は皆さんの脳内で
    最上級の良い男を想像し、お楽しみ頂ければと( ´艸`)

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなんです。あの【吾亦紅】は、まず本編ありきのお話だったこと、
    そして離れ離れの間の骨子に対して、肉をつけるだけでした。
    今回はパラレルリクで、この一編限りの全く別設定。
    【吾亦紅】の時間を通ったうえで、別の世界に紛れ込んだウンスたちのお話です。
    だからウンスは、眉の傷から気付きはしましたが
    この後の対応や反応がどうなるのか・・・
    最後までヨンで頂き、伝われば嬉しいです(*v.v)。

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    今までのも、いろんな興奮や、
    ドキドキありましたけど、
    今回が、一番今まで経験しなかったような
    ドキドキ感と、表現できない予感の
    切なさみたい?なの感じてます。
    ウ~まとめて、早く読みたい!!!
    めっちゃクチャ、楽しみにしています。

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    >yokoさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、これは初めて「ヨンの不在」を前提に書くお話なので・・・
    もう少しだけ、お付き合い頂けると嬉しいです( ´艸`)

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