信義【三乃巻】~壱~ 迫られた選択・8

 

 

午餐の刻。

大きな卓には茶と菓子が美しく設えられ並んでいる。
和やかで賑やかしく、楽しい時間のはずなのだが。

目の前に広がる寒々しい光景。
無礼にならぬようひたすら視線を下げ、刻をやり過ごすため力を振り絞る。

向かって右手には王様が座られ、左側には王妃媽媽が座られている。

その御二人のちょうど中央に、チャン御医の背。
王妃媽媽側の手前には、チェ尚宮殿の斜め横顔。

午餐の刻。

何故このように、胃も頭も痛いような状況になってしまうのだろう。

畏れ多くも王様と王妃媽媽の、睦まじさとは程遠い冷え切った御関係は、今に始まったことではない。

先だって元より十年ぶりに帰還される王様が、元で娶られた王妃媽媽をお連れになり、高麗へ帰還するその時より明白だった。

そして先日の王妃媽媽の無断外出。奇轍邸への予定外の訪問で、溝は完全に深まった。

王様のご伝言を王妃媽媽にお伝えする際も。王妃媽媽のお返事を王様にお持ちする際も。

あまりに感情の篭らぬその遣り取りに、仲立ちした俺すら心寒くなった。
やんごとなき高貴の方々の御考えのことは、俺の如き中流貴族の次男坊には想像もつかん。

 

新王と王妃媽媽の間に立ち。
如何して良いか分からぬまま、私は端坐された御二人の顔を見比べる。
一体何をお望みなのだろうか。その意図が不明のままでは身動きがならない。

その時王が静かに口を開く。

「心を痛めておるのかと訊け」

なるほど。今回の通訳はこの私か。

「お心を、痛めておいでかと」
王妃媽媽は冷たい横顔で私の言葉を聞き、表情を毛筋ほども動かさずに
「そうだと伝えよ」
そう返答された。

「そうだとの事」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ伝えた声に、王は僅かに首を振られる。

「ああ。迂達赤チェ・ヨンを心配するあまり、意に添わぬ茶菓子まで用意し、余を招いたのだな。
そうか。では何が望みだ」
そう言って一息置き、声を添えた。
「聞いてみよ」

「何がお望みかと」
その私の言葉が終わらぬうちに
「奇轍の元へ出向くお許しを」
媽媽は即座に返答された。

「王妃媽媽」
また繰り返されそうなあの無謀、前回は王を憤激させたその要望。
私も思わず制止に入る。

「王様に伝えよ」
王妃媽媽ははっきりと大きな声で告げた。
しかし私の通訳を通さぬうちに、
「聞いたか、チャン侍医。 王妃は正気とは思えぬ。
頸の傷に頭を侵されたか、 実に信じがたいを言う。
チャン侍医が治療してやれ」

茶番は終わりとばかりにそう言い、席を立った王に
「王様」
王妃媽媽が直接呼び声をかける。
「妾が身代わりになります」

退出しようとしていた王の歩みが止まる。
その目が信じられぬものを見るように、王妃媽媽に向かって流れてくる。
私の目、チェ尚宮殿の目、迂達赤副隊長の目。
全てが王妃媽媽へと注がれる。

「迂達赤隊長チェ・ヨンと医仙を帰すよう、申し出るつもりです」

王妃媽媽の声は止まることを知らない。
「そんなことが、通ると思うのか」
今や離れた距離とはいえ、 王妃媽媽に向き合った王が問いかける。
「これでも妾は元の公主ゆえ。いかに威勢の良い奇轍も、妾が相手では用心しましょう」

その声に、王が苦笑いの息を漏らす。
「先日もその為に身勝手に皇宮を飛び出したのか。
医仙と迂達赤隊長の身代わりになるゆえ、二人を解放せよと頼むつもりだったのか」
「条件を尋ねるつもりでした。財なら元との貿易権を、権力なら・・・」

そこで信じられぬことが起きた。
その衣擦れの音で、私は目の前の光景が夢や幻ではないと理解した。

王が王妃媽媽のお言葉の途中で大きく踏み出し、王妃媽媽の肩を強く掴まれたのだ。
私たち全員の前で。

先程まで王妃媽媽に当てられていた私の目、チェ尚宮殿の目、迂達赤副隊長の目。
それらが今度は即座に、そこから外される。

「一体どれほど」
王が、押し殺した声で王妃媽媽に告げる。
「余を貶めれば、気が済むのだ。
余は忠誠を尽くす臣下を失った。家臣は皆、余に背を向けよう。
その上、王妃までも余に失望し、何をしようと言うのだ」

 

