2014 Xmas | 紫苑・3

 

 

「とにかく邪魔が入らないうちに。私はソヨン。あんたは?」
「・・・ソンジン」

障子越しの白々とした日差しの明かりの中。
ソヨンと名乗ったこの女は呟く俺の声を聞き、少しばかり目許を緩めて頷いた。
「ソンジン。じゃあ私は支度があるから行くわ。
かなり出血してたから、絶対に無理はしないで。
悪いけど衣を渡すわけには行かない。着れば出ていきそうだからね。
とにかく私が良いというまではここに寝ててもらうし、薬湯も飲んでもらう。良いわね?」
「ふざ・・・!」
そのソヨンとかいう女の声に大きな声で抗議をしかけ、襲った鈍い痛みに俺はそのまま口を閉じた。

肩で息を継ぐ俺を見るとソヨンの手が伸びてきた。
俺はその手を払い除ける。
「触れば斬る」
「あら怖い、怪我人なのに脈も取らせてくれないの?」
「行け」
「はいはい、分かったわよ」
そう言って肩を竦め、ソヨンは立ち上がった。
障子戸まで進み、最後に振り向くと
「出て、行かないでね。約束して、お願いだから」

そう言った目を何処かで見た気がして、俺は何も言わず布団の上に倒れ込んだ。
その姿を見て安心したようにソヨンは笑み、静かに障子戸を開くと向こうへ消えた。

ソンジンと名乗ったあの人の部屋を出た途端、廊下にいた下働きの女が纏わりついて来た。
この女、どこのお偉いさんにもらったんだっけ。もう一々覚えてもいない。
「ソヨン様、早く湯浴みを」
「分かってる」
「牧事様のご子息は、赤より碧のチマがお好みです」
「だから何よ」
「ノリゲには刃物のついたものはお避け下さい」
「ノリゲについてなくたって、持ってく治療の道具箱は刃物でいっぱいじゃないのよ、馬鹿らしい」

そうだ。
私を抱いている時に、後ろから盆の窪でも突いて殺してやりたいほどよ、どの男も。
「もう時間がありません。化粧も、カチェを整える時間も」
「分かったから、用意しておいて」
私は廊下を湯浴み処へと進みながら言い放った。

次に目が覚めると、辺りは薄暗かった。
何故目が覚めた。
そう考えた瞬間に障子向こうの気配に跳ね起き、障子戸を僅かに開けて庭を伺う。

ソヨンという女が昼より一段と装って、傘を差し掛ける家人の先導で歩いて行く。
昼よりもなお艶やかな、濃い化粧にチマチョゴリ。
宵闇を従え、月光に照らされ、庭を進んで行く。

この部屋前でその足が止まった瞬間、俺は音を立てず障子の影に隠れた。
ソヨンは隠れた俺を知っているのかいないのか、本当に小さな掠れ声で
「行かないでね。約束して」
そう呟き門を出て行った。

姿が消えたのを見届けてから障子戸を開く。
中空に上がる月が冴え冴えと光を投げかける庭。
一緒に月を見たはずだ。あの時とさほど変わらぬ月の形。
なのに、お前だけがいない。

紅い髪、細い肩、小さな手、俺を呼ぶ声。
あの瞳だけが横にない。

ウンス、どこにいるんだ。 俺は此処にいるのに。
片手で両の蟀谷を抑え、胸に溜まる息を吐く。
この息と引き換えにしても、お前に逢いたい。
逢えた次の瞬間に、事切れても構わないから。

 

*****

 

ソヨンという女が屋敷に戻って来たのは、じき夜が明けるほど白々とした空の頃だった。
庭に入って来たあの女は白粉の匂いと共に明らかに酒と、そして男の匂いを振り撒いていた。

「あれぇ、ソンジン。起きてちゃ駄目じゃない」
障子戸を開け放ち空を見ていた俺に目を止め、ソヨンは此方に寄って来た。
「寝る」
俺が立ちあがり障子戸を閉めようとしたその時。
ソヨンの足元はぐらりと揺れ、そのまま庭の地べたに尻もちをついた。

