蒼月【中篇・弐】 | 2015 summer request・ブルームーン

 

 

「あのね、まず大根。山芋。鶏肉・・・は難しいかな。蕎麦粉。ニンニク。生姜。あと梅。酢。
きのこ類もいいわ、知識があれば。毒が怖いから一概には勧めない、でも特にいいのは椎茸ときくらげ。
サルノコシカケが入手できれば最高だけど」
「判りました」
指を折りながら勢いづくその声に、ヨンは息を吐く。

「あとは・・・みんなが比較的楽に手に入れられるなら小豆。夏なら瓜。
ひじきやワカメや海老もいいのよ。乾燥させれば長距離運べるし。ねえ、頼めないかな。
高麗なら東西南が海だもの、ましてこの時代のきれいな海ならばっちりよ」
「判りましたから」
ヨンの宥める声にも、ウンスは止まらない。

「蓮は根も葉もいいわ。どこにでも生えてる。ハトムギも。ただし必ずよく火を通してね。それに・・・」
「ウンスヤ」
滔々と溢れるウンスの声に、ヨンは細い肩に手を置く。
「典医寺でも念の為に、薬草を用意しておく。キム先生に相談する」
やはり来た。こうなると思っていたと、ヨンの首が振られる。

「それはお待ちください」
「なんで?ヨンア、心配なんでしょ?だから私に」
「蒼月の件は今、王様と、書雲観正と俺しか知りませぬ」
「・・・え?」
「書雲観正も、畏れ多くも王様も、皇宮や市井にこの噂が流れる事、起こるかどうか判らぬ天変地異や飢饉や疫病に人心が惑うのを憂いておられます。
一切の口外は出来ません」
「ああ、なるほどね。それはわかる」

ウンスはそう言って大きく頷いた。
「実際株価が下がるより、下がるって噂の方が、マーケットではよっぽど怖いものね」
「・・・はあ」
判らぬ例えに首を傾げ、ヨンは曖昧に声を上げる。
「でも、じゃあなおさら薬食療法で行こう。今言った食べ物は、普段から食べてたって何の毒にもならないわ。
体にいいだけよ。今からみんなに食べてーって言っておけば抵抗力もつくし。薬だって言わなきゃ絶対ばれない」
「食べて、ですか」

それは確かだとヨンが頷く。そしてふと思い当たる。
己の毎餉の膳の上、確かにそうしたものが常に並んでいる事を。
口に出さぬ、心遣いの形。己を護る、小さな日々の繰り返しを。

だから、困ってしまうのだ。
こうして事有る毎に、それを後になって知るから。
ヨンは首を振り、片頬で笑みながら息を吐く。
今己が悟ったことすら、ウンスは気付いておらぬだろう。
「早速、王様にお知らせします」
「じゃあ私も行く。その時、食品リストを持ってくわ」

ウンスの声に頷きながら、ヨンは椅子を立ち
「お分かりとは思いますが」
最後に念を押すよう声を重ねる。
「今暫しは、典医寺の皆にも絶対に内密に。
タウンやコムを部屋より遠ざけたのもその為です」
「うん、分かってる。国家機密機密ってとこね」

半ばふざけたような明るい声音に、心配は募る。
「大丈夫よ、心配しないで」
その小さな手が 己の堅い掌に潜り込む。
指を絡めてきゅっと握られ、その掌が上がり、そこへ白く滑らかな額が寄り、柔らかく細い亜麻色の髪が触れる。

ウンスは握ったままのヨンの手に、その額をつけ目を閉じた。
「私もいる。あなたを守る。あなたの大事なみんなを。だから大丈夫」

祈りだと、ヨンはその姿を見る。
何が起きるか判らぬ先、力の限り悔いの無いよう。
後になり、あれもこれも出来た筈だと泣かぬよう。
背負わせるのは己だ。何時もその心を傷めつけて。
「イムジャ」
「うん」
「大丈夫です」

俺にはあなたがいるから大丈夫だ。
あなたもそう思ってくれるだろうか。
声を呑みこみ小さな手を握り返し、己の額を寄せる。大丈夫だ。

大丈夫だ。あなたがいる限り大丈夫だ。

 

