信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・15

 

 

王様の元へ、今すぐに。
駆けていって、隊長のあの伝言を。そして生きて、隊長へ伝言返しを。

焦りのまま忍び込んだ皇宮の回廊。俺は左右を確認しつつ、 慎重に歩を進める。

そしてすぐに異変に気付いた。この兵共の数の多さは、一体何だ。

禁軍の鎧だけではない。
皇宮中のあちらこちらに、見掛けぬ鎧姿の兵たちが溢れている。

柱の陰に隠れ様子を伺っていたその時。
背後の気配と共に、首に当てられた刃物の感触に、俺はそのまま動きを停めた。

「迂達赤か」

周囲はあっという間に兵たちに囲まれた。

「如何にも迂達赤だが、これは一体何の真似か」

俺がそう答えれば
「迂達赤には監禁令が下っている。外にいるこの者を捕えよ!」

目前の兵が、周囲の兵にそう言った。
監禁令。一体何のことだ。
では迂達赤は、副隊長は、奴らは 一体今どうなっておるのだ。

その瞬間、俺は首筋に当てられた刀の柄を握って跳ね除ける。

目の前の兵を二人殴り倒し、回廊の外へ飛び出すと壁を背にする。
場所が開けたところで、槍を振ってきた敵の槍頭を避け、柄を握って動きを停める。
そのまま槍ごと振り回し、体勢を崩させ盾にしながら、目の前から来た兵を力一杯蹴り飛ばす。

その瞬間、敵兵の動きが乱れた。

何だと仰ぎ見れば、屋根上で テマンが礫弓を構え、敵に向って 礫を飛ばしつつ、俺に向かって合図する。

俺はその援護の中を駆けだした。

 

******

 

「医仙、医仙!急いでくれ、媽媽が!」

その尋常でない声に、私は廊下を駆け慶昌君媽媽の部屋へ飛び込む。

「いつから?いつから痛みだしたの」
そう言いながら、脈をを取ろうとして着物の袖を捲りあげ、その真っ赤に爛れた肌に思わず息を呑んだ。

なんでこんな風になってるの。
「これは何、一体何をしたの!」

 

医仙の慌てた様子を見ながら、慶昌君媽媽の 手に握られた小さな瓶に気付く。
そっと取り上げ中を嗅いで、その覚えのある恐ろしい匂いに目の前が燃える。

まさか、
「媽媽、まさかこれを」
俺が確かめれば媽媽は苦しい息の下から微かに目を開き、俺を見る。

「火苦毒の匂いが」
「何なの、それは一体」
その医仙の問いに答える暇などない。

「慶昌君媽媽、誰がこれを」
「教えてよ!」
無視する俺に声を荒げる医仙に
「毒です」
とだけ答え、媽媽の上着の紐を解いていく。

「飲めば体中を焼き尽くします」
案の定、上着を肌蹴た媽媽のお肌には、既に火苦の験がはっきりと現れている。

 

胸部から腹部にかけての皮膚は水泡を伴い、焼け爛れていた。
「こ、これ・・・塩酸かしら」
こんな症状、化学薬品以外で、表皮がこれほど 爛れるなんて、見たことがない。
「火苦毒だと言ったろう!!」
そう上がった彼の怒号に、手も頭の動きも止まる。

「医仙だろう!!早く何とかしろ!!」

 

あなたは天の医官だろう、天界であの男の傷を縫い、王妃媽媽のお命を繋ぎとめたろう。
この幼い慶昌君媽媽もどうにかしてくれ、今すぐに。

 

「劇薬、なのかしら」
分からない、こんな症状。この時代にこんな症状を引き起こす薬品があるの?
この人は苦しげに、苛立たし気に顔を歪めた。
「一思いに死ぬことも出来ぬ、生殺しの状態で肉が焼かれていく」
「・・・胃を、洗浄してみる?」

私のその問いに、彼の表情が凍った。
その目が、驚愕と恐怖に見開かれる。

「そなた・・・まさか対処を知らぬのか。 手立てが」
私を見るその目に、絶望だけが映っている。

「ないのか?」
「残念だけど」
私には何もできない、毒のことも知らない。
安易に水を使って胃洗浄をしていいのか、それすらも分からない。

「冷水だけでも頼む、熱だけでも下げねば。急げ、急ぐんだ!!」
彼にそう言われ、私は部屋の外へと飛び出した。

 

 

 

 

