信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・6

 

 

「もう止むな」
軒下から手を伸ばした男が空模様を判じて呟いた。

移動中に降りだした雨のせいで、空家の軒下で雨宿りを余儀なくされた。
とんだ刻の無駄をした。
「奇轍の手下たちは撤収したのか、それとも・・・隊長の居場所を突き止めたのか」

俺がそう言いかけると男が笑う。
「関所に向かったんです」
「何故だ」
「江華島は官軍が捜索している。追われる者は、逃げ道を求めます。
逃げ道は関所のみ、俺なら関所に向かいます」

確かに一理あるかもしれん。しかしそれを易々と認めるのは癪だ。
俺は咳払いをし、愛馬へと向かう。

「どちらへ」
そう尋ねる男に
「隊長には同行者もいる。この辺りを探せばいるはず」

しかし俺の向かおうとする方角を見定め
「そっちは違います」
と、男が俺を諌める。
「なぜ分かる」
いささか腹立たしくなりそう尋ねれば
「これですよ」
男はしゃがみ込み、弓で地面を叩いて示した。
「ほかほかの馬糞だ、隊長の馬でしょう。それならあっちだ」

言われれば言われるほど、腹は立つが理屈には合う。
男の示したその方角しかないように思え、俺はそちらに向かい目を泳がせた。

 

******

 

雨上がりの朝。
洗われたようにぴかぴかの朝日が 窓から差し込んで、寂しい部屋の中を輝かせているけど。
今日は患者は、朝から調子が悪そうだ。
私の膝に頭を載せても、辛そうに唸っている。
「耳が痛みますか?」
「・・・ここが・・・」
ようやく示した場所をチェックする。

「よく痛みますか?頻度は?」
「質問攻めは、おやめ下さい」
鉄瓶を部屋の竈に乗せながら、チェ・ヨンさんが私の質問を鋭く遮る。

「耳の腫瘍が神経を刺激してるの。アスピリン、ある?」

 

突然投げかけられた天の言葉。
思わず返答に詰まる。
「・・・何です」
「私が、渡した薬」
そう言って手を伸ばす医仙に、慌てて着物の裏打袋の中を手で探る。

昨夜あんな風に寝んだからか。
己の警戒心が解けかけている。

指先で探し当てた天界の薬瓶を引っ張り出し、差し出されたままの小さな掌に乗せる。

「アスピリンは強い鎮痛剤ではないけど、現代の薬に耐性がない分、効きはいいはず」
掌に載せた天界の薬を、媽媽の口元に運びながら医仙が言う。

「そう信じなきゃ」
媽媽の御口の中にその薬の粒を含ませ、お辛そうに飲み込まれる姿を俺たちは見守る。
「いつ効きます。辛そうなご様子だ。鍼を使っては」

顔をしかめる、俺よりはるかに幼い小さな慶昌君媽媽を見るに堪えず、医仙に尋ねるが
「鍼は専門外だから」
そう一蹴される。そんな馬鹿な。医者だろう。
「薬だけか?何とかして上げて下さい」

その物言いに臍を曲げたか医仙は顔を上げ
「誘拐される時、薬剤室も持って来るんだった。言ってくれれば、鎮痛剤くらい持ってきたのに!
誘拐した奴が、注文多すぎ!」
紅い髪を振りたて、叫ぶように言い募る。
誘拐した奴と言われれば、此方としては返す言葉もないが。

「・・・奴」
この俺を奴呼ばわりとは。
赤月隊を抜けて以来、面と向かって奴呼ばわりなど、されたこともない。
此方の抗議の声を無視したまま、医仙はお辛そうな慶昌君媽媽の手を握り
「私が辛い時のおまじないはね」
大きく笑いながら、そう話し始めた。

「ヤン・ヒウンって人がいて、私の世界では歌謡界の女王なんです」
また医仙の、突拍子もない天界のおかしな話だ。

「その人と同じ口調じゃないと、効果なしなの。いいですか?こういう口調。
“あんた、何てぇ者?”」

苦しそうな、お辛そうな慶昌君媽媽が握られた手をそのまま、体を折曲げようとする。
それをまるきり無視するように、医仙はおかしな声を作る。
「言ってみて。”あんた、何てぇ者?”」

何をふざけている、媽媽のお辛そうな様子を前に。
これ以上無礼が続けば容赦せぬと俺は身を起こす。

「あん、た、何て者」
媽媽がそれでも懸命に、医仙の声真似をする。
「違う違う、こんな風に。”あんた、何てぇ者?”」
「あんた、何て者」

媽媽のそのお姿に、俺は僅かに目を開く。

「そうそう、”あんた、何てぇ者?”
そしてね “私を痛めつけて何様だい?”、はい」
「私を痛めつけて、何様だい」

どうにか繰り返す媽媽に、様子見だと思い留まる。

「そうそう、そう言って、痛みを睨み付けるの。
それからね、”あの野に立つ 青い松の葉を見よ~♪」
妙な声で、医仙の口から歌まで飛び出した。

俺と媽媽は突如始まったおかしな歌に、呆気に取られ医仙を眺めた。
医仙は愉しげに、心地良さげに、身振り手振りまで交え、調子外れの歌を延々と続ける。

高い音。調子の外れたその声。
医仙の顔を見つめる媽媽は痛みの呻きを忘れ、俺はひっそりと噴出した。

歌を歌い終えた医仙は、笑いながら媽媽に向き直る。
媽媽にも笑顔が戻っていらっしゃる。
その様子を見た俺に浮かんだ笑みは、次の瞬間のかすかな物音で消える。

唇の前に指を立て、御二人を黙らせた瞬間。
俺は音をさせずに立ちあがる。

 

