信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・13

 

 

先程の兵の様子が気にかかってならぬ。
建物の様子が見えぬかと視線を動かすが、物陰に隠れほとんど見えない。

しかし、今この朝餉の席を立つわけにも行かぬ。
いつまでも俺の前で飯を食うこの方のその警戒心のなさにも呆れる。

「もう良いでしょう」
「うるさい、シャラップ」
「よくそんなに入りますね」

しゃもじを箸を動かし、間断なく、迂達赤の若い衆ほどの量をばくばくと。

「食事中は犬も叩くな、って言わない?」
もう良い加減、薬も毒も入ってはいないだろう。
「分かりました、では先に」

そう言って、席を立とうとすれば
「迂達赤隊長」
「はい」

江華郡守の声が掛かり、俺はそのまま動きを停める。

 

******

 

「私はまだ若く愚かで、世情にも疎い。だが分かるのだ。徳成府院君」

綺麗な涙よの、吐き気がするほど。
慶昌君がそう言いながら流す涙にますます面白味が沸いてくる。

「はい、媽媽」
「私の知るヨンは、謀反など企てぬ」
「さようでございますか。
人は己の身と、利のためなら手段を選ばぬと媽媽はご存じないのです。
チェ・ヨンとて同じ事」
「あの面倒くさがりは、そんなことはせぬ」

その言葉に、俺は鼻で笑う。お前にチェ・ヨンの何が分かるという。
既にあの男を傍に置く資格すら失ったものが。

「面倒くさがりですか」
「ヨンは謀反のような面倒を起こせるほどまめではない。本当だ」

さて、そろそろ次の一手の頃合いか。

「違います。慶昌君媽媽「。
チェ・ヨンが謀反人かどうかはどうでも良いのです。
私はあの者を逆賊として処分するか、 生かしておくか、そこに悩んでおります」
「ヨンをそなたの前で膝まづかせれば、助けてやってくれるか」
「さすが、話の早い御方だ」

そうだ、あの男の足も心も屈服させ、傅かせるには、この手が一番だ。
服従させこの奇轍のものにするには、この先王を使うのが一番なのだ。

「しかし、ヨンは膝まづくまい」

ああ、この餓鬼、また面倒なことを。
「何故です」
「だから、ヨンは面倒くさがりなのだ。嫌いなものに手をついてまで、命乞いなど するものか」

ほう、この俺を、嫌いな者呼ばわりとは。
「賭けますか。 チェ・ヨンも人の子、己の命は惜しいはず。
背に腹は代えられず、いざとなれば慶昌君媽媽や王様をも裏切るでしょう。 人とはそう言うもの」

それでも首を振るこの頑固な餓鬼に、俺は既に、段々と飽きてきた。

 

******

 

「のう。そなた、もしも慶昌君媽媽が復位を望み、力を貸せと頼まれたらどうする」
「おやめください」

こんな戯言に付き合う刻は無い。
すぐに俺を慶昌君媽媽のお部屋へ行かせろ。
そう怒鳴りたい気持ちを抑え、この狸の話、付き合わねば。
こちらは今媽媽と医仙、二人の人質を取られているも同然の身の上だ。

「そう言わずに考えてみなさい」
「・・・剣を振り回すだけの武官にも頭はあります。
今の状況でのそうした問いには、答えかねます」
そう言って真っ直ぐその顔を見れば
「私は危険を覚悟し、あなた方を招いたのだ。問いかけ一つ答えてはくれんのか」

ふん、そろそろ狸の尻尾が出てくるか。

 

******

 

この遊びに飽きてきた。次の一手を打とうと、懐より薬瓶を出す。

「これが分かりますか」

その瓶を十分見せつけてから
「一飲みで五臓六腑を焼き尽くす、火苦毒です」
そう言って、その手に渡してやる。

「古来より、五臓六腑をじわじわ燃やすと有名な毒でございます。 その激痛は想像を絶するほど。
チェ・ヨンに言っておやりなさい。薬を飲んで死んでくれ。
そしてキチョルはお前だけに罪を問い、私を助けると約束した、と。
それでチェ・ヨンが快く薬を飲むか 確かめてみましょう」

 

******

 

「慶昌君媽媽が復位を望まれたらどうする」

全くしつこい狸だ。
「慶昌君媽媽に剣を向けます」
この返答で満足か。嘘など吐かぬ。面倒くさい。

「某は王様の近衛ゆえ。王様を脅かすものは誰であれ、斬らねばなりませぬ」

俺は江華郡守に向かい、はっきりと告げる。

 

 

 

 

ヨン決意、そして断言。その姿 凛々しく。
そして片や奇轍、暗躍。その姿 毒々しく。

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6 件のコメント

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    慶昌君媽媽のお心を見抜けなかったキ・チョル。ヨンだけでなく、全てを理解していた若い誇り高い方。そして、ヨンの先を見れなかった狸。それぞれがお互いを護る為、一方ではお互いの欲を満たす為、静かに言葉で戦ってますね。若い慶昌君とヨン、年配のキ・チョルと狸。年齢が逆転しているようなやりとりに、それまでの生き方が表れています。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    「行くな! 頼むから…」も忘れられない。
    「どれほどの苦しみか…」も、胸に突き刺さった一言でした。
    あの時、気配が怪しいと、初めから痛いほど感じていたのに。
    己の負の予感がハズレる事など有る訳が無かったのに。
    本当に媽媽が何事も無く、お休みになっておられるのか、なぜ確かめもせず、お側を離れたりしたのか…。
    こんな風に、ヨンは何度も自分を責めたのでしょう。
    でも、あの幼い御方をお護りしていたはずなのに、最後は逆に命を懸けてヨンは護られたのです。
    粋で立派な王様でした❤︎

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    静かに、したたかにそして信念に基づき、
    義を信じ、人を信じ、戦っております。
    なぜ「信義」なのか、タイトルが。
    何となく、そこを書くお話になって行くような。
    逆転、見事にしております。

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのですよね。
    ヨン、これは一章悔いる判断でしょう。
    触れていなかったので、これの前のお話では
    あまりそこに触れられず、自分でもキーワードとして
    あまり思い出せなかった部分でしたがとっても重要。
    またしてもひとつ経験値上昇です、ヨンも、私も。

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうヨン、狸だの毒蛇だの好き勝手言い放題ですが・・・
    この辛い時間を乗り越え、経験値上昇し
    最後に雷功まで使っての攻防戦。
    そして唯一ヨンが膝を折らされるあの場面、
    歯噛みしながら、書いております。
    でも良い!その悔しさを発条に、大きくなります。
    そして媽媽もきっと、明るい光の中、微笑んでいるはずです・・・(ノ_-。)

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