そして続く悲しさに、滂沱の涙。


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10 件のコメント

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    チュソクは、やっと皇宮へ帰り着いたが、予想外の事態に。
    そしてキョンチャングン様。火苦毒をお飲みになったのか。なぜこの毒がキョンチャングン様の手元にあるのか。
    苛立つチェヨンくんに、さらに追い打ちをかけて、医仙は火苦毒について何も知らず、手当てのしようもない。
    チェヨンくんの心に、絶望が拡がった。
    もう涙が、滲んできました。
    うー、苦しさを追体験中です。(T ^ T)

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    頼みのチュソクもピンチ、そしてここでも活躍のテマン。一方、ヨンを助ける為、毒を飲んでしまった慶昌君媽媽。幼い誇り高い純粋な少年の心。王と臣下の関係を越えたこの行動に、うつ手もなく…。ヨンとウンスの心に深い傷をつけてしまった。でも、それを乗り越えて欲しいと願っているかのような慶昌君様のお顔。悲し過ぎます。

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    見るのが辛いところですよね…
    此のときほどキ・チョルが嫌なやつに見えたことがないです。
    いい人に見えたことも無いですけど(^_^;)))
    俳優さんはスゴいですね♪
    これだけ引き込んでくれるんですからφ(´ε`●)
    あともう少し、さらんさん頑張ってくださいね~♥
    また覗きに参ります(●´ω`●)

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    みんながとても辛い思いをする時がきてしまいましたね。ヨンは、自分の拭いきれなかった不安感を現実として目の当たりにしてしまった。ウンスは、医者でありながらなすすべがない事に苦しみ、慶昌君様は、もう言葉になりません。
    幼いながらも、慶昌君様は立派な王です。キチョルの浅はかな頭では考え付かないほどに。そして、そんな王だからこそ、ヨンの心深く後悔という重いものが沈んで行くのですね。

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    まさしく。もう、ヨンのあの時の怒鳴り声からの表情は
    いえ、実際は演者のミノ氏なのですが、もう、ああ!と。
    私も書いてて何度も何度も観直したせいで
    ものすごく苦しく、いやあ、困りました。
    その苦しさより立ち上がるため、この後は弐にて
    ヨンには、立ちあがって頂きます。
    弐の最終場面、美しき迂達赤のあの姿、
    ああ、楽しみすぎです。

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうこれを書いている時点で結末は決まっていて
    でも自分の消化不良部分をクリアにするために
    ひたすら書くという・・・
    結末を変えてあげたいとも思ったり、
    でも変えたら信義ではないと思ったり。
    二次よりむしろ本編を書く方が悩むとは予想外でした。
    解釈を添えたり、隙間は埋められても、本筋変形はあってはならぬと
    己に律する感じがもう・・・
    その分、この後の一服で発散いたします!

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    はい、まずは今晩、長い話をまたあげて
    壱は完了です。
    週末は気分を変えて楽しみつつ大騒ぎ、な一服をヾ(@°▽°@)ノ
    ヨンの辛い声ばかり聴いて、耐えられなくなったという話も。
    私もぜひ、伺います❤

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    この信義のなかで、一番思慮深く聡明なのは
    もしかしたら慶昌君媽媽なのでは、と思います。
    王様もちょっと空気読めないし、先走ったりするし。
    チャン先生はああ見えて、意外と個人主義だったりしそうだしw
    いえ、みなそれぞれに個性が強く、素敵なのですが
    王様という立場で言うと、やはり慶昌君媽媽が
    そのまま成長すれば、
    そして廃位さえされていなければ、名君になったと・・・
    悲しき結果論ですが。゚(T^T)゚。

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    さらん様、おはようございます❤︎
    ついに、媽媽とヨンの最大の苦しみが。
    「どれほどの苦しみか…」
    ヨンが心の中で号泣しています。
    何も手立てのないウンスも、それを激しく責めるヨンも哀し過ぎる場面です。
    先の短い命と引き換えに、ヨンを護った媽媽。
    天界に行ってみたい、話をしてくれと、虫の息で懇願する幼き御方を抱きしめるヨン。
    あの時、媽媽を救ってさしあげるには、あれしか無かった…。
    おひとりで寂しくでは無く、ヨンに抱かれたまま逝けた事…。
    せめて、それを良しとしなければ、とても耐えられません(ToT)/~~~

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    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    ヨンの目には見えていた、あの光の中で
    きっと媽媽は笑うはず。
    馬のない馬車に、楽しそうに目を煌めかせて。
    もしかしたら、両手でばいばい、としていたかも。
    一言一言を聞き逃さないように、遺言だと、分かっているから。
    その時が来たら、二度と後悔せず、媽媽の望みを
    全て、叶えるために。
    書いてて、心臓が痛くなりました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

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