夏休み【前篇】 | 2015 summer request・夏休み

 

 

【 夏休み 】

 

 

「隊長」
「おう」
私室へ踏み込んだチュンソクが、俺の声に懐から紙を取り出す。
「そろそろ兵たちに、順に休暇を」
「・・・そうだな」

夏の暑さが続いている。今は鍛錬も、明けと夕にしかしない。
確かに秋夕前、順に一日程度の休みを取らせる事はできよう。

「順を考えました。得手の技が重なる奴らが纏まって休むと王様の護りに支障が出ます」
「ああ」
チュンソクが手渡した紙を受け取り、開いて確かめつつ俺は頷いた。
「任せる」
「は」

何れにせよ頭を使うのはこいつの役目だ。
「但し」
紙を戻しながら言った俺の声に、チュンソクの手が止まる。
「典医寺の見張りは、康安殿とは別に確実に確保しろ」

その声に改めて頷きながら、チュンソクは俺をじっと見る。
「何だ」
「トクマニ以外を、付けるつもりはありませんか。組頭を割く訳にはいかんのでチュソクは無理ですが。
トルベやテマナでは駄目ですか」
「テマナは一度逃がしている。あの方を二度と逃がす訳にはいかん」
「は」
「トルベは・・・」

言えるか。
女には見境のない奴だから、手を出されそうで医仙に近付けることが出来んなどと。
「はい」
「・・・槍の訓練で忙しかろう」
「そうでしょうか」
「典医寺に関しては、トクマンに護らせろ」
「奴の休みの日には」
「俺が立つ」

即答にチュンソクが驚いたように目を瞠る。
「隊長がですか」
「ああ」
「・・・分かりました」
そう言って戻した紙を懐に、チュンソクは首を捻った。

夏の休み。 毎日毎夜役目に忙殺される兵の奴らに、そのたまの息抜きは何よりの楽しみになるだろう。
しかし徳成府院君奇轍たちのいる今、法外に長い休みをやるわけにもいかん。

余程の事情がない限り、やれても二日。ほとんどの兵は一日だ。
実家が開京の近隣の奴なら戻れるだろうが、戻れぬ奴らもいる。
前日の歩哨が終わってから、中一日の休みを挟み、戻って来た日の夜の歩哨から、また役目に戻る。
若い奴らが、一体その時間をどう過ごすのか。
破目を外し過ぎ、隊長に迷惑が掛かる馬鹿を仕出かさねば良いが。

始まってもいない奴らの夏の休みを考え、俺は頭を振る。
考え過ぎるのは悪い癖だ。
しかし天からのあの医仙をお迎えしてからというもの、以前にも増して無言で突っ走るようになった隊長。
その肚を読み、おまけに兵達の状況に目を走らせ、手綱を取って行かねばならん。

俺も休みが欲しい。出来ればあの医仙が天にお帰りになるまで。
隊長が以前のような冷静さを取り戻し、あの医仙の存在に浮つく奴らが確りと役目に集中できるようになったら、戻って来たい。
思わず漏れる嘆息に、隊長の眸が上がる。
「どうした」
「いえ、何でも」
まさか言えん。隊長が突っ走るからですとは。

「チュンソク」
「は」
「お前も休みを取れ」
「・・・良いんですか」
「ああ」
隊長は腰掛ける椅子の背に大きく凭れ、此方を凝と見つめて言った。
「疲れてるだろう」
「はあ」
ゆっくり休めるくらいならば苦労はせん。そう考えつつ、俺は大きく息を吐いた。

 

*****

 

「夏の休みだ」
副隊長の声に、皆がざわめく。
「いつからですか」
「一番早い奴が、明後日からだ」
副隊長はそう言ってびっしりと名前の書かれた紙を掲げると、兵舎の扉横へと歩き、そこを指さした。
「張っておけ」

そう言って手近な兵へとその紙と、糊らしき瓶を手渡す。
頷きながらそれを受け取った兵が壁に素早く糊を伸ばし、そこへ紙を貼り付けた。
その場の皆が一斉に張られた紙の周囲に群がり、己の名を張り紙の中に探す。
「お、あったぞ」
「俺は八日後か」
「どうするんだ、帰省するのか」

そんな声を聞きながら、俺は遠巻きに皆を見渡す。
「どうした、トルベ」
「お前、三日後だったぞ」
周囲の奴らが口々に声を掛ける。
「俺はいつでも良い。帰省のつもりも無いしな」
「兵舎に残るのか」
その声に首を振る。
「せっかくの休みだ。ちょっとばかり外に出る」
「女と一緒か」
「それも良いな、誰か探してみよう」