そのままの姿勢で、酔ったソヨンがくくく、と笑い出す。
その声はすぐに大きくなり、ソヨンは地べたに座ったまま
「あはは、あははは」
と、腹を押さえ、笑い始めた。

何なんだ、この酔った女は。
その醜態をそこへ置いたまま、俺は障子戸を閉めた。
ソヨンが笑いながら立ちあがり廊下に座る影。
それが明けかけた庭の空の光に照らされ、障子にぼんやり映っている。
「ねええ、ソンジン」
ソヨンの声が障子向こうからかかる。
「私、優秀な医女だからねぇ。宮中の医女訓練も受けたから。腕だって悪くないから。
ここで呼ばれるのは、お偉いさんのお屋敷ばっかりなのよぉ」
返事は要らぬのか。酔声のソヨンは話し続ける。
「奴らが言うの。医女として良くやってるな、頑張ってるな。すごいでしょぉ」
「・・・ああ」
俺は障子の此方で渋々言った。
でなければこの酔いどれは延々と話し続けそうな、そんな気がしたからだ。

「治療の褒美に共酒を許してやる、良くなった褒美に抱いてやろうって。
両班の官職の、お偉い旦那様が言うわけよ。
子ができぬよう、医女なら知っているだろうって。
また来いって、呼び出すのに金も物も宝玉もくれる」

障子の向こうのその声に、布団の上で俺の動きが止まった。

「ねえぇぇ聞いてるのぉ?」
俺は静かに返答した。
「・・・ああ」
「聞いてるなら開けてよぉ」
それには返答せず、俺は天井を睨んだ。
「こんな私だからあんたは触られるのが嫌なのぉ?だから斬るとか言ってるのぉ?」
「・・・違う」

あの時そんな事は知らなかった。
ただウンス以外の女に触れられたくない。
ウンスが初めて俺の脈を取った時に感じた何かを、他の人間に邪魔されたくない。
それだけだ。それをこのソヨンに伝えてどうなる。
俺は黙ったまま、天井を睨み続けた。

「そうじゃないなら、脈くらい診せてよぉ。そうじゃなきゃ、ちゃんとした処方も出せないわ」
「・・・酔いが醒めれば診ろ」
酔払いをあしらう為にかけた声。
次の瞬間もの凄い勢いで開いた障子戸に驚き、布団の上で肘をつき半身を起こす。
「何だ」
「本当?」
廊下に腹這いのまま、ソヨンが障子を開けていた。
俺を見るその目は大きく開き、嬉しそうに輝いている。
「本当に酔いが醒めたら、脈診をしてもいいのね?」
「・・・ああ」

一度口にした以上翻せない。頷くとソヨンは嬉しげに大きく笑った。
「良かった、これで大丈夫。絶対に治すから任せて。
湯浴みして、酒を抜いて、ちょっと寝たらすぐ戻る。
だから、どこにも行かないでね、約束して」

俺に真っ直ぐ目を当てて、ソヨンは言った。
「約束、してね」
「早く寝ろ、酔払いが」
返した声にソヨンはあははは、と笑うと
「もう飲まない、患者がここに居る間は」
そう言って障子を静かに閉めた。俺は布団の上、起こした半身を戻す。

「お休み、ソンジン」
最後にかかった障子向こうの声に、俺は無言で目を閉じた。

 

 

 

 

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22 件のコメント

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    ソンジンはいつの時代に辿り着いてしまったのでしょう。
    「宮中で医女訓練」と聞いたら李氏朝鮮かと想像します。
    ヨンが存在するからウンスの元に行けないのか、行けたとしてもヨンがいる。
    難しいですね。
    ソンジンに幸せになってもらいたいのですが…
    まだ続きを読めるのが嬉しいです。ありがとうございます!