*****

 

康安殿の私室の扉前へ伸びる回廊。
歩み寄る俺とこの方の姿に気づいた兵達が、回廊の両端から一斉に頭を下げつつ相好を崩す。
「医仙!」
「久しぶり!ご飯食べてる?」
「はい!」
「お元気でしたか」
「うん。体調はどう?」
「大丈夫です!」
「医仙、お久しぶりです」
「いつでも顔見せに来てね、典医寺にいるから」
「必ず伺います」

兵の声にいちいち足を止められては満足に真直ぐ歩くことも出来ん。
この眸の一睨みに気付いて慌てて口を閉じ、姿勢を正し、衛に戻る奴らに息を吐く。

太陽が無くば、誰も生きて行けんという事か。

康安殿の私室の扉前、息を整え僅かに声を張る。
王様の前でまさか悋気の名残など見せる訳にはいかん。
「王様、チェ・ヨン、ユ・ウンス、参りました」
「入りなさい」

開く目前の扉をくぐり、私室内へと踏み込み扉脇で足を止める。
その瞬間に己の隣でこの方から上がった
「お久しぶりです、王様!」
大きな明るいその声に息を吐く。

「お久しぶりです、王様!」
坤成殿じゃない、久しぶりの康安殿のお部屋で見る王様は、無遠慮な私の大声に少し困ったように笑われた。
そして机の前の階段を降りると、私たちの前で
「お元気でしたか、医仙」
そう言って大きな卓の椅子を指で示す。
「お座りください」

その声につられて座りそうな私の腰前辺りに、横のこの人の少し伸ばした手が遮る。
あ、そうよね。一緒にとか、まして先に座っちゃいけないのよね。
王様が座るのを見てから、私は示された椅子にすとんと座る。

「何だか、坤成殿以外でお会いする事があんまりなくて。御体の具合はどうですか」
「侍医と医仙の助けで、全く問題はありません」
「キム先生からも聞いています。本当にお元気そうで良かった。
顔色もとてもいいですね。脈診できなくて残念です」
「脈診されますか」

王様は悪戯そうなお顔で着ている龍袍の袖を捲り、卓の上に手を伸ばしかけた。
「・・・王様」
私が手を伸ばす前に、そう言ってこの人が私の指を握って止める。
「お戯れが過ぎます。医仙も」
「なぁに」
「王様の脈診は、侍医にお任せ下さい」
「・・・はーい」

そう。この時代玉体と呼ばれる王様の御体は、男性の侍医以外基本的に触れる事は出来ないのよね。
まあ私は特例みたいなものだし、本当に深刻な病態ならこの人も止める事はないって分かってるけど。

私たちの遣り取りを愉快そうに眺めていらした王様はふとそのお顔を引き締めると、この人に顔を向けた。
「して、大護軍」
「は」
「先般の件はどうなった」
「先の世界でも、蒼月は起きるとの事」
「そうなのですか、医仙」

少し驚かれたような王様に私は頷いた。
「はい。ただし、異常気象とは関係ないです」
その答えに興味深げに、王様の切れ長の目が細くなる。
「そうでしたか」
「全く無関係とは言い切れません。私は専攻は天文学ではないので。
ただ少なくともブ・・・蒼月の度に、天変地異が起きる事はありません」
「確かに医仙の言葉の通り、ここ数年疫病は起こっておりません。
二年前の蒼月の際、発生していない事もその証かと」

この人が付け足した声に
「・・・確かにな」
王様は本当に嬉しそうに大きく深呼吸された。
「疫病に関しては、えーと、大護軍に伝えましたが、みんなに食べて欲しいものがいろいろ」

私はそう言って上衣の襟元から、準備していた紙を取り出す。
漢字が苦手だからこの人に書いてもらっちゃったけど、その方がきっと読みやすいわよね。
まだハングルは出来てないから、それで書くわけにもいかないし。

その紙を卓の上で両指で伸ばして、王様の目の前に差し出す。
王様はそれを取り上げると、広げてリストを読み上げ始める。

 

 

 

 

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