王妃よ。それほどまで、そなたの命を賭けるまで。
高麗の王である余を踏みつけ面目を潰すほど、あの迂達赤チェ・ヨンを慕っておるのか。

余には何もできず、あのチェ・ヨンならば、そなたの望みを全て叶える事ができるのか。
大怪我をしたそなたを庇い、怪我を癒す医仙を捜し出し、抱いて守れるからか。
だからこそ内密にチェ・ヨンを私室に通し、余の目を盗み、物陰で直談判ができるのか。
あの男の為ならば元の公主の名を使い、全てをあの男に捧げるのか。
それ故にチェ・ヨンは、余を捨てたのか。
余に背を向け、次は王妃のみ守るとでも言うのか。

 

目の前の傷ついた方が妾の肩を掴み、そのお顔、お口元をこの耳に寄せ呟いた。

「余はそれほど情けないか。あの者を好いて、そこまでするのか」

見よ。
この寂しい方には妾の気持ちなど、この方より寂しい妾の気持ちなどどうでも良いのだ。
知る必要も、聞く価値もないものだ。

「王様にはあの者が必要だと思いました。妾などよりも、ずっと必要だと」

そう囁き返すと王様は体を戻され、妾の前に真っ直ぐに立たれた。

「何故だ」
「王様はご存じなく、ご興味もないでしょうが、妾は。妾は・・・」
「お下がりください!!」

突然挙がった鋭い声に、空気が切り裂かれる。

迂達赤副隊長はいち早く階を駆け下り、宣任殿への入口に立ち出入りを塞ぐ。
チェ尚宮そしてチャン侍医が階を下り、控えていた武閣氏らと共に陣を張る。

声と共に宣任殿に踏み込んだのは、参理チョ・イルシンを 先頭に据えた重臣の一団だった。
「忠臣イルシンが危機に馳せ参じました。王様、ご無事ですか!」
大声で芝居かかって騒ぐその姿。
「何事だ」
王様が妾の前から階の方に向かい、宣任殿の入口の参理に問われる。

「王様の窮地をお助けせんと駆けつけました!」
御史大夫チャ・ウンがその横で声を上げる。
「迂達赤に問う、王様を人質に取るつもりか」
「何のお話です」
迂達赤副隊長が要領を得ぬと、首を傾げる後姿。

 

「王様、迂達赤に脅されたのですか」
その問われた言葉の下らなさに、 苦い笑いがこみ上げる。
「何の話だ」
今此処に集うたのは王妃の呼び掛け故。それを脅すの危機だのと。

しかし次の御史大夫の言葉に、耳を疑った。
「迂達赤隊長は反逆を企てたとか。不穏分子の部下など、排除せねば」

露見したか。
隊長が一人先走り王命と知らぬまま起こした行動。故に反逆ではないと、口車を合わせるよりない。

「王様、誤解です!」
迂達赤副隊長がその声にこちらを振り返る。
「この者たちは余の護衛だ。 隊長の事とは無関係故」
「騙されますな、王様!」
その途中に参理の声が被さる。
「部下と隊長は密に繋がっております。確たる証拠を掴み、馳せ参じました!」

御史大夫が更に言い募る。
「迂達赤の逆賊めが!一人一人拷問にかけ、自白させても良いのだぞ!!
どの隊員が隊長に会いに行った!このまま王様を人質に抵抗するつもりか!」
大声で叫び散らす重臣たち。
耳を塞ぎたい罵声のの数々の中、最後の言葉が余の耳に、確りと聞こえた。

 

その瞬間。
今まで言葉少なに、叫び散らす重臣を寧ろ宥めておいでに見えた王様が動いた。

玉座の段よりゆっくりと階を下り。
そこにいたチャン御医、そしてチェ尚宮殿に両脇を固められ、入口に立つ俺の元まで。

「まことか」
俺の目をまっすぐに見て短く問われる。

答えられん。自身がチュソクに命じた事だ。
出来るのは王様のその目から視線を外す事だけだ。

「お前たちは余に隠れ、 チェ・ヨンと通じていたのか」
怒鳴るでもない。荒げるでもない。
その静かすぎる声に尚更の失望を感じ、俺はその場に膝をついた。

「王様!」

膝をついた瞬間、今まで入口を護っていた他の迂達赤が中央の俺に倣う。
振り返り、武器を床に据え置き、膝をつき、頭を下げた。

露見した。俺のせいだ。俺の判じ損ねのせいだ。

 

王様と迂達赤の会話を後より拝しながら、この胸に広がるのは寂寥感ばかり。

忠義面をした重臣どもに囲まれていようと、傷つき寂しい方は更に傷つき、寂しくなった。

その癒し方も慰め方も、妾には見当もつかぬ。

 

 

 

 

伝言ゲーム。
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12 件のコメント

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    やっと向き合って言葉を交わし、二人にとって転機となる場面でした。
    そして、ヨンは策に嵌められ、チョナがヨンを疑いウダルチも窮地に・・・
    はらはらし、2度目見た時は、この辺りは飛ばして見たの。
    どうも、心臓に悪い所等はカットしちゃうのよね。