雨上がりの早朝の道、男と二人で並んで歩く。

一件の目ぼしい空家を見掛け、俺達は足音を忍ばせそこへ近づく。

木の陰に隠れ内部の気配を伺う。隊長であれば良いが、万一敵方が潜んでいれば厄介だ。

その瞬間、後ろにいた男の呻き声が聞こえた。
何だ
そう振り返った瞬間、

男の腕を捻りあげているその人影に、
「こいつ、何者だ」
その久々に聞く声に、俺は安堵と歓喜の息を吐く。

ああ、これで大丈夫だ。もう心配はない。
俺はそこに駆け寄りながら、声を上げる。

「隊長!!」

 

 

 

 

この後、結構なUPが続くと思います・・・
無理ない程度にお読み頂ければ。
大量でも大丈夫よ、と思われれば
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8 件のコメント

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    何だか 私の頭の中は
    ゴチャゴチャね・・・
    順番が・・・
    三乃巻は こんな私のためにアル。
    それと・・・DVD見てくる。
    また見てる・・・言われるけど 聞き流す。
    (T_T)
    さらんさんのを 読んで 復習します。
    もう・・・無駄口はたたきません
    m(_ _ )m 反省・・・
    はと~ ポッポに会いたいな~

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    どの人にも、朝は来ます。
    キョンチャングン様の容体が悪い。苛立つチェヨンくん。ウンスちゃんだって魔法使いじゃないんだから。プチ切れたウンスちゃんの、さらってきた奴発言、その後のチェヨンくんの、奴って、俺に奴って、の怒るべきか呆れるべきかの、戸惑うこともツボです。そんな戸惑いを吹っ飛ばすような、ウンスちゃんの調子外れの歌声。微笑ましい光景でした。しかしそこに危機が。

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    チュソクは自分より一枚上手の男が気に入らないようですね。男としてのプライドかしら。
    この時のヨンは、自分が何もしてあげられないことへのいら立ちをウンスにあたっているのですね。
    そんなささくれたヨンの心と、苦痛な表情の媽媽を一瞬で笑顔に変えたのが、あの歌。アレは笑えましたね。ヨンに嫌味を言われても、医者である心を忘れずにウンス風特効薬で一掃する。そんなウンスはやっぱり医仙ですね。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、私もDVDじっくり再視聴までは
    こまごま忘れていた部分続出です。
    でも良いのです、それすらも新しいお話を
    また観ているようで楽しいですヾ(@°▽°@)ノ
    7話は髭ぽっぽ、御留守番の為出番少なし。
    次回~弐~では、漢気爆輝です。
    ああ、こんなに素敵だった、そうだった!!と
    迂達赤(特にチュチュコンビ)の良さ再確認中です(●´ω`●)ゞ

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです、あのDVDでヨンは
    「え?奴って、え?俺?」的な
    あのリアクションが可愛らしく。
    しかしその立居振舞は、あくまで殺人的に男前。
    もう、そのギャップに腰砕けです。
    素敵すぎ何度も何度でも、恋に落ちる私です・・・

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうウンスの笑顔信仰は、小説でも
    何度も語られていましたが、この頃もなのだな、と。
    私も吾亦紅で、そう言えば笑っていれば・・・と
    書いていたな、と思いだしました(え)
    見るたび新しく、書くたび恋に落ちます。
    何度も何度でも。どうしましょう・・・(〃∇〃)

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    さらん様、こんばんは❤︎
    印象的なシーンです。
    媽媽は、ウンスに母の面影を抱いていたのでしょうね。
    ヨンにとって、媽媽は殿上人ですが、ウンスにとっては、難しい病に苦しむ幼い子供でしか有りません。
    ヨンが無礼と感じるウンスの言動も、媽媽にとっては、幸せだったはず。
    殿上人としてでは無く、構えず親しみを持って接してくれる天女に、ずっと側に居て欲しいと願ったでしょう。
    幼いのに、とても頭の良い御方でした。
    それに、ヨンが媽媽を抱きしめた時の優しい顔といったら….。
    鎧の様な厳しい態度の裏に、どこまでこの男は優しさを秘めているのかと思ったものです。
    その優しさ故、この先、ヨンは苦しむ事になるのですが……。

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうあの抱擁シーンは、最初の抱擁から最後まで・・・(ノ_-。)
    最初のシーンは小説2巻に出ていたので書きませんでしたが
    最後のシーンは、この後。
    涙、涙です。

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