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    ソヨン、皇宮で医女の訓練を受けたの?
    なぜキーセンに?
    はたして、ソンジンは、ウンスちゃんに会えるのかな?
    ???
    どうなるの?ワクワク(^^)

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    メリークリスマスさらん様(≧▽≦)
    ソンジンに再び逢えたのが嬉しくコメントすることすら忘れ…
    ソンジンが居るのはどこ?内禁衛ってことは…もごもご(;・ω・)
    ソヨンって、もしかして?
    あぁ続きが気になって仕事手につかず使い物にならないかも知れません
    ありがとうございます♪
    素晴らしいクリスマスの一日になりますように♪

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    あ~ 切なくなってきました。
    ソンジン あなた そこまで
    ウンスに惚れちゃってたの~。
    さらんサンタにお祈りしましょう。
    せめてちょっとでもいいから
    ソンジンと ウンスをあわせてあげて~
    (。-人-。) いつか 叶いますように。

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    ソンジンは脈診されたら,ウンスの時の様に,ソヨンに何か感じるのかな~ウンスの前世なら。
    朝鮮王朝時代っぽいですね。
    その時代の医女が酒宴の席に出る話をドラマで見た事あります。
    今後,ソンジンは違う時(時代)にいる事を認識するのでしょうか。
    さらんさん,無理に3話位におさめなくても,読み手の私としては全然問題無いですよ~
    あっ,でもリクが一杯だから,更新スケジュール等を考えているのかな^^
    年末はお忙しいと思うので,負担にならない様に頑張って下さいね(*^▽^*)
    また楽しみにしています♪

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    いえいえ、クリパからの寝不足に加え、リアル多忙なのに、ちゃんと読み取れないのに、コメントシテル私。
    なら、コメントやめれば、ですが、ついつい書いてしまうというお馬鹿(笑)。
    少しはソヨンの話をきくようになったソンジン、必死にひきとめようとするソヨンがいじらしい。
    ソンジンが脈診を嫌がった理由も切ない。
    リク話もさらんさんの書く意欲を、益々高めているようですね。
    とても面白くて、短編勿体無い、続出です。
    ではでは、リアルに戻り、大掃除の続きを。
    磨く物は、全て、ヨンの鬼剣だと思い、ぴかぴかにしてみせるわ(笑)。

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    さらんさんこんばんは♪
    悩みながらお話を書く姿を思い浮かべ
    一人萌えました。
    とても失礼ですね。(*_*)すみません。
    ヨンが悩み苦しむ姿に萌えちゃうのと
    同じ気持ちです。
    人が悩む姿はとても美しく感じてしまいます。
    Sなのかもしれません。
    悩んで羽ばたいた時はもっと美しいです。
    前世のネタバレわからず…
    そんなに深くまで読むことができず
    すみません(;゜∇゜)
    さらんさんのヨンにはなれてないです。
    ケンチャンナヨと聞きながらも
    コメ書いてる。(*_*)どうよこいつ…
    ウンスにはなれるのかな?
    よくわからずファイティン(//∇//)
    お話をありがとうございます。

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    何だか寂しい影を持つソヨンですね。
    厚化粧に隠れた素顔はどんな顔をしているのでしょう。
    ただ、見かけは違っても、その持っている気質はウンスの面影を負いたくなるような感じがしますね。
    この人も、ソンジンと縁の繋がる人なのかな?

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    ずっと、ソンジン、気になってました(>_<)やっぱり魂が、ウンスを求めてしまうんですね。ヨンも好きですが、ソンジンも負けず劣らず好きなので、ソンジンにも、幸せになってもらいたいです。

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ふふふ、さすがです、あみいさま。
    ここからソンジンも、いずれ気付くのですが。
    まずはあと三話書いて、一旦終えます。
    でないと、次のお話が・・・ギチギチな感じです・・・
    おまけにソンジン、今回のリク、全く別バージョンで
    当代と鉢合わせ、正面衝突があるのです・・・
    今練り練りしてますが、怖い声しか聴こえません。
    焦るばかりです。