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    こんばんは、
    此処の場面 イライラ~
    伝えたいのに 伝わらない・・・
    王妃の思いと、王様の嫉妬。
    ジレジレ~
    後ろに 髭ポッポ~発見!
    そう言えば チャン先生も 伝書鳩でした・・・
    ( ´艸`)
    伝書鳩はつらい・・・
    しかも途中から 伝書鳩無視だし・・・
    イルシンめ~ 
    ヨンの仕返しノートの筆頭は
    忠惠王? そのあとはわからないけど
    イルシン書いてあるよ~
    な~んてね。

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    王様と王妃様、卓を挟んで冷たい顔を向け合い伝言ゲーム。王妃様の心のなかを誤解している王様。思いが伝わらない苛立ちさえ表にださない王妃様。王様が感情を露わにして王妃様の涙を見て、このお二人のなかに進展が。と思ったところに、イルシン。キッチョルの思惑通りに動かされて、王様とウダルチを切り離すことに成功。もうイライラします。イルシンって、自分が王様の一番になりたいがために、王様をより危険な状況に追いやった事にも気づかない。キッチョルの配下に成り下がった家臣たちに次ぐ、ダメダメ家臣ですね。(u_u)

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうです、もうここからてんこ盛りです。
    チュンソクチュソクコンビ、トクマンテマン
    そしてトルベ、
    王様媽媽のロイヤルカポーにドチ、
    空気のように皆を包み素晴らしい働きのチャン侍医
    そして真打、裏ボス、チェ尚宮様。
    書いても書いても尽きぬこれらの皆を
    またしてもここで書けるなんて、そしてその裏の
    無言の空間や、見えなかった部分を繋げるなんて
    そしてその消化不良部分が全て消えたら
    またあの、雷功をぶっ放ちひたすらウンスへと戻る為に闘う
    あのヨンとウンスが描けるなんてもう。
    はぁぁぁぁ❤(〃∇〃)❤です

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    実際史実では、チェ・ヨンは近衛兵時代に
    逆賊だったチョ・イルシンを成敗し、名を挙げています。
    もう、ヨンのデスノートの一ページ目は
    まず忠恵王(すでに死んでいますが)
    そして徳興君、奇轍、江華郡守、チョ・イルシン(爆)
    そう考えると、デスノートだけあり結構死んでいますね(゚ー゚;
    ヨンは手を下しておりませんが・・・かなり高確率!

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    この壱(7話)はまだまだ、みなが統制取れず
    バラバラ感がハンパない時期ですが
    それを書きだすのも、また楽しいのです。
    この後弐では、王様立身。ヨン決断。奇轍暗躍(爆)です。
    相変わらず殺人的に男前のヨン、弐のテーマは「色」にございます・・・(*v.v)。

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    このピリピリ感在りましたね…懐かしいけどやっぱり痛々しい!
    チョナ、もうすぐだよと言ってあげたい。・゜・(ノД`)・゜・。
    あと一息頑張って~!
    また覗きに参ります~φ(´ε`●)

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    さらん様、こんにちは❤
    御二人の、周りを巻き込む伝言ゲーム。
    馬鹿馬鹿しい、こんな場面の通訳をチャン侍医はどんな思いで続けていたのか...。
    さらん様の補足を読む事で、チャン侍医の心の中を知る事が出来、ふむふむと納得しております。
    あの時、騒々しい邪魔が入らなければ、媽媽はチョナに、どれほど慕っているのかを伝えられたのでしょうか?
    チョナにしても、ヨンに対して、あれだけ妬いているのです。
    好きで好きで仕方無いのに...。
    素直に寄り添えるまで、あと少し...ですね。

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのですよね・・・この後弐(DVD8話)で
    媽媽が言い放つ「大馬鹿」
    この辺り、チェ尚宮様の観察力が光ります。
    モウスグダヨー(;´Д`)ノガンバレー
    うう、私も覗きに伺います❤出来る限りサクサク書いて、早めに❤

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうです、あと少しです・・・
    この御二人の場合、またイムジャカポーとは
    少し違ったひねくれ方なので、そこを書くのが楽しそう( ´艸`)
    そのあたりはDVDベースのスピンオフになりそうです。
    つまり半分くらい作っちゃうのかもです(゚ー゚;

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    王と王妃のかみ合わない心のすれ違いが浮き彫りになるようなシーンですね。
    王妃は王の事しか見ていないのに、ヨンに嫉妬する王。周りに沢山このふたりの為に動いてくれる人が居るのに、この時の王は気づいてくれないのが悲しいですね。
    そしてイルシン。今まで自分が王の一番と思っていたのに、その座をヨンに取られたと思って逆恨みと言ってよいほどの態度を取るこの男。こんな時だからこそと掻きまわしてくれますよね。

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    イルシン、本当に登場から最後までムカつく男でした。
    今は王様媽媽、すれ違いの時。
    この後、あの美しきバックハグ(媽媽バージョン)
    まで、もう少しの時間が必要・・・
    圧倒的男前のミノ氏と違い、見るほどに味の出てくる
    ドクファン氏の良さもまた、スルメ級の魅力です( ´艸`)

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