2014-15 リクエスト ｜ 酩酊・3

もっと遠くまで行きたかったなあ。
せっかく久しぶりに、皇宮から出られたんだもの。
もっと遠くまで、一緒に歩いてみたかった。
せっかく2人っきりで、親睦を深めようと思ったんだし。

近場のお店に案内されて、そんな風に思う。
席に着くとお店のお姉さんが注文を取りに来る。
私はお姉さんにお酒とおつまみを適当に、と頼み、向かい合って席に着いた目の前のこの人を見つめた。

うーん、何で目を合わせてくれないのかしら。
どうにかしてその視線を捕まえようと、この人が泳がせる視線を先へ先へと、自分も目をやってみるけど。

すっごく頑固なのか、意地悪なのか、気付いてないのか。
この人の視線は、捕まえそうになると、その前にふいっと別のとこに動いてしまう。

「ねえねえ、チャン先生から聞いたの。すごくお酒が強いって。本当？」
まずは軽く話を振ってみる。この人はやっとこっちを見て、
「はい」
それだけ言って静かに頷く。

そこにちょうど運ばれてきたお酒を、2つの杯に注ぐこの人の手つきを見る。
いいわ、それは楽しみじゃないの。
「じゃあ、今日はとことん飲もう！」
「それは」
「そうやって水を差さないの！はい、じゃあ」

私は杯を1つ手に取り、もう1つをこの人が取るのをじっと待つ。
私を見て、私の手の杯を見て、この人は はあ、と溜息をつき、やっともう1つの杯を手にした。
私は卓越しに中腰になり、その手の中の杯に自分のを、ごちんと音を立てて合わせた。
「かんぱーーーい！！」

滅多矢鱈に嬉しそうだ。

最初の一杯を驚くほどの速さで流し込み。
その空けた杯を頭上で返し、空であることを見せつけた後
「･･･っは～、美味しい！」

そう仰るこの方に仰天し、思わずこの方の顔を、視線を誤魔化すことも忘れ唯々見つめる。
「う」
医仙と呼びそうになり、危うく思い留まる。

何処に誰の耳があるか知れぬ処。
この方の身元が割れ、危険に晒す名を呼ぶわけには行かぬ。
「･･･イムジャは」
あなたはそれほど酒にお強かったのか。

「なによー、飲みなさいよ！ 私の方が年上よ、先輩の言葉が聞けないわけ？
私の世界では、先輩のお酒を断るなんて許されないわよ？」
「･･･判りました」

手の中の杯を唇に当て、正面のこの方から僅かに顔を背け、俺は一気に中身を干した。
さすがに頭上で返しはせぬが。
その空の杯がすかさず溢れんほどに満たされて、目の前の方を振り返る。
「イムジャ」
「何よ、言ったでしょ？断れないんだってば。おまけに強いんでしょ、今日は飲みましょ！
とことん付き合ってもらうわよ！」
にこにこと笑いながらご自身の腕より太い酒瓶を重たげに持ち上げ、この方は小さく叫んだ。

機嫌良く飲み始め、どれ程お強いのかと思いつつ、杯を重ねるこの方を見ていた。
確かによく飲み、よく召し上がる。
運ばれてきた肴を、箸を運ぶ手を休めずに口に入れ。
その合間に杯を重ね、おまけに話すその口も止まらぬ。

「最初は長い悪夢を見てるんだと思った。本当に大っ嫌いだったのよ。この場所。
無理に連れてきたあなたの事もすっごく恨んだ。知ってるでしょ、覚えてるよね」
「･･･はい」
「れもね」

そこではと気付く。医仙の滑舌がおかしい。
しかしこの方は何ともない様子で此方を見つめ、笑んだまま言葉を続ける。
「今は、ここもきれいだなーって思う。空気がおいしいなーって思う。
今までのいろんな事ごめんね、って思う。でも、あなたは私の事嫌いかもなーとも思う」
「･･･いえ」

何故かしゅんと俯いたこの方に首を振る。
嫌いなわけではない、決して。
ただ危なげで、見ていられぬだけで。
眸が離せぬその己に、戸惑うだけで。

「きちょ」
「イムジャ」
その名を口にしようとしたこの方を制す。
しかし明らかに酔い始めたこの方が、何処まで覚えていられるか。
「･･･イムジャのところでは、どのように酒を飲むのですか。
どんな酒がお好きですか」

仕方がない。
この方が奇轍の話をせずにいられるのは、恐らく天界の話をする時だけだ。
「そうねー、名物は何と言ってもポクタンジュ！」
途端に機嫌良く酒の話をし始める笑顔に安堵し、俺はその声に耳を傾ける。

そこからまた、何杯呑んだか。

「ちょぉっと、ヨンア！」
「･･･はい」
後ろ二卓ほど離れた処に座る迂達赤らが、仰天したよう俺達の様子を凝視している。
尤もだ。
泥酔したこの方に名を呼び捨てにされ、何も言い返さず黙って頷いておるのだから。

「あんた、飲んでるの？」
「･･･はい」
「嘘ばっかり、さっきから全然じゃないのー！話してるのも私ばっかりのような気がするんだけど！」
「い」
「そんな事ある！あるってば」
「イムジャ、そろそろ」
「やだ！まだ飲む！」

駄々子のように叫ぶこの方は卓上の酒瓶を隠すよう、両腕で勢い良く抱え込む。
その勢いの拍子に酒瓶の口で、がつんと額を打った。
「イムジャ！」
その音に驚いて中腰になる。
思わずその額に手を当て打った処を確かめれば。
俺のその手に何故かこの方はご自分の酒の回った熱い手を重ね、へなりと笑った。

「今、心配したでしょ！したでしょ？」
当然だ、凄い音がした。
握られたこの手を引き渋々頷くと、この方は急に真面目な顔に戻り、潤む瞳を俺に当てた。
酒か、もしくは額を打った痛みのせいか。
どちらかなのだと判っていても、潤んだその目におかしな胸騒ぎがする。

「･･･何ですか」
何故急に泣く。質の悪い酔い方だ。
眸を逸らし問うとこの方は細い指を伸ばし、俺の上衣の袖口を握りしめた。
「私はいっつもいっつも、今みたいにこうやって心配してる。
あなたはいっつもいっつも、私に隠して、影で無茶ばっかり。
全部隠して、なんにも言わないで、傷だらけになってる。
だからパートナーだって言ってるでしょ。
これからは言ってよ。何してるのか、何思ってるか、ちゃんと教えてよ」

その潤んだ瞳は、酒の所為か痛みの所為だ。
睫毛の縁に浮かぶ滴はその所為に違いない。
そう思いたかった。俺の所為ではないと。
それでも、こうして口にされてしまえば。
「･･･はい」

返答にようやく満足して下さったかうんうん頷き、この方は紅い髪を鬱陶しげに額から上げる。
「もう帰りましょう」
「えー、もう1杯だけ、最後に」

此処まで来てもまだ言うか。
思わず漏れる息を隠す気にもなれん。
「では一杯だけ、最後に」
髪を掻き上げながら静かになったこの方に伝える。
するとこの方は此方を見上げて、真直ぐに言った。

「帰り、おんぶして」

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