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    今回はもう本編とは全く無関係に、オリキャラ二人でお話が進みます。
    こんなんでいいのか!大丈夫なのか?と
    若干思ったりも致しますが・・・(;´▽`A“
    リク話は基本的に、完全パラレルなので許して頂ければ。
    何しろ次は天界デートです。御所も来ます。
    こんな忙しく天界と高麗行き来してたら、ヨンもさすがに
    ぐったりしてしまうはず・・・σ(^_^;)

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    >トネリコさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もごもご( ´艸`)
    おそらくそのもごもご、当たっているかもとw
    この後、キーワードもあり。
    Wikiると、すぐにいつの時代か発覚するかと。
    ソヨンは、もしかしてもしかして ∑(-x-;)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    あ、このご対面は、リク話の後半で叶います。
    キリ番の中に、確りと入っております。
    なので、此処でソンジンを全開で書ききるわけにもいかず
    微妙な感じになっております・・・

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    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    このお話、ガッツリ書くと明らかに長篇なので
    どこでいったん区切るか、悩みに悩んで・・・
    でも近々、続きを書くことにはなりそうです。
    抑えてこれか・・・と言う部分まで書いてしまったため、
    若干自己嫌悪に陥りつつ、あと3話だけ、お付き合いくださいませ❤

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    大掃除、なんと素晴らしい!
    私もやらねば、やらねばと思いつつ
    四角いところを丸く掃くこの性格。
    そうだ、ヨンの鬼剣だと思えば、ええ、頑張れます!
    気分はお小姓、もしくはテマン。
    やりましょう、やりますとも!

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いえいえ、良いのです良いのです。
    もうあれは、ああ、そう言う小手先技だった、と
    後々になって、笑い話になれば( ´艸`)
    今日中にクリスマスから年末仕様へと変貌を遂げる予定の我が家
    そっちが大騒ぎ過ぎて、明日の仕事が怖い私です・・・

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです、これもどうなるか、じわじわ書かないと
    きっとあまりに突拍子もなくなりそうで。
    ううう、もうちょっと小品にしておけばよかったと
    今更ながら、ズーンと後悔です・・・ヽ(;´ω`)ノ

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    >にしブ~さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    私もソンジンが好き過ぎて、書けば書くほど
    ドツボに嵌るパターンです。
    あれも書きたい、いやこれも・・・こんなこともさせたい言わせたい、
    そして現世とリンクさせたい・・・気付けば超長編。
    今回は無理ですが、いつか書いて上げたいなーとσ(^_^;)

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    この時代、腕はあっても、身分が低く医女であるが故に、この様な扱いをされているのでしょうか?
    脈診をした時、2人に何か感じるものがあるのか?ないのか?
    ちょっとドキドキものです。
    でも、もしも運命の2人であるなら、ソヨンの傷を癒しソンジンに依って癒してあげて欲しい。

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    PASS:
    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    脈診の折、何も起こることはなく。
    しかし戦った後、何かが。
    さて、なぜなのか。ここが読み解いて頂けると
    面白くなるかなあ、と期待しますヾ(@°▽°@)ノワクワク

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    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    年末の忙しさにバタバタしてしまいました。
    なかなかお邪魔出来ずごめんなさい(^◇^;)
    ソンジンにも、幸せになって欲しいと願って読みました。
    恋の予感がいたします❤︎
    複雑なお話も、私の期待通りの展開も、何もかも面白く、引き込まれますねぇ。
    では、一気読み行かせていただきます❤︎

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    PASS:
    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ソンジン話、不憫すぎる上に尻切れ蜻蛉で
    もうもう、何と詫びをお伝えすれば・・・
    しかしこの後のリク話を考えると、
    ここで20話バージョンをUPするわけにもいかず。
    すまんなソンジン、と心を鬼にし、一旦は
    終了(全然終わっていないのに)です。
    一気読みでの消化不良感も半端ないかと・・・(ノ_-。)

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