折角の貴重な休みだからな。頷きながら考える。さて、誰と過ごすか。

「三日後とは、ずいぶん急ね」
皇宮の回廊、前を行く女官の中に、以前から懇ろの後姿を見つける。
「カン・ボラ!」

後ろから小さい声で呼ぶと、ホラは振り向いて此方の顔を見つけ、唇だけで
「何よ」
と囁いた。

そのホラに向かって指で回廊の外を指す。
ホラは回廊を抜け、指さした方へ歩いて、周囲を気にしながら建物の陰で立ち止まる。
「久しぶりだなあ!」
そう言って駆けて行き、ホラの前で立ち止まって首を傾げて笑う。

こうし女官衣を着てすました顔をしているのも見るのも良いが、外で共に休暇の一日を過ごすのも楽しそうだ。
「本当に久々ね。皇宮の中で行き合っても知らんぷりだもの」
その棘のある声に、誤魔化すように俺は笑みを深くする。

「いや、ほら、お前も忙しそうだろ。邪魔をしちゃ悪いから」
「ああ、そうなの。お心遣いをありがとう」
ホラは皮肉気に唇を歪めて笑う。
「その割に武閣氏やら繍房やら水刺房やらいろーんなところの尚宮たちと、毎回連れだってわいわい騒いでるのを見るけれど」

ああ見られてるのか。そうだよな、広いようで狭いのが皇宮だ。
おまけに彼方此方で噂の広まる速さといったら、真冬の山火事の火の手が回るよりも早い。
俺は誤魔化しても無駄と悟り、ホラに向かって頭を下げる。
そしてそのまま、上目遣いでその顔を見遣り
「確かに知り合いは多い、俺も迂達赤に入って長いからな。だけど別に、お前を蔑ろにはしてないぞ」

男の俺が此処まですれば、情に絆されてくれてもいいよな。
それくらいの優しさは持ち合わせている女の筈だ。
案の定、頭を下げた俺を睨みながら、ホラの目が少し緩む。

「それでな。三日後に休みを取れることになったから、お前さえ時間があれば埋め合わせをしたいんだ」
「三日後とはずいぶん急ね」
「ああ、丸一日半。二泊できるぞ。何処か行かないか」

ホラは俺の言葉に、少し驚いたように眉を顰めた。
「ひとまず上級尚宮様に聞いてみるわ。休みが取れそうならすぐに報せに行くから」
「ああ、判った。良い返事を待ってる」

そう言う俺に笑って頷くと、ホラは回廊を駆け戻って行った。
しかし休みが取れるとは限らんという事だよな。
駆けて行くホラの後姿を眺めながら考える。
そんな時には次の手を打っておかねばならんだろう。

 

*****

 

「三日後だなんて、急にどうしたの」
卓の上に注文の品を並べながら、エスクが甘えるように笑いかけた。
「急に休みが取れたんだ。二泊。丸一日半休める」
「呑気でいいわねえ」

行きつけの酒楼。
卓に料理を並べ終わり、エスクは羨まし気に言って俺の横、ぴたりと添うように腰を下ろした。
「だろう。どうだ、一緒にちょっとばかり遠出しないか」
「二泊一緒にいられるの」
「ああ、もし良ければ」

お、これは脈ありなのか。
「他の女も一緒、なんてことないわよね」
「そんなわけあるか!」
先にホラに声を掛けている事を見抜かれそうで、俺は思わず大きな声を張る。
エスクは楽しそうに笑いながら頷いた。
「考えておくわ。店に聞いてみる。明後日、また来てくれる?」
女ってのは、何故こうも駆け引きが好きかな。エスクの返る声を聞きながら、俺は頷いた。

まあこれでどちらかからは色好い返事をもらえるだろう。
何方と過ごすにしても、愉しい夏の休みになりそうだ。
そう考えながら相好を崩す俺を、ちらりと横目で見ながら
「いやね、もう何か考えてるでしょう」
そう艶っぽい声で、耳元で囁くエスクの声に
「そりゃ、まあな」

俺は笑いながら、その細くて柔らかい肩を抱いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    チュンソクの本音が(笑)
    「俺も休みが欲しい」
    本当に一番疲れてるのはチュンソクですよね~
    トルベ君
    修羅場に??
    それとも淋し―い夏休みに??
    早く続きが読みたいです(^^)/
    さらんさんのお話の中の
    「隊長」
    「おう」
    私、このフレーズ大好きです♪

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    さらんさん、新しい夏リク話は高麗のプレイボーイ・トルベが大活躍?ですね!
    楽しい展開になりそうで、これまた楽しみです。
    残念ながら私は、仕事が目白押し状態で、夏休みらしい休みがとれていません(+_+)。
    きっと、さらんさんも超多忙な日々を過ごしていらっしゃると思いますが、そんな中での更新、本当にありがとうございます。
    トルベの夏休みも、この先、ひと波乱も二波乱も起こりそうな予感も…。
    ふふふ…❤

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