糸遊【前篇】 | 2015 summer request・陽炎

 

 

【 糸遊 】

 

 

「ああ、退屈」

今回は本当に退屈なんだろう。俺の舎姉は平気で嘘を吐く。
問題はそれだけでなく、嘘の他にに毒も吐くことだ。
綺麗な赤い唇で、一瞬で俺の息の根を止める毒を吐く。その効力は良師の毒の比じゃない。

「ねえ、ユチョン」
革手袋の右手が、俺の白い毛先を弄る。
「・・・何だ」
「退屈なのよ。退屈で死んじゃいそう」

俺の舎姉は平然と嘘を吐く。それでも死なれては困る。
舎兄を待つ長椅子の上、モビリョンが赤い衣の裾から伸びる真っ白な腿も露に、膝を抱えた。

大笒を左手に持ち替えて、右手でその赤い衣の裾を直すと
「見せてるのよ。あんたしかいないじゃない」
その白い咽喉を反らし、赤い唇が俺を殺す毒を吐く。

俺はお前の退屈凌ぎの遊び道具じゃない。

そう言いたいのを堪えて、俺は首を振る。例え全てが嘘だとしても死なれたら困る。

「だから、遊んでよ」
俺の目を覗き込む瞳は何も知らない赤子か、獲物を見つけた狼だ。
腹を空かせて貪欲で、己の慾にしか従わない。
「・・・舎兄が来る」
どうにか言って、頬に伸びて来た手をこの手で払う。

俺だってそうだ。いつだって腹を空かせて貪欲なのに、この唇から漏れるのは大笒を操る溜息と嘘だけだ。
それが耳障りだから口を閉じる。
俺の耳は、何でも聞こえすぎる。
口を閉じても心の声は、防ぎようがないのに。

*****

「舎妹」
「なあに、お兄様」
「わざとらしい呼び方は止めろ」
「あら怖い」

足音も高く部屋に踏み入った舎兄の目は、新たな獲物を見つけた興奮に、灰色に底光りしている。
この人が操る、何もかも凍らせるあの氷功のように。
嬉しそうに漏らす息すら、真冬の吐息のように白く煙って見える。
「チェ・ヨンを追いかけろ。連れて来い」
「面倒だわ」

舎姉は心底うんざりしたように、革手袋を嵌めた右手をひらひらと躍らせた。
「あの子一人ならともかく、女も一緒でしょ。惚れたって言ってたじゃない。捕まえた処で何ができる訳でもない。
寝る事も焼き殺す事も出来ないなら、何で私が追いかけるの」
「手に入れる。必ずだ。女に惚れているなら、お前があの男を堕としてやれば良い」
「・・・ふうん」

モビリョンが嬉し気に、赤い唇の両端をゆっくりと持ち上げる。
そしてその白い左手の指で、革手袋をするりと抜き去る。

自由になった右指たちをゆっくりと蠢かせれば、指先から段々と、白い手首までが紅く染まっていく。
その指先に揺らめく陽炎が立ち上る。

「言う事聞かなかったら、燃やしても良い?」
「それは俺が決める。とにかくすぐにこの目の前に連れて来い。チェ・ヨンも、あの女も、双方ともな」

舎兄の声すら耳に届いているのか、その表情からは判らない。
モビリョンは瞳に陽炎だけを映して、嬉しそうに笑っている。

「あたしを雑魚だって」
チェ・ヨンを追いかけて、若い元国王を仕留めた舎兄が再びあの女医と共に館へと戻ってきた夜。

奴らの後を追いかけさせられた舎姉は、額に筋を立てながら寝椅子に凭れる俺へ、怒鳴るように言った。
「言ったのは俺じゃない」
「そんな事判ってる」

それなら、俺には言わないでくれ。他の男がお前に吐いた言葉なんて一片も聞きたくない。
只でさえ聞きたくない声が、防ぎようも無く耳に入って来る。
扉を抜け、壁を超えて、どれだけ離れても聞こえて来る。

お前が他の男の耳元で囁く嘘の告白。
その男と寝台を軋ませる音、睦み合う嬌声。
その後で焼かれる男の断末魔の悲鳴。
そんな事が続けば、まともで居られるわけがない。

「あたしが膝に乗って首に腕まで回したのを、雑魚の一言で切り捨てられたわ」

そんな事聞きたくもない。聞こえない処にいられて良かった。
俺の小さな偶然の幸運さえ、こうして残酷に叩き壊すお前は。

お前の指から立ち上る陽炎と同じものを俺は心に飼っている。
お前の嘘と毒にやられて燃え尽きそうな心の熾火に、いつも陽炎が揺れている。

 

 

 

 

“陽炎”“簾”

本日最高気温38℃予報(*_*)
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